殺し屋ネムちゃんとターゲット先輩のウィッティー通話

令和の凡夫

① 後輩ネムちゃんの追跡

『はい、もっし~。もしもし~』


「あ、先輩。私です。ネムです」


『やあやあ、ねむねむのネムちゃん。どうしたんだい?』


「私の次のターゲットが決まりました」


『へぇ、誰だい? 俺に連絡してきたってことは、俺が知ってる人?』


「はい。ターゲットは先輩です」


『何だってぇ!? そうか。つまり俺に逃げろってことか。教えてくれてありがとな』


「いえ、殺しに行くので場所を教えてください」


『おい! 教えるわけないだろ! ちなみに今回の報酬は前払い?』


「100%成果報酬です」


『そうか。そういえば、俺もネムちゃんにきたいことがあったんだけど』


「何ですか? 任務があるので手短にお願いします」


『任務って、俺を始末することでしょ? それは手短にしたくないなぁ』


「で、何ですか?」


『ネムちゃんさぁ、俺の車になんかした? 高いほうの車』


「ああ、軽い嫌がらせはしましたよ」


『おいっ! タイヤのパンクは軽くねーよ!』


「いえ、嫌がらせの内容が軽いんじゃなくて、軽い気持ちでやった嫌がらせです」


『軽い気持ちで他人の車のタイヤをパンクさせんな!』


「パンクさせたら、すごい音がして不快になりました」


『その感想を聞いた俺のほうが絶対に不快だと思うぞ』


「ところで先輩、なんで高速を降りたんですか? 私、そっちに向かおうと高速に乗ったばかりなんですよ?」


『あ、おまえ! この車に発信機を付けたな?』


「……付けてません」


『なんだ、いまの間は。絶対に付けただろ』


「付けてませんー」


『語尾を伸ばすな。小学生か! 本当に付けてないの?』


「はい」


『その答えに自分の命を賭けられるか?』


「賭けられますよ」


『あ、発信機付いてる! おまえ、さっき命を賭けるって言ったよな?』


「残念。命を賭けられるとは言いましたけど、賭けるとは言ってませんー」


『小学生! でも、やっぱり発信機を付けたんだな』


「あ、カマをかけたんですね。無礼な人ですね」


『無礼って、俺のほうが先輩なんだが。おまえ、何者だよ』


「ツワモノです」


『いや、どう考えてもイロモノだろ』


「先輩はキワモノですか? ゲテモノですか?」


『どっちでもねーよ! ナゲットソースを選ばせる店員みたいに訊くな! じゃあ、そろそろ切るから。またね』


「あ、先輩! ちょっと待ってください!」


『もー、今度は何?』


「先輩の標的、生きてましたよ。殺し損ねましたね」


『え、なんですぐに教えてくれなかったの!?』


「自分で気づいたほうが責任が軽くなるでしょう?」


『いや、時間が経つほど責任は重くなるでしょ。それに司令にも迷惑がかかるだろ』


「そうですね」


『あ~、なるほど。おまえ、司令のこと嫌いだもんな』


「それについてはノーコメントです」


『そこは建前でも否定しとけよ。あ、もしかして、それが原因で俺が処分されるんじゃ……』


「そうかもですね」


『そうかもですね、じゃねーよ! おまえがすぐに教えてくれていたら、こんなことにはならなかったじゃねーか。おまえだって先輩の俺を殺すのは嫌だろ?』


「いえ、わりと楽しみです」


『おまえを八つ裂きにしてやる』


「じゃあ私は九つ裂きにしてやります」


『ああ言えばこう言う!』


「それが会話のキャッチボールというものですよ、先輩」


『おまえのは暴投だから、逸れた球を拾いに行く俺は疲れるんだよ』


「それはさておき……」


『先輩の扱いが雑!』


「どこで合流します?」


『合流しないけど?』


「えー? 駄々こねないでくださいよ、面倒くさい」


『だから俺は、せ・ん・ぱ・い!』


「私から逃げられると思ってるんですか?」


『もちろん。俺の辞書に不可能という文字はない』


「じゃあ、広辞苑でも買ってください」


『じゃあ、いまのはナシで。俺は不可能を可能にする』


「それこそ不可能です。可能になるのなら、それは最初から可能だったということです」


『えー? おまえのほうが面倒くさいじゃん』


「そりゃあ先輩の後輩ですから。同じダイヤモンドでも、磨く人が違えば輝き方も違ってくるんです」


『おまえ、自分を褒めて他人をおとしめるの、うまいなぁ~』


「そんな人聞きの悪いこと言わないでください。私は客観的な視点で物事を見ているだけです。私はコップに水が半分あると思うわけでも、半分ないと思うわけでもなく、半分あると思うだけの人です」


『あー、はいはい。そういえば、おまえ、いまどの辺?』


「そうですね。先輩を底辺だとしたら……」


『あー、もういい。訊いた相手が馬鹿だった」


「あ、ひどい! そこは普通、訊いた自分が馬鹿だったって言うところでしょ?」


『そうだな、すまん、すまん』


「謝らなくていいですよ。どうせ許しませんから」


『許しをうほどの熱量で謝ってねーよ!』


「そんなカッカしないでくださいよ、先輩。ちゃんと安全運転してますか?」


『俺はしてるぞ。おまえは危険運転してるんだろうな~。車の運転には性格が表れるって言うからな~」


「なにを間の抜けたことを。車の運転だけでなく、何をやってもその人の人間性は表れますよ」


『否定になってないんだが。でもそれは一理あるな。ちょっと確かめてみようかな。ネムちゃん、あなたは泉に鉄の斧を落としました。すると、泉から女神様が現れて訊いてきました。あなたが落としたのは、金の斧ですか? 銀の斧ですか?』


