19 意外な助っ人

 ミチはその場にへたりこむ。

 どんなに持ち物を調べても、レシートは出てこなかった。

「残り2分!」

 ヤゴローもリョウも、うろたえた。光をつかみかけていたのに、手の中をスッとすり抜ける。

 証拠がない。初菊を納得させるための、山葛の悪事の証拠……。

「だから言ったじゃないですか〜。ボクは善良なんですよ。ゾンビハンターなんですよ」

 前髪のすき間の目が笑う。

 車の中には1億円。ドアの近くに、ツキベが着ていたガウンとズボンがむなしくある。

 持ち主はもはや灰だった。

「これがゾンビの最期なのか……」

 ヤゴローが小さくつぶやいた。自業自得とわかっていても、この結末はやるせない。

 リョウは同情を寄せている。

「悪にのまれる気持ちってーのは、おれにはよくわかってる。ツキベも褒められたやつじゃねーけど、あいつだけは許せねえ」

「あたしだって、このミッション。やりとげるって決めたんだ! みんながハッピーになるために。悪者は、許さない!」

 ネコ隊長を抱きしめながら、ミチは立ち上がっていく。

 ちゃんちゃんこから、コロリと出る。

 鳥のおもちゃが落下した。ネジ巻き式。リョウの父がくれたもの。

「あっ!」

 地面にぶつかり、壊れていく。1個だけ。

 もう1個は、裏ポケットの中にある。

 自分のぶんと、コトリのぶん。

 おもちゃは2つもらっていたが、その1つはバラバラだ。

「うわーん。念のためにもう1個もらえばよかったぁー!」

「さすがにそれは、ずうずうしいぞ」

 リョウはツッコミを入れてみるが、今はそれどころじゃない。

 ここで立証できなければ、ゾンビたちは全滅だ。

「あと1分! 59、58……」

 秒きざみでカウントダウン。初菊の顔が引き締まる。ゾンビを狙うハンターの目。

 もうひとつの無事なおもちゃを、ミチは手にして見つめている。

「……もう1個? 念のため? ……あっ、ツキベのやつは……」

『彼は強欲な性格だ。ならば、賭ける価値はある……!』

 ミチとネコ隊長は、車の近くへ走り寄る。そこにはツキベの服がある。ポケットの中をまさぐった。

「あった! !」

「むっ⁉」

 山葛の表情が変わる。このレシートも、当たりくじの機械を通して出てきたもの。

 ツキベは2枚刷っていた。1枚目は山葛が銀行に捨てておいたのだろう。

 ミチは初菊へと見せる。

「ちゃんとサインも書いてあるよ。宝くじの番号も! これでお金はツキベのもので、山葛は横取りだよ! 詐欺師だよ!」

 これでやっと証明だ。

 ヤゴローとリョウは安堵しながら、小さくガッツポーズをする。

 だが初菊は、首を振る。

「……まだだ。受け取り人が山葛である以上、その事実は変えられない」

「裏に『遺書』って書いてあるよ。『宝くじにサインをした。受け取り人の欄を、私の名前が浮かぶはず。当選金は存美村に寄付をする』って。……ええっ!」

 ミチはすぐに手の甲を見る。ブルーブラックの線のとなりは、消えてしまった茶色の線。

 もうひとつの手で、重ねてみる。ゾンビのからだは冷たいから――。夏の日光がさえぎられて、そっと線が浮かんでくる。

「ほんとだ! このペンだよ!」

「……なっ…………」

 初菊はサッと奪い取る。遺書のレシートと、消えるペン。確認する。カウントダウンも忘れるほど。

「もしこれが、真実なら……」

 銀行に渡した宝くじが、無効になるかもしれないのだ。

 とにかく今は当選金が

 それを自分のものにするのは、ネコババとも言えるだろう。

 つまり、泥棒とおんなじだ。

「くじら銀行に連絡を――」

「おっと、そうはいきやせん。初菊さん」

 スマートフォンのケースを手に、初菊へと押し当てる。

「うああぁぁあああああ……っ!」

 その場でしびれて倒れ伏す。ケース型のスタンガン。水鉄砲から手を放す。

「き……さま……っ」

「あれはボクのものですよ。確認なんて必要ない」

 水鉄砲を拾い上げると、ミチに向けて指を引く。至近距離。

「成仏しろっ、ゾンビども!」

「やだよ」

 ミチはしゃがんで、ふところへ。緑色のお湯が舞い散った。当たらずに、落ちるだけ。

「遊ぼうよっ」

 足を振り上げ、ハイキック! 相手のあごに直撃した!

