第三章:選ばれし魔導師たち

あのシャドウの秘蔵書にまつわる一連の出来事から、もうだいぶ時が経った。実は、あの本が予言したとおり、その後、ぼくはバルバラと結婚した。あれから1年だが、今でもぼくの頭のなかには、ソウットやハイドゥム、7つの水晶、そして何よりも、ぼくが魔導師ゾラックスの生まれ変わりであることを明かしたあの本のことが鮮明な記憶として残っている。


 ある日、バルバラが長時間の仕事で疲れきって寝ている間に、ぼくはパソコンの前に座りながらあのシャドウの秘蔵書について考えていた。ふとパソコンに目をやると、何か奇妙なものが映し出されていることに気がついた。7つの水晶を収めたときのあの石によく似た星の姿だが、水晶をはめ込む溝のかわりに、横に印がついているのが異なっていた。そのことに気づいたまさにその瞬間、ぼくの剣が異様な光を放ち始めた。ぼくはその意味を探るべく、時をおかずにカルロス神父の教会に向かった。


 教会に着くとすぐに神父に家で起こったことについて話してみたが、何が起こったのか理由は定かでないが、しかし何かがおかしい、と神父が言うので、ぼくは役に立たない神父の助言に頭を抱え、何の気なしに祭壇のほうへ振り向いた。すると、祭壇の上にあのシャドウの秘蔵書が置かれていることに気づいた。

「秘蔵書? 神父様、読んだのですか」

 と、ぼくは神父に聞いた。

「読めるはずがなかろう。封印されとることを忘れたか」

 と神父は落ち着いた声で言った。

「どうかな、試してみますか……」

 ぼくは祭壇に向かって歩ていき、シャドウの秘蔵書を手に取ると、何の問題もなく開いて読むことができたので驚いた。


ゾラックスの生まれ変わりよ、また会えたな。しかし、またもや告げるべきことがある…… デット、ソウンド、エージュ、ダンゲルという名の4人の魔導師を探し出し、その者たちと同盟を結ぶのだ。やがてその同盟は、選ばれし魔導師たちとして知られるようになるであろう。そして、ソウットと再会するために過去にふたたび戻る方法を探し出せ。


「神父様、この本は封印されていませんよ。どうやって封印を解いたのですか」

 と、驚いた様子で僕を見ている神父に、ぼくは毅然とした態度で問い詰めた。

「待て、おまえが思っておるようなことは何もしておらん。本は開いておらんし、あそこに置いておいたのはただ……」

 言い訳など聞きたくなかったぼくは、神父の言葉を遮った。

「いいんですよ、心配しないでください。ところで、ぼくはデット、ソウンド、エージュ、ダンケルという名の魔導師たちを見つけ出さなければならない。どこにいるかご存知ですか」

 封印が解かれていないシャドウの秘蔵書をなぜぼくが読めたのか、まだ納得のいかない顔をしている神父にぼくは言った。

「神父様、ぼくはその魔導師たちに会わなければならない。彼らはどこに?」

 神父がぼくに何か言いかけたとき、外で大きな物音がした。神父と一緒に急いで教会の外に出ると、カルロス神父にソウットのことを話そうと教会に行った二日目にぼくのことを邪魔したあの若者とパブロが喧嘩していた。

「おい、おまえ! 今すぐぼくの友達から離れろ!」

 ぼくは攻撃の身構えをとりつつ若者のほうに進みながらそう言った。

「おやおや、また会ったな、フランシスコ。それとも、ゾラックスと呼ぶべきかな?」

「なるほど、君も魔導師ということか」

 ぼくは若者にそう言って、態勢を元に戻し、攻撃を思いとどまった。

「魔導師のあだ名ではなく、本名を教えてくれないか」

「おれの名前はフアンだ」

 と、ぼくを真剣なまなざしで見つめながら若者は言った。

「おい、フランシスコ、彼の魔導師としての名前も聞いてみたらどうじゃ」

 と、カルロス神父が言った。

「魔導師デット」

 と若者は言った。それを聞いてぼくは少し落ち着きを取り戻した。これで少なくとも探すべき魔導師が一人減ったので、ぼくは微笑んだ。

「なぜ笑っている?」

 とデットが言った。

「デット、君とぼくは共に働かなければならない」

 とぼくは言って、話を続けた。

「シャドウの秘蔵書に、ぼくたちは、ソウンド、ダンゲル、エージュと名乗るあと3人の魔導師と力を合わせるべきだと書いてある」

「その話が信じるに値するものだと、どうやって証明する?」

 とデットは尋ねた。

「これさ」

 とぼくはデットに言い、シャドウの秘蔵書を見せた。

「なるほど、おまえは選ばれし者というわけか」

 とデットは言った。

「選ばれし者?」

 ぼくはその言葉が少し気になってそう声に出した。

「まだそれを説明する時期ではないだろう…… しかし、おまえが魔導師であること、というか、魔導師となるべき男であることはずっと前から知っていた」

 とデットは言った。それを聞いてぼく少し緊張した。

「でも、まさかあのシャドウの秘蔵書に選ばれたのがおまえだとはな」

 デットがぼくに向かって舐めるように視線を這わせた。

「とにかく必要なことがあれば何でも手伝おう」

「ありがとう、デット。ところで、なんでパブロと喧嘩してたのか説明してくれるかい?」

 ぼくがそう言うと、デットは真顔になって周りを見回し、パブロがいなくなったことに気づいた。

「あいつはおまえの友達か?」

 と、デットは言った。

「そうだけど、なぜ?」

 デットにぼくは聞いたが、彼はそれには答えずため息で返した。そして、まもなくデットは口を開いた。

「あいつがエージュなのさ。あいつは、おれがおまえに近づいて、おれとあいつが魔導師であることをおまえに明かさないように止めようとしていたのさ。それで喧嘩になったんだ」

