第33話 盾をも貫いた矛の在処
一日もすれば熱は引き、もう一度夜が明けた時には、シュネスは完全回復していた。
それでも大事を取って休むべきだとルジエに言われたので、守り屋の仕事はしていない。今は運動がてら夕食の食材を買いに向かう道中、カイネンとアベラに先日の詫びをする為に教会へ寄っていた。
「シュネスさん……! ご無事なようでなによりです!」
「お詫びなんていいのに。俺は医者を呼ぶ事しかできなかったし。兄さんだって大して役に立ってないでしょ」
「ちょっとアベラ?」
「そんな事ないですよ。もっと悪くなる前にお医者さんに見て貰えたのは、本当にお二人のおかげですから」
一体どれだけ心配していたのか、カイネンは長年探し求めていたものを見つけたかのような明るい顔で出迎えてくれた。アベラも兄ほど顔には出ていないものの、元気なシュネスを見てホッとしていた。
しばらく他愛のない話をしていた三人だったが、ふと気になる事があって、シュネスはほんの少しだけ声を小さくして訊ねた。
「そう言えば、私が倒れる前にアベラさんが見つけた盗賊のお二人は、どうしたんですか?」
「ああ……あの人達ですか。すいません、いつの間にか逃げられてしまいまして。シュネスさんを尾けまわしていた輩がいると守り屋にも言ってあるので、捕まるのも時間の問題でしょう」
「そうですか……」
自分に用があると言っていた人達の事が少し気にかかったが、相手も犯罪者ならいずれ会えるだろう。
陽が沈む前には守り屋へ帰らないといけないので、二人にまた顔を出しに来ると挨拶をして教会を出た。
そのまま商店街へ向かい、すっかり慣れた順番に店を周って買い物を済ませる。
「よし、全部買えたかな」
手提げ袋の中身と頭の中にある買い物リストを照らし合わせ、買い忘れが無い事を確かめる。そのまま自然な足取りで表通りを外れ、人のいない路地裏へと入った。
あとは守り屋へ帰るだけだ。
なのに近道でもない路地裏を、シュネスは通って当然とばかりに進んでいく。
いつ来ても規則性の見えない入り組んだ通路を右に左に。
* * *
「いないっすね、アニキ」
「おかしいな……確かにここを曲がったはずなんだが」
前方に不審な男が二人。
筋肉質な大男は隣の男を見て、アニキと呼ばれたやせ細った男は気持ち悪い虫が這う路地裏を訝し気に見回している。
「あれ、あなた達はもしかして」
「ひっ」
ついさっき話題に出たばかりの二人組を見つけ、シュネスは声をかけた。
当然、背後からいきなり声をかけられた彼らはビクリと肩を揺らして振り返る。
「やっぱり! 一昨日の盗賊さんですよね」
「い、いつの間に後ろに……さっきまで前を歩いてたはずなのに」
「回り道できる所はぜんぶ記憶してますから」
得意気に微笑むシュネスを前にしてもなお、二人の驚愕は抜け切れていないようだった。
先ほどまで尾行していたはずの少女にあっという間に背後を取られたのだから無理も無いだろう。
「前にお会いした時も、私に用があるって言ってましたよね」
そして、買い物中もずっと視線を感じていたシュネスは、いつも通りの声色で優しく問いかける。
尾行されていた事への気味悪さや恐怖といったものは感じさせず、むしろようやく話ができて安心している様子を見せていた。
「守り屋への依頼でしたら私でなくとも、今は受付にルジエさんが……」
「あ、ああいや、そうじゃねぇんだ」
ようやく我に返った細い男はかぶりを振った。
「守り屋に新人が入ったって聞いてよ、ちょっと興味本位で尾行してただけだ。驚かせちまって悪いな。それより、急にぶっ倒れたのは大丈夫だったのか?」
「ええ。ちょっとした体調不良だったので、すぐに治りましたよ」
「そりゃ良かったな、ハハ……ちょっと気になってたからよ」
「そうなんですか? それなら、守り屋の事務所に来て普通に話しかけてくださればよかったのに」
「ちょ、ちょっと事情があるんだよ……」
「そうですか」
目が泳いでいるし明らかに噓臭いが、相手が盗賊である事はこの前カイネンが見抜いている。犯罪者なら後ろめたい事の一つや二つや三つあるだろう。
少なくとも乱暴するような意思は無さそうだし、後々お客さんになる可能性も考えて、守り屋の敵じゃない内は深く詮索しないであげる事にした。
「興味を持ってもらえた事は嬉しいですけど……私、そんなに大した新人じゃないですよ?」
「そう謙遜するなよ。あの守り屋に入れただけでも相当な実力が保証されてるようなモンだろ」
「そうっすよ。それに、ガーナルさんトコの盗賊団を綺麗サッパリ一掃したって話も聞きましたし!」
「新人が加わった守り屋でもアイツらを難なく蹴散らせたのは、やっぱアンタも実力者って事だろ?」
盗賊二人はシュネスの機嫌を損ねないようにか、こぞっておだてるような言葉を並べ始める。今は相手が年下の少女だという事よりも、敵に回してはいけない集団の一員であるという事の方が重要なのだろう。
