第四章 : 7つの次元の扉

気がつくと、そこはひどく陰気臭い館の中だった。すぐにじめじめとした空気が肌にまとわりつき、湿気と長いあいだ閉め切られて放置されていたせいで、どこもカビだらけで、そこらにネズミが一匹、二匹と歩きまわっているのが見えた。また、館の中にはもやがかかっていて視界を遮った。先に進んでいくと、7つの扉が並んだ広間にたどり着いた。左側に3つ、右側に3つの扉が並び、他の扉よりもいっそう大きい扉が目の前に見えた。ソウットが柱のひとつの近くまで歩いて行き、そこにあったレバーを引くと最初の扉が開いた。扉のなかに次元の入り口が見えた。ぼくたちはその中に入ると、完全に水の中に沈んでいる領界に出た。とはいっても、ぼくたちはドームの中にいたので呼吸ができ、移動するにも支障はなかった。その場所は一種の要塞で、いくつものトンネルや部屋があり、どの部屋も天井が透明で見上げると海の底が見えた。

「1つ目の扉と2つ目の扉の海底の領界だ」とソウットが言った。

「1つ目の扉には、4つ目の扉への鍵があるが、その前に2つ目と3つ目の扉を通り抜けなければならない。4つ目の扉には、領界の番人がおり、その番人はハイドリウムと呼ばれている」

「つまり、1、2、3の扉には、4、5、6の扉の鍵があるというわけですね」とぼくは言った。

「そのとおり」とソウットは返した。

「おい見てみろ、あそこに何かあるぞ」

 デットが小さなガラスの箱を指さし言った。中には鍵が入っているのが見えた。

「あれを持って、とっとと立ち去ろう」

 ぼくたちはすぐにその箱を取りに向かい、箱を壊して中の鍵を取り出した。が、その瞬間、海中に棲むクリーチャーたちの大群が襲ってきた。

「みろ、あそこが出口だ!」

 ぼくは、海底トンネルの先に見える扉を指さして言った。

「急ごう、ここから出るんだ」

 と言いながら、ぼくは仲間たち全員が扉に入るまで襲いかかるクリーチャーたちを食い止め、最後に扉に入った。


 扉を通り抜けると館に戻った。そこはまたあの異なる次元へと続く扉が並ぶ広間だった。そのとき、さらに2つの扉が開き、それぞれの扉の先には次元の入り口が開いているのが見えた。ぼくたちは意を決してそのうちのひとつに入ると、抜けでた先は岩場の領界だった。異様な形をした大小の岩々が一面に広がり、そこに洞窟の穴がいくつか空いていた。洞窟はすべて外側の切り立った崖に達していて、その外を見ると、ぼくたちは浮遊大陸のようなものの上にいることが分かった。黄色に染まった空、水平線には白い雲がいくつか飾られ、日没を想わせる太陽がそこに顔を覗かせていた。

「ここは2つ目の扉の次元、岩場の領界だ、ここの番人の名はロッキーだ」

 とソウットが言った。

「つまり、2つ目、5つ目の扉の岩場の領界というわけだ」

 と地平線を見ながらデットが言った。

「そうだ」とソウット。

「さっさと鍵を見つけて、ここから逃げだそう」

 エージュが、今にも襲ってきそうなクリーチャーの大群を指さしながら言った。

「走れ!」とソウンドが叫ぶなり、ぼくたちは崖の間の岩でできた長い洞窟の中を走り始めた。そこを通り抜けると、突然、辺りが地震のように揺れ始めて、道が低い音を立てながら底の見えない暗黒の空洞へと崩れ落ちていった。気がつくと、ぼくたちは仮面がひとつ、そして『岩石の鍵で開けよ』と書かれた扉のある部屋にいた。

「くそっ、これじゃ逃げられない」

 とぼくは言った。

「ほら、あそこに次元の扉がありますな」

 とダンゲルが指さす先には、もうひとつの次元の入り口があった。通り抜けてきた洞窟よりも狭く、壁もない空間に浮かんでいるような小道だった。

「さあ、急ぐんだ!」

 デットがそう言うと、ぼくは仮面を掴み、デットがクリーチャーたちを食い止めている間、皆でその空中に浮かぶ小道を走った。

「デット、早くこっちへ、扉に入るんだ!」

 デットがこちらに向かってくるのを見ながら、ぼくは言った。デットが走っていると、道がまたもや崩れ始めた。しかし、デットは扉にたどり着く前に走るのをやめ、崩れ落ちる道と共に空洞へと落ちていった。落ちる瞬間、彼はぼくに視線を向け、その顔に満足そうな笑みを浮かべた。

