20 最高に楽しいひとときを!
トロッコの場所は、山の中。大きな空洞が広がっていて、駐車場の設備もある。荷物を運ぶトラックたちが白線にそってとめてある。
「ヒミツ基地だぁー、すっごーいっ」
車から降りたとたんに、ミチは顔を輝かせる。
その腕をリョウが引っぱった。
「早く行くぞ。時間がねえ」
「わかってるよぅっ」
4人はトロッコへ駆けだした。途中でハンターに出くわすが、パスケースをゲンシンは掲げ、
「…………お通りください」
ハンターの動きがとまって、水鉄砲を取り下げる。
警戒しながら素通りした。
「えっ、どうなってるの?」
「通行許可証を見せたのさ。ハンターの施設を特別に使わせてくれるというわけだ」
「すごーい、ほしいーっ」
「……やらんぞ。おまえには」
ゲンシンはまぶしそうに目を細める。ミチの頭をぐりぐりした。
「二度と無茶はするんじゃねえ。こっちの身にもなってみろ!」
「「「ごめんなさい」」」
ミチとリョウとヤゴローは、口々に小さくあやまった。
ゲンシンが助けに来なければ、3人ともがはぐれゾンビになっていたかもしれないのだ。
だけどミチはスキップする。
「でもあたし、うれしいな。ゲンシンが駆けつけてくれたこと。やっぱりあたしのパパだから」
「そう呼ぶな。俺は父親なんかじゃねえ。存美村の村長だ」
「あたしにとってはパパなんだよ。……イヤだったら、呼ばないけどっ」
「…………。すまねえな」
ゲンシンは顔をそむけている。……深い事情はお察しだ。
今までどおりの関係でも、ミチにはじゅうぶんすぎるほど。
リョウはわざと明るい声で、遠くの箱を指し示す。
「トロッコじゃんっ、これで村に帰れるぞ!」
「ほんとだ!」
ミチは両手を振り上げる。線路の近くへ駆け寄った。大きめの手こぎトロッコがあって、4人がちょうど乗れるほど。
「わーい。乗るの、はじめてなのー。おもしろそーっ」
「よかったね」
ヤゴローとしては、間に合うかどうかの瀬戸際だが、焦ったところでしょうがない。
今はミチを見習って、自分も楽しむことにする。
ミチたちはトロッコに乗りこみ、2手に分かれてハンドルをにぎる。
「息をあわせて動かすぞ。せーのっ」
ハンドルを交互に振り下ろす。
トロッコが動きだす。どんどん加速していって、線路の上を滑っていく。
「きゃーっ、たのしーっ!」
「……結構スピード出るんだな」
「ちょっとミチ、速すぎない?」
カーブのところで車輪が浮いて、ゾンビたちはヒヤッとする。
反対側に体重を乗せると、もとに戻ってホッとする。
そんなこんなで、存美村。
いつもの景色に戻ってきた。
ヤゴローはすぐにトロッコを降りた――そのときに。
ピロンッ
ミチたちの電子ウォッチが鳴る。ヤゴローは電源を切っていたので、あわててウォッチを起動する。
「ヤゴロー! ポイントがこんなに入ってるよ! メッセージが届いてる。ハンターがお詫びのしるしって」
「本当に⁉」
朗報だ。ハンターは身内の不祥事をはっきり認めたということだ。
初菊から来たメッセージを、リョウは要約しながら読む。
「山葛の身辺を調べりゃ、黒い話がもりだくさん。そもそも身分証だって、真っ赤な偽物だったってな。ゾンビハンターに入っていたのも、スパイ活動だったらしい」
さらにミチがつけ加える。
「あいつが所属している組織は、現在調査中だって。とにかくこれでリョウたちのカタキウチが取れたんだね。よかったあ」
「これで闇金融の取り立て屋とも、おさらばだな。オヤジたちも、ようやく安心できるんだ……」
これで事件はひと段落。1億円は保留のままで、あとは社会に任せるだけ。
なるように、なるしかない。
ゾンビは村で過ごせばいい。ゆったりと、ゆっくりと。
「……おまえとも、遊べるな」
「なんか言った?」
「なんでもねー。ありがとよ」
リョウはそっぽを向きながら、ほっぺをポリポリかいている。ミチがからだを張ったおかげで、今のリョウはここにいる。はぐれないで、すんでいる。
「ぼくからも、ありがとう。みんなのおかげで助かったよ。……ほんとにごめん」
ヤゴローは深く頭を下げて、自分の行動を反省する。
花火を買いたいためとはいえ、周りに迷惑かけすぎた。――コトリには。
「ぼくはどうかしていたよ。彼女にはあやまっておかないとな……」
「コトリちゃんもヤゴローのために、力をかしてくれたんだよ。あたしたちだけじゃ、だめだった」
「そうそう、コトリはすごいんだぜ。見事な推理だったよなー」
「……そうか、彼女がそんなこと……」
こそばゆい気持ちになっていく。相手を思えるコトリだから、ツキベの行方もつかめたのだ。……ヤゴローはふっと息を抜く。
リュックに手袋が迫ってくる。
「ファイル返せ」