 デットの話はぼくにとってあまりにも意外だったが、今はそれを事実として受けとめるしかなかった。ぼくの友人パブロは魔導師だったのだ。ぼくとパブロの間にはあれほど強い信頼関係があったというのに、彼がそのことを隠し続けていたとは奇妙に思えたが、今はそんな心のなかの疑問は脇におき、デットとともにパブロの家、いや、エージュの家に向かうことにしたのだった。


「おばさん、パブロはいますか」

 パブロの家に着いたぼくたちを迎えてくれた彼の母親に、ぼくは言った。

「あら、フランシスコ。パブロは家にはいないわよ」

 パブロの母親は目を丸くして、ぼくとデットを交互に見ながらそう言った。

「パブロはあなたに会うと言っていたわ」

「そうですか。でも、パブロはぼくたちと一緒ではないんです」

「フランシスコ、どこか別の場所を探さしてみよう」

 とデットが言うので、ぼくたちはパブロの母親に別れを告げ、パブロの家を去った。


 ぼくはまだこの状況を受けとめられずにいた。パブロと知り合ってからこれまで、こんな風に彼を疑うことなどなかったのだ(当時はカルロス神父のことも、シャドウの秘蔵書やデットのことも、ましてやソウットのことも知らなかったのだが)。ともかく、この不可解な状況について、やはりぼくはパブロに説明を求めるべきだろう。ぼくはこの数か月で覚えた空中浮遊の呪文を使い、上空から街全体を見回しながらパブロの捜索を始めた。上空からの捜索にはデットも同行してくれた。

「デット、あそこだ!」

 広場にいたパブロを見つけると、ぼくは指差しながらそう言った。デットがぼくを見てうなずくと、ぼくたちはパブロに話を聞くために下降した。

「パブロ、どうして君が魔導師だってことを教えてくれなかったんだ?」

「その質問はそのまま君に返そう。いやあ、君が魔導師だったなんて、おれも驚いたよ」

 この予想外の事態の始まりにぼくが困惑したように、パブロもまた驚きを露わにしてそう言った。

「しかし、少なくともぼくたちの間に隠し事はなくなったというわけだ…… デットが言うには、君と彼との喧嘩の理由は、君が魔導師であることをデットがぼくに明かそうとしていたからだそうだな」

「確かに、奴はおれたちが魔導師であることを君に明かすと言っていた。理由は教えてくれなかったが、今ははっきりとわかったよ」

 と言って、パブロは真剣な眼差しでデットを睨んだ。

「ともかく、これで一件落着だ。君が魔導師エージュであることはわかったし、デットはここにいる。つぎは魔導師ソウンドを探さなければならない」

 とぼくは言った。

「でも、誰がソウンドなのか知らないのにどうやって探す?」

 パブロが聞いた。

「じつは簡単な方法を思いついたんだ。ぼくが喧嘩で事を知ったのと同じ方法を使うのさ」

 と、ぼくはパブロに返した。

「それは、おれたちの使った魔術がおまえを引き寄せたということか?」

 デットがぼくに問いかけた。

「そう、だから魔導師ソウンドとダンゲルをこの場所に呼び寄せるだけのマナを放出すればいい」

「でも、どうやって?」

 とデットが言った。

「偽りの戦いさ」

 ぼくがそう言うと、デットとエージュは意外そうな顔をみせた。

「戦っているフリをして、ダンゲルとソウンドをおびき寄せるんだ」

「なるほど! いい考えだ!」

 ということで、ダンゲルとソウンドをぼくたちの放つマナでおびき寄せるべく、ぼくたちは偽りの戦闘を開始した。数分が経ったころ、ぼくたちは2つの魔力の気配を感じた。

「見ろ、2人の魔導師だ。こっちに来るぞ」

 こちらに向かって空中を飛んでくる二人を指差して、ぼくは言った。

 その者たちは到着するなり、すぐに戦闘が偽りであることに気づいた。魔導師の一人は、魔導師ソウットのものに似た赤いローブに黄色いステッチを入れたものを着ていた。とはいっても、ソウットのローブは手足を大きく覆い、フードも顔を覆えるものだが、この魔導師のローブは、足は下まで覆っているが、腕は肘までで、前腕と両手はローブの外に出ている。もう一人の魔導師は、軽鎧のような当て物のついたローブを着ていた。胸や肩には当て革がはっきり見えた。そしてもう一人の魔導師と同じように、ローブの上半身は七分袖で、下半身は足首まで伸びている。そのローブはターコイズブルーに染められていた。