「デットォォォ!」

 デットが空洞に落ちていくのを見ながら、ぼくは叫んだ。

「急げ、フランシスコ」

 とエージュにうながされ、次元の扉をくぐって館に戻ったが、ぼくは戻ったあともまだ何が起こったのか理解できずにいた。


 再び館に戻ると、まだ開いている扉がいくつかあった。そのとき、ソウットが、デットのことは取りあえず忘れて先に進もう、デットが落ちたあの空洞は実は別の領界に通じていて、デットのことだからきっと無事に館に戻る道を見つけられるはずだ、とぼくたちに説明した。その言葉を信じつつ、ぼくたちはまだ通っていない扉をくぐると、今度は森の中に出た。

「3つ目の扉のここは森林の領界だ。番人の名はグリンティティウム」

 とソウットは言った。

「なぜ領界やその番人の名前をそんなに知っているのですか?」

 とエージュが聞いた。

「簡単なことだ。この場所は数千年前にカオス王朝がデモニウスを封じ込めた場所なのさ」

 とソウットは答えた。

「カオス王朝?」

 ダンゲルが聞き返したが、ぼくがそれを遮った。

「まずはこれを終わらせなければならない。ソウットの宮殿に戻ったら、その話はソウットからゆっくり聞こう」

 ぼくは毅然とした態度でそう言い、森の中を歩き始めた。

 

 ここは7つの次元の扉の最後の領界となる森林の領界。ソウットが言ったように、これらの領界はすべてデモニウスを封じるためにカオス王朝が創ったものなのだが、見たところ、デモニウスは自分の都合のいいように領界の中を使うことができていたようだ。この新たな旅に出るまでの数か月間、ぼくはソウットに関する情報を求めてチャールズ神父の教会にある図書室に足を運んだところ、ソウットがパトス王朝、インフェル王朝、ドラケスト王朝と並んでこの世界を支配する四王朝のひとつであるカオス王朝の一員であることがわかった。また、本の中にはこの領界についても具体的な記述があったが、ここはすべての領界の中で最も大きく、この領界に入った者の中には道に迷い、今では森に巣食うクリーチャーに変貌してしまった者までいると言い伝えられていた。

「おい、あそこに何かあるぞ」

 とエージュは廃墟と化した屋敷のようなものを見つけ指さした。

「行ってみよう」

 ぼくはそう言い、皆の先頭に立った。

 

 屋敷に着き、玄関の扉を開けて中に入ると、そこは寂れた広間だった。入口の扉を閉めたとたんに、光が閉ざされ、部屋の中は真っ暗になった。外の朝霧に包まれた早朝の空気、空を覆う雲の切れ間から射し込む陽の光が照らす森の中とは全く対照的だった。屋敷の中はまるで夜のようだ。屋敷内の廊下のひとつからわずかな明かりが見えたので、ぼくたちはそこに近づいてみると、ちょっと変わった取っ手のついた扉があり、回すと扉が開いた。なんとその扉は7つの次元の扉がある部屋へと続く秘密の抜け口だった。


「あれは不思議だったなぁ。次元の扉を通らずに、どうして7つの次元の扉の館に戻ってこれたんだ?」

 とソウンドは言った。

 ソウンドの言う通り、奇妙に思えたが、何が起こったのか考えにふける時間の余裕はなく、海底の鍵で4つ目の扉を開き、ハイドリウムがいるであろう海底の領界の二番目の段階へと向かった。

「よし、つぎはハイドリウムを倒すんだ」

 とぼくは言い、エージュ、ソウンド、ダンゲル、ソウットと共に次元の扉に入った。


ぼくたちが海底の領界に戻ってくると、待ち受けていたのは敵からの攻撃の嵐だった。目的のハイドリウムにたどり着くためには、海中のクリーチャーの軍団と戦わなければならなかった。要塞の中に張り巡らされた通路を進んでいくと、玉座の間のような広間にたどり着いた。そのとき、海水が凍って大きな氷の塊となり、突然ぼくたちを襲ってきた。