「どちらでもありません。ダイヤモンドの斧です」


『なるほど、ネムちゃんらしいや。女神様も言葉を失うだろうね』


「私のコードネームは、果報かほうは寝て待つスタイルだからネムなんですよ」


『いや、違うけど。おまえが研修中に居眠りするから、おねむちゃんって意味で俺がネムって名付けたんだけど』


「記憶にございません」


『そりゃそうだ。おまえはそのとき寝てたんだから。とにかく、俺に追いつきたいからってスピードを出しすぎて事故を起こすなよ』


「へぇ~。先輩の命を狙ってるのに、私の心配をしてくれるんですね」


『優しいだろ? でも、俺にれたら火傷やけどするぜ』


「それはとてつもないエネルギー革命ですね」


『だろ? ところでおまえ、本気で俺を殺すつもり?』


「そうですけど、何か?」


『俺に勝てると思ってるの?』


「やらずに後悔するより、やって後悔したほうがいいって言うじゃないですか」


『後悔する方法を決めるために迷うんじゃねーだろ? 後悔しないよう慎重に選択しろよ』


「まあ、なるようになります。ちなみに迷ってはいません」


『そうだな。ならんようにはならん。あと、少しは迷え』


「先輩こそ私を手にかけられるんですか? こんなにかわいい後輩を」


『さあね。でも、抹殺か制圧か、強者にはその選択肢が与えられるんだ』


「わあ! 自画自賛するからには相当強いんでしょうね。先輩ってどれくらい強いんですか? 日本一? 世界一?」


『そこまでではねーよ。随一だ』


「じゃあ私でも勝てるかもですね」


『はぁ……。悪いことは言わん。手を引け。ろくに恋愛もせずに死にたくはないだろ?』


「私が恋愛できないのは、今回の任務とは関係なしに仕事柄しょうがないことです」


あきらめんな。殺し屋のおまえでも確実に彼氏を作る方法が一つだけある。教えてやろうか?」


「どうするんですか?」


『俺に告白すれば確実に彼氏ができる』


「それ、試す価値なくないですか?」


『本人にその確認するの、ひどくない?』


「私、知ってるんですよ。先輩は紳士ぶってるけど、ただの変態だって」


『俺はただの変態ではない。厄介な変態だ』


「うわ、最悪です」


『でも、そんな俺とネムちゃんは仲良しだよねって、司令が言ってたよ』


「最悪です。喧嘩ばかりしてるのに、どうしてそうなるんですか?」


『喧嘩するほど仲がいいって言うから、そう思ったんじゃないか?』


「喧嘩をするのは仲がいいからではなく、互いのプライドが高いからです」


『俺はけっこう折れてるほうだと思うけどなぁ』


「あ! ちょっと待って! 私はまだ高速に乗っているのに、反対方向に行かないでください!」


『まあまあ、発信機はまだ生きているんだろ? ドライブのつもりでゆっくり話そうぜ』


「発信機、絶対に外さないでくださいよ」


『はいはい』


「そういえば、最初に私と先輩がバディを組んだときの任務のこと、覚えてます?」


『もちろん覚えてるよ。珍しくのどかな田舎での任務だったから印象深かった。田園風景に似つかわしくない優美な水鳥が畦道あぜみちに降り立ったかと思うと、その水鳥はすぐに翼を広げて優雅に飛び去ったっけ。純白の羽が陽の光を反射して碧天へきてん際立きわだたせていたね』


「あれ? 畦道に転がっていた犬のフンは描写しないんですか? 先輩、水鳥に見とれて踏みそうになっていたじゃないですか」


『あのさ、情緒を大切にしようよ。ネムちゃんが感傷に浸りそうなことを言い出すから、俺もノッてあげたんだからね』


「思い込みで勘違いしたくせに、恩着せがましいですね、先輩」


『ネムちゃん、よく先輩にそんな暴言を吐けるね。ネムちゃんは殺し屋としては優秀だけど、組織人としての自覚がないのは大きな欠点だよ』


「これは欠点ではありません。個性という名の長所です。先輩の勘違いは持ちネタか何かですか?」


『いまのは勘違いじゃねーよ! すごいな、おまえ。前を見て突き進むのはいいけど、前しか見ないのは駄目だぞ。もう少し周りも見ようね』


「先輩は下も見てくださいね。うんこを踏まないように」


『それはもういいって。で、二人での初任務が何だって?』


「ああ、それなんですけどね、たしか私、先輩にとても失礼なことを言った気がするんです。でも、なんて言ったか思い出せなくて……。先輩、覚えてますか?」


『いや、覚えてないなぁ。だってネムちゃん、いつも失礼なこと言っているんだもの。あ、現地で一度解散したあと、待機場所にネムちゃんが遅刻してきたときの会話で言ったんじゃない? ネムちゃん、ちょっと当時のことを思い出してごらんよ』

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