18 証拠をさがせ、カウントダウン!
――「リョウを……守るっ!」
反射的にミチは動いて、自分の腕を差し入れた。
リョウの牙が当てられる。ゾンビだから、痛くない。
「リョウやオヤジさんたちは、あたしが守るって決めたんだあ――っ!」
ミチの瞳が燃え上がる。失敗は、許されない。
「これはミッションなんだからっ! ヤゴローに依頼されたんだ! リョウたちを、守るって!」
「……ぼくが?」
ヤゴローはきょとんとしていたが、すぐに記憶を呼び起こす。
10日以上前のこと。リョウたち一家が取り立て屋に迫られると、話したとき。
――「だったらリョウたち、守ろうよ。ゲームだと思えば楽しいよ?」
――「ゲーム? そういうミッションならやるよっ!」
ミチにとっては、本気のゲームでミッションだ。
リョウをここで、イキビトの生気を奪わせるわけにはいかないのだ。
そのようなことがもしあれば、初菊はリョウを始末する。
たとえ詐欺師を憎んでいても、掟だけはぜったいだ。
守るために、奪わせない。
「ぐおおおぉッ!」
リョウは腕を噛みきった。憎悪はまだ消えていない。
「ミチ! そこをどけぇ!」
「いやだ! リョウが消えちゃうなんて、いや!」
「だったらよぉーッ! そこの詐欺師をなんとかしろ! あのハンターを説得できなきゃ、そいつの生気を吸い尽くす! 一生起きなくなるまでだッ!」
「説得……そんなこと……」
ミチは初菊のほうを見る。水鉄砲を構えたまま、ようすをうかがっているようだ。
引き金はまだ引いていない。
山葛が、汗だくで地面を這っている。
「聞きやしたか、初菊さん! こいつ、生気を奪う気です! さっさと倒してくださいよっ!」
「……いや、まだだ。この子たちは、はぐれてない。目を見ればわかる」
「目……?」
「とはいえ時間は待っちゃいない。うちの者を詐欺師呼ばわりしたからには、ちゃんと証明しないとねぇ」
「証……明…………」
初菊は中立の天秤だ。山葛の悪事が証明できなければ、ミチたちゾンビは全滅する。
さらに条件をつきつける。
「ここから村まで帰る時間もあるだろう? 黄泉の湯に、最後に入ったのはいつだい?」
ヤゴローがこう答える。
「昨日の夕方5時ごろです」
「あたしとリョウは夜8時」
「だったらトロッコを使っても、6時間はかかるねえ。ギリギリだ」
「……っ!」
腕時計を指し示す。
「10時まで時間を与えようか。おっと残り8分だ」
くちびるの端をつり上げながら、タイムリミットを掲げてきた。
足もとが崩れる感覚だ。
圧倒的にミチたちは不利で、詳しく調べる時間もない。
「どうすればいいの……?」
ミチはリョウを見るけれど、手伝う気はなさそうだ。彼は決死の覚悟をしていて、刺し違えるつもりだろう。
「ヤゴロー、どうしよう。どうすればあいつを倒せるの?」
「ミチ、探偵ごっこだよ。今は証拠がたりないけど、かならずあいつを追いつめる……」
ヤゴローは歯を噛みしめる。1億円の当選金は、山葛のものとなっている。銀行に行って受け取ったのが、この男自身なのだから。
山葛は立ち上がって、余裕の笑みを浮かべている。
「初菊さんがそう言うなら、ボクも乗ってあげやすよ。さあ、証明してごらん。どうせ無理やと思うけど。ボクは善良なハンターやしっ」
腕を組んで挑発する。伸びきった前髪からは、ヘビのような目が光る。
ヤゴローは負けじとにらみ返し、ミチの肩に手を置いた。
「全力で遊ぶんだ。このピンチな状況を」
「……うんっ!」
ミチは首を縦に振る。ネコ隊長を手に持って、はたまた会話がはじまった。
ミチなりの思考法である。
『たいへんだ! 我々は窮地におちいった。ハンターに見つかり、帰れなくなってしまったのだ! しかもそのハンターの1人が、リョウ隊員の宿敵だ! なんたる運命のイタズラか……』
「だけどあいつは悪者だよ。リョウの家族をだましたんだ。それにお盆の日になったら、あいつの仲間も来ちゃうんだ。だから、あたしが守らなきゃ」
『よい心がけだ、ミチ隊員。山葛に報いらなければ、リョウ隊員は救われない。ここは仲間のためにもぜひ、ひと肌脱ごうではないか』
「そのつもりだよ、ネコ隊長! 追加ミッション開始だねっ。ところでツキベはどうなったの?」
ヤゴローへと振り向いた。彼の瞳はくもっている。
「……もう消えたよ。やることは、終わったけど……」
車の近くに、ガウンが投げ捨てられてある。ツキベが着用したものだ。
「カタログがこれで、もとに戻るかわからない。ぼくたちが、はぐれゾンビとされたなら……」
「あと7分!」
初菊がカウントダウンする。彼女の心を動かさなければ、ゾンビキッズはおしまいだ。
山葛のしていた悪事を、なんとしても証明する――!