「つまり、茶番だったというわけですな」

 と、赤いローブの魔導師が口を開いた。

「まあ、そういうことです。ところであなた方は? もしかして魔導師のダンゲルとソウンドでは?」

 と、デットが問いかけた。

「まさしく…… 私はダンゲル」

 と、先ほどの赤いローブの背の高い、体躯のがっしりした男が言った。

「ぼくはゾラックス。そこにいる戦いのまねごとをしていた二人は、魔導師のデットとエージュ」

 とぼくは言い、彼ら二人にこれまでの経緯を最初から話すことにした。


 幸いなことに、この新たな魔導師二人もぼくに協力を約束してくれた。秘蔵書がぼくに探し出すように命じていた魔導師たちを全員集めることができたので、ぼくたちはカルロス神父と一緒にソウットの王国へ行くための魔法の鏡が置かれたあの地下墓地へ降りて行った。

「フランシスコ、行く前におまえにこれを渡しておいたほうがよかろう」

 カルロス神父はそう言うと、7つの水晶をぼくに返し、同時に何個かのパズルのピースとなんとも古ぼけた歯車をいくつかぼくに手渡した。

「神父様、これは何のために?」

 ぼくは、受け取ったパズルのピースと歯車を見て尋ねた。

「おそらく必要になるじゃろう。初代の魔導師ゾラックスのものじゃ」

 神父のその言葉を聞くと、ぼくたち5人の魔導師は、魔法の鏡の中を通り抜けてソウットの王国へと向かった。


*

 次元の扉をくぐり抜けると、そこはソウットの宮殿だった。ソウンド、エージュ、ダンゲルは、宮殿とドームの市街を広く見渡せるその壮大な景色に感動していた。街に立ち並ぶ家や町人が着ている服、何もかもが彼らにとっては初めて目にするもので、興奮を隠せない様子だった。

「まえにここに来たことがあるのかい」

 と、ひとりだけ落ち着いた様子を見せているデットにぼくが聞いているところに、ソウットが出迎えに現れた。

「やあ、ゾラックス」

 ソウットはそう言いながら、他の魔導師たちに目を向けた。

「今回は一人じゃないようだな」

 とソウットはにこやかな顔で言い、ぼくたちを温かく迎えてくれた。

「そうです、魔導師のデット、ソウンド、エージュ、ダンゲルとともに来ました」

「おお、ついに偉大なる魔導師ソウットに会うことができた。実は、私もあなたと同じ魔導師団に属しています」

 とダンゲルはソウットに一礼して言った。

「おれも同じ。といってもこの世界を訪れるのは初めてだけどね」

 とソウンドが脇から言った。

「そうか、ともかくみんなよく来てくれた」

「おれはどの魔導師団にも入っていないけど、ここで見るものはどれもこれも驚かされるものばかりだな。この宮殿は特に印象深い」

 と、次はエージュが言った。

「その印象は良い方かね? それとも悪い方かね?」

「もちろん、良い方ですよ」

 とエージュは返した。

「たしかに、あんたの宮殿は相変わらず居心地がいいね」

「褒め言葉をありがとう、デット」

「さてと、自己紹介は済んだようだね。ところでゾラックス、私たちをなぜここに連れてきたのかい?」

 とダンゲルが言った。

「確かにそうだ。シャドウの秘蔵書に何か書いてあったのかね?」

 とソウットが、ぼくを見て言った。

「読んだほうが、説明が早いでしょう」

 ぼくはそう言うと、服の内ポケットから秘蔵書を取り出し、読み始めた。


魔導師たちが集まったところで、ソウットは魔導師たちを中庭にある次元の大扉から7つの扉を通り、デモニウスの家へと案内せよ。デモニウスは、パーク大陸とソウットの街に攻撃を仕掛けるつもりである。


「本にはデモニウスが現れると記されていて、ぼくたちはパークとドームが侵略される前に奴に立ち向かわなければなりません」

「ほう、ずいぶん長いこと奴のことは耳にしなかったが…… 昔のゾラックスが奴を7つの次元の扉の領界に追放したのではなかったかな」

 とソウットは言いながら、デットに目を移した。

「確かにそうだが…… 7つの次元の扉について何か本に書いてあるか?」

 デットが言った。

「そこなんだ。ソウット、本には7つの次元の扉の領界に導く大扉が中庭にあると記されています」

「その本は間違っていない。そうとなれば、すぐにでも準備を整えて、デモニウスがここに攻め込んでくる前に先手を打つべきだな」

 それから、ぼくたちは宮殿の中を歩いて、宮殿の奥にある庭園へと向かった。庭園の中央には大きな霊廟があり、その入り口にはいくつかの石柱に囲まれた大きな門があった。周りには霊廟を飾るようにいくつもの水路がめぐらされ、せせらぎの流れに日の光が反射し輝いていた。全員で少し休憩していると、ソウットの準備が整ったので、眼前にある次元の大扉に皆で入り、7つの次元の扉の領界へと向かった。


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