シャドウの秘蔵書:ルネッサンス

@Taurustar

第一章: 転生

日が暮れて間もないころ、ぼくは教会の祭壇の下にいた。ミサを開いていた神父は、ぼくがそこに隠れていることに気づいていたようだが、その場で確かめようとはしなかった。ミサが終わると同時に、ぼくは祭壇の下から飛び出して神父に声をかけると、案の定、神父はぼくが祭壇の下に隠れていたことに気づいていた。神父はそのことを言い終わると、ぼくに話があると切り出した。何のことか見当がつかず、神父の表情を見て、何か深刻なことではないかとぼくは不安な気持ちになった。

「昔、ソウットという名の雷神がおった。ソウットには隠された秘密があり、彼だけがその秘密を知っておった……」

「神父様、さっさと本題に入ってください。なぜ、そんな話をぼくにするのですか」

 と、ぼくは口を挟んだ。

「落ち着けフランシスコ、気を静めてよく聞くんじゃ」

 と神父は真剣な顔で言った。神父が続きを話しだす前に、僕は質問しようとしたが、神父が口を開くのが先だった。

「未来だ」と神父は続けた。

「そうじゃ、フランシスコ、わかるか、未来なのだ。ソウットは、一見すると表紙と裏表紙だけで、なかにはページがない本を持っておった。だがその本を開くと、たちまちページが現れ、自分の未来を教えてくれるのじゃ」

 なぜカルロス神父がそんな話を僕にするのかわからなかったが、その顔や表情を見ると、すでにシワだらけで白髪も少しある老け顔の神父の目つきから、何か胸に詰まっていたもの吐き出しているように見えた。

 その話を聞いてから家に帰り、そこで神父から聞いた話についてもう一度考え始めた。そして、ぼくの中の何かが、「ソウットのことを、もう一度神父と話さなくては」と告げた。

 

 翌日、早速教会に行くと、教会の入口でちょっとした出来事があった。ひとりの若者がぼくや告解のために来ている人たちを教会に入れないように遮っていた。ぼくが訳を聞こうとその若者に近づくと、口論が始まった。

「ぼくたちを中に入れさせてくれないか」

 額の一部を覆い、ゆるく首まで届く黒髪の若者にぼくは言った。黒い瞳に中肉中背のどこにでもいる容姿の青年だった。教会の中には明かりが灯っていたが、彼は両手を広げて鍵のかかった両扉をふさぐようにドアの前に立ちはだかっていた。

「何を急いでる? カルロス神父に会うのが待ちきれないのか? というか、神父のミサを邪魔しないように祭壇の下に隠れて、絶好のタイミングで神父に話しかけるのがおまえの流儀だったかな?」

「君にぼくのやることをいちいち説明する必要はない」

「それなら、おれも中に人を入れない理由を説明する必要はないな。そうだろ、フランシスコ?」

「いったい君は誰なんだ? なぜぼくの名前を知ってる?」

 ぼくは驚いて彼に尋ねた。

「やがてすべてがわかるさ、今はまだ何も知らなくていい」

 彼のその言葉を聞いた瞬間、胸に刃物で刺されたような圧迫感を覚えた。おもわず歩道にかがみ込み、自分の置かれたその状況にとても驚いていると、その若者がドアを開けて教会に入っていくのが見えた。


「フランシスコか、来ると思っておった」

 カルロス神父はそう言った。

「神父様、実は……」

「昨日の話のことじゃな? あの本について調べてみる気になったか」

 ぼくが教会を訪れた理由をカルロス神父が知っていたので驚いた。そればかりか、まだ何も言っていないのにもかかわらず、神父がソウットのことを話したがっているのがわかった。