「きさまら、何者だ!」

 と、その氷塊は凍るようなかすれ声で言った。

「久しぶりだな、ハイドリウム。デモニウスはここで君をうまく使っているようだな」

 とソウットが言った。

「なるほど、計画がバレたか、それならここを通すわけにはいかん」

「そうかい?」

 ぼくは反抗的な態度で言った。

「本当にそれが望みか?」

 と言うや否や、ぼくたちはハイドリウムに一斉攻撃を開始したところ、あっさり打ち勝つことができた。

「まあ、あっけなかったね」とソウンド。

「たしかに、思ったより楽な相手だった。でも、これを見てくれ」

 ダンゲルは、ハイドリウムが射出した2つの物体を指さした。

 ソウットが、「鍵だ」と言いながら、落ちていた2つの鍵を手に取った。それらは岩石と森林の鍵だった。

「よし、ここから出るぞ」

 と、そこに開いた次元の入り口をくぐって、7つの次元の扉の館に戻った。しかし、ぼくたちは館に戻ると5つ目の扉に錠がないことに気づいた。

「おかしいな、錠がないぞ」

 ぼくは何か方法がないかと探していたところ、エージュがそれを遮った。

「ほら」とエージュが指さすほうに目を向けると、廊下が開いてそこに階段が現れた。ぼくたちは階段を上がってみることにした。上がってみるとそこには2つの鍵と鎖、いくつかの錠がある部屋があった。

「みんな、これ見て」

 とソウンドが部屋の真ん中にある板を指さした。近づくと、板には伝言が書かれていた。


『7つ目の扉を通るには、その番人を倒さなければならない。5つ目の扉を通るには、2つ目と3つ目の扉の出口が5つ目と6つ目の扉であるので、2つ目の扉に戻らなくてはならない。7つ目の扉に入るには、謎を解かなければならない。鎖は北の地にある大鬼たちの圧制を示している。鍵は最後の手引きとなるものである。錠は印が現れるまで回さなければならない。かくして、他の3つの謎で守られているデモニウスの家におまえは仲間たちを導くことができるのである。まずは、これを解いて、番人ロッキーとグリンティティウムを倒し、7つ目の次元の扉を開くのだ』


 2つ目の扉の岩場の領界と3つ目の扉の森林の領界に戻らなければならないことが、これで明らかになった。そこで、ぼくたちは2つ目の扉を通り、あの突然地響きを立てて崩れた道を歩き、『岩石の鍵で開けよ』と記された扉を開け、中に入るとそこは溶岩に覆われた部屋だった。周りには真っ赤に焼けた溶岩が川のごとく流れるのが見え、その溶岩の川はこの部屋を二分していた。ぼくたちは、番人ロッキーの家にたどり着くまで、この部屋を通り抜けることにした。

「みろ、ここに何か書いてある」

 と、ソウットはそこにあった文字板を指さした。


『壱の鍵——岩石の仮面はロッキーの死体とともに岩石の宮殿に埋めよ』


「つまり、これが最初の鍵というわけだ。でも、鍵は最後につかうもののはず」

 とぼくはソウットに向かって言った。

「たしかにそのはずなのだが、そうではないようだ」

 ソウットがそう言うのを聞きつつ、ぼくたちはロッキーを倒してもう一つの次元の扉に行くために、岩石の宮殿に入っていった。

 宮殿の中庭に到着すると、岩場の番人であるロッキーが、静かに不動の姿勢で座っていた。番人ロッキーは岩でできた巨大なゴーレムの姿をしていた。

「ロッキー、おまえを倒しに来た」

 ぼくは臆することなく言った。

「分かっておる」

 と言いながらロッキーはゆっくりと立ち上がった。

「デモニウスにたどり着くために、おれさまを倒しに来たことは承知してる」

「それなら話は早い。覚悟しろ。ペルディトゥム・イッラ・ナッドゥ……」

 呪文を唱えるとブラックホールが現れて、たちまちロッキーを吸い込み、部屋は空っぽになった……

「さてと、答えてもらおうか。奴を虚無に吸い込ませてしまって、このあと鍵はどうする? もう死体はないぞ」

 ソウットが言った。

「ソウット、ちょっと待って」

 ぼくがそう言って呪文を唱えようとしたそのとき……

「ゾラックス、これを見てみろ」

 ソウンドが指さす先には、岩石の仮面がちょうど入るほどの窪みがある小さな岩の突起があった。

「どうやら間違ってはいなかったようだな」

 ソウットは岩石の仮面をその窪みにはめ込んだ。仮面が窪みに収まると同時に、そこに次元の扉が開いたので、ぼくたちは順番にその扉をくぐって7つの次元の扉のある館に戻った。