「ガーナルさん……」
しかし、ある人物の名前を反芻するシュネスの顔は、段々と険しいものになっていた。
「お二人は、あの人達の仲間なんですか?」
シュネスはかつて剣に貫かれた胸の前で拳を握りながら問う。笑みが消えたその表情を見て、盗賊の二人は慌てて首を横に振った。
「まさかまさか! 勝手に守り屋に楯突いてくたばったアイツらの仲間だなんてとんでもねぇよ」
「いえ……生きてますけど」
「ただ、守り屋に喧嘩を売ったあの日の少し前に、ちょこっと話を聞いただけだ。交流なんてその程度だよ」
「話、ですか」
敵ではないと分かって安心したように、シュネスは警戒を緩めた。
「その『話』、私にも教えていただけませんか?」
そして、これはチャンスでもある。
ガーナル達『盗賊連合団』は全員捕らえたものの、彼らの背後にいると思われる更なる敵や、シュネスを殺しかけたアーティファクトをガーナル達に与えた魔道具職人の存在を、シュネス達はまだ知らない。
その情報を、この盗賊二人組はガーナルから聞いているかもしれない。
「もちろん、タダでとは言いません。お話ししていただけるのなら、カイネンさん達やルジエさん達に、お二人は悪い人じゃなかったと話す事もできます」
裏社会において情報の有無が生存率にどれほど関わっているかを、文字通り人生を通して思い知っているシュネスは、ここで取引という手段を取った。
守り屋に背きたくないらしい向こうとしては、取引なんてしなくても話してくれるだろう。既に捕まっている盗賊団の情報を流す事も、大してリスクの大きい事ではないのだから。
それでもシュネスがあえて二人を助けるような取引を持ちかけたのは、『尾行していたというだけで教会と守り屋を敵に回して牢屋に入れられるのは可哀想だから』という純粋な優しさが半分と、『先に大きな利益を提示してしまえば相手もそれに見合った回答を用意せざるを得なくなり、結果としてこちらにより大きな利益がやって来る』というどこかで聞きかじった交渉術を使った打算が半分だった。
「ああ! あんな話だけで守り屋から睨まれずに済むんなら大賛成さ!」
想像通り、盗賊の男は迷う事なく話に乗ってくれた。
「俺がガーナルと会ったのは、アイツらが守り屋を襲う三日くらい前だった。アイツは『守り屋の新人は非戦闘員って情報を掴んだ』とか言って守り屋襲撃を計画したらしい。ま、そんな誤情報に頼って全滅したんだからざまぁねえよな。新人のあんたもただ者じゃないって、俺にはひと目で分かったぜ」
「あはは……ありがとうございます」
実際に戦闘能力は皆無なのでガーナルの情報は間違っていないのだが、自分の弱さを見せる事は守り屋の印象を下げる事にも繋がりかねないので、あえて言及せずに流しておく。
「その後アイツから聞いた話は……なんだっけな。襲撃に賛同するいろんな盗賊団をかき集めて大所帯の連合団を作った、って自慢しやがってた。それと、東大陸から上等な装備を仕入れたとか自慢してたな」
「自慢ばっかりっすね」
「そうなんだよ。アイツは自慢ばっかの気に食わねぇ奴だ」
「他には何か聞いてませんか? その……他に仲間がいるとか、アーティファクトを手に入れたとか」
「アーティファクト! そうだ、そんなのも持ってるとか言ってやがった」
シュネスの言葉で記憶を引っ張り出せたのか、男は手を叩いた。
「さすがにそれは嘘だろって笑い飛ばしてやったが、その反応だとマジでアーティファクト持ってたのか、アイツ」
「そうなんです。実はその製作者を探していて……何か知りませんか?」
「いいだろう。そういう事なら喜んで協力するぜ」
もう守り屋を味方につけたつもりでいるのか、あるいは年下の少女に頼られて格好付けたいだけか。
どちらにしろ、男は自信満々のドヤ顔で胸を叩いた。
「ガーナルの奴は、見慣れねぇ奴らに譲ってもらったとか言ってたぜ。なんでも、そいつらは最近裏社会で商売を始めた新参者で、『いろんな奴に自分達の宣伝をする』っつう条件でアーティファクトを貰ったらしい」
「新参者……」
「まあ裏社会の組織なんて、路地裏の虫みてぇに増えては消えるからな。どうせすぐ潰れるだろうって話半分にしか聞いちゃいなかったが、アーティファクトを持ってやがったとなれば話は別だ。近い内に名前が広まって来るかもな」
「その人達がどんな人達か、聞いてませんか?」
「組織の全体像はガーナルも知らねぇって言ってたが、名前は覚えてるぜ。アンタらと似てて、印象深かったんだよ」
「似てる……?」
続く男の言葉を聞いて、彼が『似ている』と言った理由が分かった。
そして同時に『正反対でもある』と感覚的に理解出来る、そんな名前だった。
「――『壊し屋』。連中はそう名乗ったらしい」
となりの罪人 ポテトギア @satuma-jagabeni
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