「あれは……?」
ミチはガウンの近くにあった、ボールペンを発見する。しかも2本。
おそらく、ツキベの持ち物だ。
「そうだ、ボールペン! ツキベはよく書いてたよっ、新聞紙! ……でもなんで2本もある? 予備なのかな?」
『そこにヤツを追いつめる、ヒントが見つかるかもしれん』
「わかった!」
ミチはガウンへ駆け寄った。2本のボールペンを拾い、手の甲へと書いてみる。
ひとつめは、黒に近い青の線。
もうひとつは、茶色の線。強い日差しが当たるとすぐに、茶色が透けて見えなくなる。
「あれれ? 書けないんだけど?」
『これではとても使えないな。だがこっちは見覚えある。この色だ』
ネコ隊長は、ちゃんちゃんこから新聞紙を引っぱり出す。
ミチはそれを受け取って(自分自身で持ち換えているだけなのだが)、ヤゴローといっしょに宝くじの当選結果の一覧を見る。
特賞にやはり下線がある。これも黒に近い青。その横にはサインがある。三日月を崩したような字体。
『思ったとおり、ツキベのもので間違いない』
「よっぽどそれ、奪われたくないのかなあー。あいつって何でも自分のものに、すぐに印をつけるよね」
「待てよ、ミチ。だったらその宝くじ――」
ヤゴローが、山葛へとダッシュする。緑色の液体が、すぐ鼻先を横切った。
初菊だ。トリガーを引いたあとだった。
「近づかないでもらおうか。こいつはアタシの仲間でね。立証するなら、あやしい動きをしないでもらいたいものだ。――あと6分」
「あやしくなければ、いいんだよねっ? …………もごっ」
なんとミチはぬいぐるみを、口の中へと入れてきた!
ネコ隊長のからだは埋もれて、顔だけ外へと出るかたち。
「……な…………っ!」
誰もが口を開けている。どう見たってあやしいのだが、初菊に向けてピースする。
「ほへはらきはは、ひえはひへほ?」
「あっ、そうか!」
ヤゴローが奇行を意訳した。
「ぬいぐるみをくわえていたら、ゾンビの牙は出せないんだ! 生気を奪うこともないから、安心して近づける!」
「アッハッハ! こりゃ、一本取られたよ」
初菊は笑って許可をした。これで危険はなくなったので、山葛へとミチは向く。
「ひはえはへてほはふほ」
「調べさせてもらう、って」
「なにも出てきや、しやせんよ」
山葛はバンザイする。ミチはポケットのスマホを見たり、肩掛けカバンの中身も見る。……ネコ隊長をくわえながら。
「残り5分!」
ヤゴローも遠目でさがしている。
けれど、あれが見つからない。
――宝くじ。
ツキベは自分のものだと思えば、かならずサインを残すはず。そうかんたんに当たり券を他人にゆだねるわけがない。
「券さえあれば……」
当たり券がツキベのものだと、証明できるはずなのだ。それを奪う山葛という、構図さえもできあがる。
ところが券は見当たらない。
山葛が財布から、1枚のカードを抜き取った。
「おっとぉ。身分証はシークレットでお願いしやす」
「みふんふぉう……。あっ!」
ミチはネコ隊長を抜き取り、ヤゴローのもとへ駆け寄った。
「券は戻ってこないんだよっ! お金と交換したあとは!」
「だから、券を持っていない! あああっ、そうだった……」
「あと4分!」
なんて痛恨のミスなのか。残り時間が少なくなる。
破滅までの足音だ。リョウはふと口をきく。
「……レシートは、どうなんだ?」
「えっ?」
「宝くじって機械に通して、当たりかチェックするんだろ? オフクロがよく買っていて、売り場で見ていたことがある」
「リョウ!」
やっと手助けしてくれた。あれほど覚悟を決めていたのに、リョウの気が変わったのだ。
ミチはうれしくなってきて、リョウの両手をにぎりこむ。
「お祭り行こ! いっしょにね! みんなでね!」
「無事に帰ってこれたらな」
リョウは鼻の下をこすって、笑顔の表情をごまかした。
ヤゴローは肩に手を置いた。
「レシートをさがせばいいんだね。ミチ、よろしく」
「はふっ」
はたまたネコ隊長をくわえて、山葛へと近寄った。
「無駄ですよ。なにも出てきやしないって」
態度はまだ崩さない。すぐにでも鼻をへし折りたいと、ゾンビキッズは思っている。
「あと3分!」
カウントダウンはとまらない。
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