「ソウットはある戦の前に、その戦で自分が死ぬとわかっていながら、その本を隠した。その戦は勝者に権力を譲るというまさに決戦の場じゃった」

「ソウットはなぜそれを知っていたのですか。本を読んでしまったのでしょうか」

「そうじゃ。ソウットは本を読み、自分が死ぬことを知り、本が悪人の手に渡らないように隠した」

 その時、その本が本当に未来を語るということに気づき、ぼくは思い切って神父に聞いてみた。

「神父様はその本がいまどこにあるのか知っているのですか」

 と尋ねると、神父はシワだらけの顔についた髭を撫でつつ、困ったような顔をしてぼくの質問をかわした。

「それは言えん」

 カルロス神父の表情をみて、ぼくはいぶかしく思った。神父は、ぼくが本のありかを知っていると思っていたかのように見えたからだ。

「ミサに残るかね」

「いや、すみません、もう行かないと」

 そう言って、神父に別れを告げ、ぼくはその場を後にした。


 神父がミサの準備のために教会の奥に消えると、ぼくはとても不安な気分になった。いくつかの疑問が頭をよぎるなか歩道を歩いていると、バルバラにばったり出会った。

「あら、フランシスコ、元気?」

 そう問いかける彼女の声を聞きつつも、ぼくは彼女の短いストレートの髪を見つめていた。

「元気さ、バルバラ。教会へ行って、いま家に帰るところなんだ」

「元気には見えないわ。ずいぶん心配そうな顔に見えるけど」

 と大きく見開いた黒い瞳でぼくの顔を覗き込むように見ながらバルバラは言った。

「大丈夫、心配なんかしてないよ。それよりミサが終わったら、ぼくの家で一緒に昼食でもどうだい?」

 ぼくが昼食に誘うと、彼女はとても喜びながらそれを受けてくれたので、降りだした雨が次第に強くなるなか、ぼくは急いで家に向かった。


 家に戻ると、バルバラを迎えるために昼食の準備を始めた。昼食が出来上がると、ぼくは家の片づけを始めた。前夜に友人数人とバルバラが参加したパーティーのせいで、家の中はひどく散らかっていた。片付けをしていると、この街の天気にしては異様なほど、雨が激しくなっていることに気づいた。家の窓から雨を眺めて楽しめるのは幸運だった。外を歩く人はずぶ濡れになってそれどころではないだろう。この雨が降り始める数時間前には1メートル先も見えないほどの濃い霧がかかり、急激に気温が下がり、これまでに経験したことのないほどの寒い冬の訪れをぼくは感じていた。

 そんなことを考えているうちに、外の打ちつけるような雨でずぶ濡れになったバルバラがやってきた。

「さあ、中に入って。暖炉にあたって」

 ぼくは、寒さで震えている彼女に暖をとるように声をかけた。

「ありがとうフランシスコ、昨夜のパーティーの後片付けをしていたようね。とても楽しいパーティーだったわ。おかげさまで良い時間を過ごせたわ」

 暖炉のそばで暖をとりながら、彼女はそう言った。

「そう、だいぶ散らかっていたから片付けていたんだ。それはそうと、さあ座って。もう料理はできているんだ」

 バーバラが座っている間に、ぼくはキッチンに行って料理の仕上げをした。まもなく、ぼくは2枚の皿を持ってテーブルに戻った。

「あら美味しそう。なんの料理?」

 と彼女は興味深げに聞いてきた。

「ぼくが君のために心を込めて作った、ぼくの特製料理」

 バルバラが味をみている間にぼくはそう言った。

「美味しいわ!」

 彼女は興奮気味にそう言って、ぼくの料理を平らげたうえにお代わりまでしてくれた。

「バルバラ、料理を気に入ってくれてうれしいよ」

 ぼくは料理を食べ終えながらそう言い、皿洗いに立ち上がった。

「フランシスコ、そろそろ失礼するわ。家で心配していると思うの。この雨で外にいるのは危ないと思っているはずだわ」

「そうだね、じゃあ気をつけて」

 そう言って、ぼくは彼女を玄関まで送った。


 神父とソウット、それに未来を告げる例の本の話が気になり、インターネットで調べ始めたら、神父が語っていたあの伝説がほんとうにあることがわかった。それは、古代の魔導師が作った「シャドウの秘蔵書」と呼ばれる本だった。


 翌日、ぼくはカルロス神父にまた会いに行き、インターネットで見つけたことを話した。ぼくがその本について調べたことを話している間も、神父は落ち着いてそれを聞いていた。そして最後に、ぼくはその本がこの教会にあることを神父に伝えた。

「そうじゃ、本はこの教会に隠されておる」

 神父は躊躇することなく、堂々とした声で断言した。

「どこにあるのか知っているのですか」

 とぼくは神父に尋ねた。

「まあ、自分で探すんじゃな」

 神父はあざけるように言った。

 ぼくは本を探し始めたが、いくつかの扉には鍵がかかっていた。神父が扉を開けてくれなかったので、ぼくは神父の目を盗んで祭壇の中に隠れた。神父がミサをしている間、気づかれないように神父のポケットから鍵を奪い、ミサが終わると、自分がいたことを悟られないようにこっそりと教会を後にした。その帰り道、パブロに出会った。

「やあ、パブロ、久しぶり。元気だったか。ロンドンはどうだった?」

 とロンドンに半年留学していたパブロにぼくは聞いてみた。

「ああ、ロンドンはここの冬と変わらなかったよ。でも街はずいぶん大きかったな。ビッグベンのそばにいたんだ。いろんなところに行ってみたよ」

 とパブロは言った。

「そうか、それはよかったな。これからミサに行くところか? でもミサならもう終わったぞ」

「もう終わったって?」

 パブロは叫ぶようにそう言った。

「残念だが仕方ない。じゃあ帰るよ、また会おうフランシスコ」

「ああ、またな、パブロ」

 ぼくはパブロが雨の中を歩き出すのを見送りながらそう言った。


 翌日、ぼくは教会に戻り、昨日手に入れた鍵で扉を開けた。探索を続けていると、教会の地下深くの回廊に通じる大きな階段がある場所に行き着いた。もしかしたら、この道筋は間違っていないかもしれないという思いがよぎり、そこで見つけたろうそくを灯してその暗い地下に下りてみると、見慣れない言語で警告のような文字が書かれた扉が見つかった。


――


 その文字盤に書かれた言葉の意味がわからずに考え込んでいるその時、後ろで足音がしたので振り返ると、ぼくがここにいることに気づいた神父が近づいてくるのが見えた。怒りを露わにしたその顔の口が開いた。

