第六章:カオスの次元の扉

ぼくが教会に着くなり、ぼくの突然の訪問にカルロス神父は気づいた。それまでぼくは説教をまじめに聞くために教会のミサに出席したことなどなかったため、神父はあまりの驚きで説教や聖書の朗読を何度も間違えた。ミサが終わると、いつも隠れて神父に話しかけていたあの頃と同じように、ぼくは神父に話しかけた。

「古の神々の慈悲がありますように…… で、おまえはここで何をしておる? まさかミサを聞いておったのか?」

 と、神父は言った。

「えっ、いや、まあその…… ところで神父様、緊急事態です」

 心配そうな顔をしていた神父に、ぼくはそう言った。

「どうやらそのようじゃな。では、さっさと話しなさい」

「バルバラが何者かに連れ去られました」

「何じゃと」

 ぼくがバルバラが誘拐されたことを言うと、神父は驚いて聞き返した。

「そうなんです。ぼくが家に戻ると、家の中がめちゃくちゃに荒らされていて、寝室にはこんなメモ書きが残されていたんです」

 ぼくはそう言いながら、カルロス神父にメモ書きを手渡した。

「ほう、ではシャドウの秘蔵書の封印を解かねばならんな」

 渡されたメモ書きを読むと神父はそう言った。

 ぼくは神父と二人でシャドウの秘蔵書の封印を解きに向かい、封印を解くとページをめくった。



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『ゾラックスよ、おまえにはもう一人強敵がいる。その者の名はカオス。バルバラを連れ去ったのはその者である。カオスは、おまえがデモニウスの家にいたときにおまえの妻をさらっていった。おまえが聞き覚えのある声の悲鳴を聞いた気がしたそのとき、カオスはバルバラをパークへと連れ去り、パークの暗黒地帯に拉致している』

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「神父様、ぼくはすぐに行かなければなりません」

 前回の旅で過去から戻ったときに教会に保管しておいた鎧やその他の魔法の道具をまとめながら、ぼくはそう言った。

「うむ、それがよかろう。気をつけていってくるんじゃぞ」

 神父のその言葉を聞くと、ぼくはソウットの王国へ向かうために地下墓地へと降りていった。


 ソウットの王国に着くと、ぼくはすぐに宮殿に向かった。宮殿の大広間に入るとワイングラスを片手にのんきに本を読んでいるソウットの姿があった。

「ソウット、ぼくの妻が……」

「わかっている」

 ソウットはやけに落ち着いた様子でワインを飲みながら言った。

「子細は承知しているよ…… あの本のことは良いことも悪いことも含めて私が知っていることは君も分かっているはずだ」

「だったら話が早い。妻を探すのを手伝ってくれますね?」

「君の個人的な問題にかかわるのは私の立場ではないが、パーク島の桟橋までなら送ってあげよう。そこから先は君ひとりで何とかしなければならないぞ」

 こうして、ぼくたちは桟橋から船に乗りパークへ向かった。


 ソウットの船でパークに向かう途中、数か月前に起こった大戦の記憶が頭によみがえった(しかし、ソウットの時代では200年近くが経過している)。パークに到着すると、街はすでにおおかた再建されていて、多くの人でにぎわうようになり、そこにはかなり特徴的な城が築かれていた。

「さて、ゾラックス、君とはここでお別れだ、君の大事な妻を探す冒険を続けたまえ」

 別れ際にソウットはそう言った。ぼくはゆっくりと沖へ出ていく船上のソウットをしばらくそこで見ていた。

 見事に再建された街を歩きながら、シャドウの秘蔵書に書かれているパークの暗黒地帯がどのようなところか知らないぼくだが、少なくともこの付近、つまりパークの陽光地帯では、もう影の影響は及んでいないのだと気づいた。街を歩いていると、ぼくがソウットとともにパークに侵攻した時代とは全く違う雰囲気が漂っているのがわかる。考え事をしていると、村人の一人が穏やかに声をかけてきた。

「あなたさまは、この土地の方ではありませんな」

 質素な身なりの村人は、ぼくに向かってそう言った。

「そうです、向こうの大陸から来ました。カオスを探しに来たんです」

 それを聞いた村人は仰天した。ぼくの話を聞いていた周りの村人たちも同様に驚きを隠せずにいた。そこにはカオスの名を口にするような勇気のある者はいなかったからだ。彼の名は民衆の心に恐怖を植えつけていた。