 そのまま後ろに縦回転して、つま先から着地する。

 山葛は気絶した。

 そこへリョウが駆け寄った。

「やったな、ミチ! すげーじゃん」

「これでミッションクリアだねっ! やりましたよ、ネコ隊長!」

『ごくろうだった、ミチ隊員。私から褒美をつかわそう』

「わーい」

 ミチはモフモフのぬいぐるみを、自分の頭へなでつける。ネコ隊長のよしよしだ。

「…………むなしくないか、それ」

「なにが?」

「早く村へ戻ろうよ! ぼくたちには時間がない!」

 ヤゴローが焦って、うながした。こうしているうちに、ゾンビたちの生気は徐々にすり減っている。

 リョウが初菊に突っかかる。

「トロッコの場所を教えろよ。おれたちははぐれてなんかない。帰るんだ!」

「……そうしたい……ところだが……」

 初菊はまだ立ち上がれない。認めさせることはできたが、スタンガンは強力だ。たとえゾンビに効かなくても、イキビトのからだはしびれるのだ。

「まずいな。他のハンターをさがすしか」

「走って帰れないのかなあ。どのくらいかかるっけ?」

「トロッコ使って6時間。山の中を通るのは、迷うし危険だと思う」

「……そうだよね。行きだって時間かかったし」

「………………」

 3人は、うつむいた。初菊が動けるようになるまで、待たなければならないのか。

 ……ざわ……ざわ……

 裏路地に人が集まった。倒れている大人たちが何人もいたらそうなるだろう。

 スマートフォンを構える人。

 怯えたように見つめる人。

「なに? ケンカ……? 事件……?」

「あの和服の子どもたち……」

「けっ、警察を!」

 まずい流れになってきた。群衆が取り囲んだら、ゾンビたちは逃げられない。

 帰れなくなってしまうのだ!

「どうしよう。このままじゃ……」

 そのとき急スピードで、白い車がやってきた。オンボロの軽自動車だ。ボディのあちこちがへこんでいる。

 勢いよくドアが開く。

「乗れ! おまえら!」

 運転席から出てきたのは、顔に包帯を巻いた男。キャップ帽を被っていて、手には革製のグローブだ。ジャケットの上着を着こんでいる。首にも包帯を巻いている。

「みっ、ミイラ?」

 リョウはびっくり仰天する。ゾンビはここにいるけれど、ミイラ男ははじめて見る。

「早くしろ!」

「…………」

 ヤゴローは押し黙っている。信用してもよいのだろうかと、ためらいがちに上目づかい。

 ミチは車へ、飛びついた。

「乗るよ、みんな!」

 後部座席のドアを開け、

「この人ならだいじょうぶ! あたしの大好きな人だもん!」

「まさか……」

 リョウとヤゴローはうなずいた。2人ともすぐに車へ乗る。後部座席はぎゅうぎゅうだ。

 なぜなら助手席に人がいる。スーツ姿の女の人。イキビトだ。

「これまた派手にやったわねえ」

 入れかわりでドアを開けて、車の中へと振り返る。

「あとはわたしがやっておくわ。じゃあね、小さなゾンビたち」

 ウインクして、外へ出る。

 初菊へと駆け寄る姿が、窓の奥へと見えていた。

「行くぞ!」

 ミイラ男は発進させ、彼女たちを置いていく。

 群衆が遠ざかる。1億円の入った車も、そのまま置いてけぼりになる。

「彼女にまかせて問題ない。ゾンビハンターの副会長だ」

「えっ!」

「みんなにはナイショにしてくれよ。あいつと縁があると知れたら、村の運営に不都合だ」

「じゃあ、あなたは……!」

 車は山道へ向かっている。存美村への帰り道。

 ミチはほっぺたをゆるませながら、運転席へと手をのばす。ミイラ男のキャップを取る。

 白い髪――。

「ゲンシン!」

 存美村の村長で、ミチを育てた親代わり。

 バックミラーに映る瞳は、複雑な色をたたえている。

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