「ここから出るのじゃ!」

 とカルロス神父は怒鳴った。

「何かぼくに隠していることでもこのあたりにあるのですか、神父様?」

 ぼくは反抗的な声で言った。

「聞こえんのか? ここから出て行けと言ったのじゃ、フランシスコ」

「それは断ります。すべてをはっきりさせるまで帰りませんよ」

 ぼくを教会から追い出そうとする神父の怒りは次第に鎮まり、最後に神父は深いため息をついた。

「これを使いなさい」

 と言いながら神父がぼくに渡した本は、ソウットの隠語の辞書だった。ぼくはそれを使って謎の文字盤を解読してみた。


― 近寄るな、さもなくば未来を変えられなくなる危険を冒す ―


 文字盤を解読してみて、あの本は自分の未来を占うだけでなく、人の一生を記して不変のものとしてしまうものだと知った。

「何が起こるかを知っても、まだ先に行きたいか」

 と真剣な表情で神父は言った。

「はい、行きたいです」

「本当にいいんじゃな? もう二度と元のおまえには戻れんかもしれんぞ」

「はい、承知しています」

 ぼくはそう言うと同時にドアを開け、長く暗い廊下に入った。ぼくの手元のろうそくが廊下を照らすと、そこに立ち並ぶいくつものソウットの像が浮かび上がった。このような場所に入るのは初めてで、陰気臭くてとても不気味だった。自分の人生を永遠に変えてようとしているという事実がさらなる恐怖を引き起こしたが、好奇心と全身に湧きだしたアドレナリンがそれを打ち消した。廊下の奥に大きな明かりが見えたので、まっすぐ向かってみると、それはテーブルの上にあった本を守る炎であることがわかった。本の表紙には『シャドウの秘蔵書』と書かれていた。

「その火は魔法じゃ。火傷しないで通り抜ける方法は一つしかない」

 と神父が言っているさなか、ぼくは炎の中を走り抜けることにして、テーブルの上に置かれた本を手にして戻ってきたのだった。

「正しいやり方はこれでよかったのでしょうか」

 神父が今起こったことが信じられないような顔つきでぼくを見ている。

「いや、そのことではないのじゃ。炎の間に隙間を開けて通り抜けるための魔法の液をあげようと思っておったんじゃが…… どうしてあの炎を火傷もせずに通り抜けられのじゃ?」

「わかりません。ただ走り抜けただけです」

 と、驚き続ける神父にぼくは言った。

「手にしてしまったものは仕方がないのう。それはおまえがしっかりと保管するのじゃ」

 と神父は言った。

「わかりました。では、ぼくは失礼します」


 家に戻ると、自分の中に誰かから呼びかけられているような、普段とは違う奇妙な感覚が沸き起こり、手にしていた『シャドウの秘蔵書』を見て、とにかく読んでみようと決心した。


ゾラックスの生まれ変わりよ、シャドウの秘蔵書をよくぞ見つけ出した。これは、運命が定めた新たな道に踏み出すために知っておくべきことである。教会で7つの水晶を探し出せ。つづいて鏡を見つけよ。さすれば、過去への入り口が現る。鏡は、魔導師ソウットの次元へ通じる扉であり、おまえはソウットの最大の敵であるハイドゥムを倒すために手を貸さなければならない。倒すことで帰りの道が開ける。それまでは戻る手段はない。


 つぎの日、カルロス神父に会うためにまた教会へ行った。

「神父様、7つの水晶はどこにあるのですか」

 神父に尋ねると、とても驚き、むしろ心配そうな表情で近くにあった小さな袋の中を探しだした。

「ここに1つ、あとは教会の中のどこかに散らばっておるはずじゃ」

 ぼくたちは7つの水晶の探索を開始した。すでにカルロス神父がそのうちのひとつを持っていたので残りは6つ、神父と一緒に教会内のあちこちを探してみた。まず、祭壇の下に何か光っているものを見たことを思い出し、確かめてみるとやはり水晶だった。もうひとつは、本を見つけた通路に置かれたソウットの像にあったもので、三つめは本そのものの中にあった。図書室の扉のちょうど掛札のところでもひとつ見つかった。いつの間にか、手元の水晶は5個になっていた。あと2個残っているが、神父が教会のさらに下の階にある地下墓地を調べてみようと言うので、神父の後についていった。地下墓地に着き、さらに奥に歩いていくと、いくつかの棺が直立して置かれていて、そのうちのひとつに二つの水晶が埋め込まれていた。それらを棺から取り出すと、神父がその棺を開けた。すると、中には鏡が収まっていた。

「これが本に書いてあった鏡だ!」

 ぼくは神父に叫んだ。

「さあ、旅の支度をするのじゃ、フランシスコ。この先多くの試練が待っておるぞ」

 そう言うと、神父は魔法の杖と手袋、魔剣、そして古代の魔導師の英雄ゾラックスの呪文集をぼくに手渡した。

「お前は選ばれし者じゃ、魔導師ゾラックスの生まれ変わりなのだ」

 と神父が言った。

 それが、未知の次元につづく扉に足を踏み入れる前に神父から聞いた最後の言葉だった。

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