ゲンシンだ。ヤゴローのリュックの中身を開けて、大きな封筒を取り戻す。ツキベに関するファイルだ。履歴書と手帳が入っている。
「持っていって、すみません。あまり必要なかったけど……」
「もしかしてその手帳って」
ミチが声を上げようとしたとき、ヤゴローは大きく手を振った。
「おっと、もう行かなくちゃ。そろそろ飢餓が近いんだ」
電子ウォッチのポイントを見て、温泉山へとダッシュする。値下げの通知も届いていたため、どことなく彼はうれしそう。
ミチとリョウは時間があるので、急いで行く必要はない。
ところがゲンシンはそうもいかず、
「こいつを役場に届けてくれ」
ファイルを渡して、駆けだした。大人は生気が減るのが早く、時間がギリギリだったらしい。
ミチはファイルを手に持った。
手帳を出して、めくってみる。どのページも白紙だ。
リョウが横から覗いている。
「でもよー、それ。筆圧がかすかに見えてるぜ。例のインクで書いたのか」
「冷やすと文字が出るんだよね。あたしもそのペン欲しいなー。あの人に没収されちゃったなあ」
「なにを書いてたんだろな。冷やせば読めるわけだよな」
ゾンビの指で触れようとしたけど、ミチがパタンと閉じていく。
「どうでもいいよ、そういうの。とにかく早く届けに行こ!」
「……ああ。そうだよな」
☆
ちょうちん広場は活気にあふれて、いつも以上に盛り上がる。
今日はいよいよお盆の日。お祭りだ。
洞窟の奥から、トロッコ列車がやってきた。運搬用のトロッコよりも、ひと回りも大きいもの。同じ線路で走れるようだ。
「存美〜、存美〜。ご到着でございます」
カナリが低い声を響かせ、イキビトたちに案内する。ゾンビハンターも護衛のため、彼らの中に混ざっている。
浮世の生きた人間たちが、列車の中から降りてきた。
知りあいや家族に会うために。
ヤゴローたちは、出てきた列を見つめている。目的の家族をさがしている。
「どんな子なのかな、唯奈ちゃん」
「笑顔になれるといいですね」
「だいじょうぶさ。いやなことも吹っ飛ばすような、楽しい祭りにしちゃおうぜ!」
ミチもコトリもリョウも気になり、ヤゴローといっしょに待つことに。
コトリはすっかり熱が下がり、顔色がよくなっている。それどころか以前よりも、表情が明るくなっている。
「こうしてみなさんと遊べるの、わたしすっごく楽しみです!」
「あたしもだよ、コトリちゃん」
ミチは大好きな親友を、両腕でぎゅっと抱きしめた。イキビトとこれほど仲よくなるとは、夢にも思わなかっただろう。
きらいだったお盆祭りも、コトリがいるから好きになる。ヤゴローの家族にも会って、みんなで花火を見てみたい。
「ミチさんっ、くすぐったいですよぉ〜」
「だって、あったかいんだもん」
「コトリに幽霊が憑いてるぞー。ちゃんちゃんこがぼんやりと……」
「なによそれっ、失礼ねっ!」
リョウはスキップして逃げる。ミチはこぶしを振り上げた。
コトリがくすくす笑っている。
「仲がよくて、よろしいです」
「ほんとにね」
ヤゴローまでほほえんだ。リョウにはミチをからかうことも、遊びのひとつなのだろう。ミチもまんざらではなさそう。
「……本当にきみには申し訳ない」
「わたしのほうこそ無理しすぎて、迷惑かけてしまいました」
ヤゴローとコトリは気まずそうに、お互いの瞳を見つめあう。
けれどすぐに輝いた。やわらかい空気に変えていく。
「間違えましたね、わたしたち。きっと気が合いますよ」
「ぼくもきみと仲よくしたい。帰ったあとも、文通してくれるかな」
「ええ、もちろん」
コトリは今日を最後にして、存美村を出るつもり。
やれることも、やりたいことも、見つけたような気がするから。
花かんむりが手もとにある。村のみんながお見舞いに来て、花を贈ってくれたのだ。編み方はカナリに教わった。
列車の中から、親子連れが降りてきた。
ミチと同じくらいの背丈の、女の子がそこにいた。ポニーテールを揺らしている。勝ち気がちな瞳だが、うつむいて元気がなさそうだ。
「唯……」
「待ってください、ヤゴローさん」
コトリが先に進み出た。家族たちへあいさつした。
花かんむりを、唯奈の頭にかぶせていく。
「ようこそ、存美村のお祭りへ! 最高に楽しいひとときを、みんなでご堪能ください!」
後ろからリョウが駆けつける。
「あんたのために、でっかい花火をアニキが用意したんだぜ」
「あたしとも、遊ぼうよっ! サッカーが得意って聞いてるよ!」
ミチも素早く飛びついた。顔を前に突き出した。
その勢いで、頭がゴロリと首から離れて落ちていく。
誰もがみんな、青ざめた。
(おしまい)
ゾンビキッズは遊びたいっ! 皆かしこ @kanika
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