 館の階段を上ってみると、最初の鍵が開いていたので、3つ目の次元の扉に行く前に、ぼくたちは残りの謎を解いてみることにした。鎖は圧制を象徴しているという話だったので、ぼくたちの頭に浮かんだのは、鍵と錠でできた輪に鎖を交差させてみることだった。実際にやってみると、それらの錠がつながり、印のようになった。そこで、それを八芒星のかたちになるまで回してみた。

「これが正解ということだろう。準備はいいか」

 とソウットは言った。

「よし、これからグリンティティウムを倒しにいくぞ」

 とぼくは言い、3つ目の扉を皆で通り抜けた。

 森は以前と変わっていた。大きな森であることに違いはなかったが、最初に来たときとは異なり、その形はかなりはっきりしており、特に道すじがよく見えたので覚えやすかった。

「さあ、グリンティティウムの城まで飛んでいこう」

 とソウットは言うと、そこにドラゴンを出現させた。

「自分のペットをいつでも簡単に召喚できるなんて、驚きですな」

 とダンゲルが感動しているそばから、ぼくたちはドラゴンの背に飛び乗った。


 グリンティティウムの宮殿の上空に着くと、森林の鍵のある入り口が見えたので、ぼくたちはそこに降り立った。すると大手門のすぐ横に小さな文字板があることに気がついた。

『弐の鍵——グリンティティウムを討伐せよ』

 7つ目の次元の扉を通るには、グリンティティウムを倒さなければならないことは明らかだった。その前に、ぼくたちは森のさまざまな植物の葉や枝で覆われた城壁に囲まれたその城を観察した。城の周りにはどろどろとした緑色の水が流れる小川がいくつかあるのが見えた。

「さあ、みんなついてこい。グリンティティウムを倒すんだ」

 とソウットが言った。壁の小窓から白い光が反射して、陽の光でよく照らされた廊下を歩きながら、ぼくたちはソウットについて行った。松明や燭台が灯っているのも見えたが、その明かりは昼の日光に打ち消されよく見えなかった。中庭まで歩いていくと、巨大な蛇のような姿をしたグリンティティウムが現れた。

「なるほど、おまえたちが魔導師の一団というわけだ」

 グリンティティウムはそう言い、続けた。

「こんなに早くおまえたちに会えるとは思わなかったぞ。特におまえたちの大事なお友達がいなくなった後ではな」

「そうだな……」

 ぼくはそう言うなり、その蛇の化け物に向かって剣を振り上げ一撃をくらわすと、相手は相当な痛手を負った。

「うぉ、なんて馬鹿力だ」

 グリンティティウムは痛みに喘ぎながら言った。

「この俺様を倒すのもいいが、デモニウスがおまえたちの立ち向かうべき問題の元凶ではないと言っておこう……ゾラックスよ」

 そう言うと、グリンティティウムはすぐさま尻尾で攻撃してきたが、ぼくは剣でそれを切り落とした。間髪を入れずに、ぼくが火の玉を投げつけると、その巨大な爬虫類は崩れるように倒れた。それがグリンティティウムの最後だった。

「さあ、行こう」

 とソウンドがそこに現れた次元の扉を指さした。

 そして、いよいよ7つ目の次元の扉を通過するときが来たのだった。館に着くと、7つ目の次元の扉が開いた。扉の中を覗くと、この館の中庭のようなところにつながっていることがわかった。その先には、炎に包まれた深淵に垂れ下がる魔の点を横切る次元の入り口が遠くに見えた。

「グリンティティウムが言った、デモニウスは真の元凶ではないというのは、どういう意味だったのでしょう?」

 とエージュがソウットに聞いた。

「難しく考えるな」

 と、ソウットは真顔で返した。

「早急に答えを追い求めるのが、われわれの仕事ではない……今はシャドウの秘蔵書がデモニウスについて教えてくれた事実だけを見ていればいい。この後何か問題が起きれば、ゾラックスがどうすべきか分かるはずだ」

 ソウットの言葉を聞きながら、ぼくたちは7つ目の次元の扉をくぐった。

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