「すると、あなたさまはカオスのお仲間ですだか?」

「いや、実はカオスと対決するために来たのです。ぼくにとってとても大切な人がカオスにさらわれて、囚われの身になっています」

「それじゃったら、地獄地帯にお連れしますだが」

「地獄地帯? そんなところがあったんですか」

「暗黒地帯と陽光地帯のふたつしかないと思ってだか」

「ええ」

「よろしいか、このパーク大陸には四つの地帯がありますだ。南が陽光地帯、北が暗黒地帯、東が地獄地帯、西が火山地帯ですだ」

「そうですか、カオスはパークの暗黒地帯にいると聞いたのですが」

「じつは、地獄地帯と暗黒地帯は暗黒地方に属しておって、陽光地帯と火山地帯は陽光地方に属しておりますだ。確かにカオスは暗黒地方におるだが、もっと正確に言えば、東の地獄地帯ですだ」

「なるほど、それなら日が昇る場所と言えるが、この世界ではそうではなさそうですね」

「太陽は北から昇り、南に沈みますだが、暗黒地帯には邪悪なオーラが漂っておるで、陽ざしに照らされることはないですだ。それでそんな名で呼ばれておりますだ。陽光地帯は、あちらの大陸からの影響でいつでも日に照らされておるで、その名がついておりますだ」

 と、村人は言った。

「分かりました。では地獄地帯に案内してもらいましょう…… ところで、なぜ地獄地帯と呼ばれているのですか」

「あの辺りは川と言えば溶岩の流れる川で、水の川なら流れる水は熱水ですだ」

 と、東へ馬を歩かせながら村人は言った。

 ぼくはこの大陸の地理的なつくりをくわしく教えてくれた村人とともに、地獄地帯へ向けて出発した。途中、バルバラをカオスから救い出すことができたら、また7つの次元の扉に戻って、デットを探そうと思った。

「ひとつ聞いてもいいですか、カオスとはどんな奴ですか」

 ぼくは村人に尋ねた。

「容姿のことを言っとりますだか」

「そうです。ぼくはこれまでに魔術師のハイドゥムや、さまざまな化け物をつなぎ合わせたような姿のデモニウスと対決してきました」

「ミノタウロスですだ」

「えっ、ミノタウロス?」

 ぼくは驚いて村人に聞き返し、「まさかこのつぎはドラゴンとユニコーンのおでましかな」と道すがら考えていた。


「旅のおかた、案内できるのはここまでですだ」

 橋に袂にたどり着くと村人はそう言ってぼくを下ろした。

「ここはどこですか」

「暗黒地帯と地獄地帯の境ですだ。じつは、わっしゃ暗黒地帯の者ですだに、ここからはそっちの道に行きますだ」

 村人がそう言うと、周りの風景が変わったことに気づいた。日差しはあったが、この地帯に漂う邪悪なオーラがはっきりと感じられた。

「お世話になりました。助かりました」

 そう言って、ぼくは村人に別れを告げた。村人が暗黒の地を進み、完全な闇に包まれた自分の村へと帰っていくのをしばらく見送ると、ぼくはバルバラを救い出すまでここから一歩も引かぬことを決して、地獄地帯の地へと入っていった。


*

溶岩の川や水温が38度はある川が流れているため気温は数度暖かいが、ソウットの王国であるかのような不思議な感覚がそこにはあった。空は赤みを帯び、あたりの景色は砂漠のように荒れ果て、草木が生えていた痕跡もない。生きている物といえば小鬼のオーガのような奇妙なクリーチャーがうろつくだけだった。かまわずに道を進んでいくと、幸いにも一人の村人に出会った。

「あの、すみません」

 ぼくが村人に声をかけると、村人は振り返り、ぼくの顔を凝視した。どうやら、ぼくがこの土地の者でないことに気づいたようだった。

「ほう、よそ者だな。外からこの土地に人が来るのは珍しいのでね。あんた誰だい。何しに来た?」

「ぼくは魔導師のゾラックスといいます。実はある者を探しているのですが……」

「カオスかね?」

「ええ、そうですが」

 ぼくは驚いた。なぜこの村人はぼくがカオスを探しにきたことを知っているのか。もしかしたら、ぼくの探索を手助けするために誰かが気を配って手配した者かもしれない。

「あんたが魔導師ゾラックスだって聞いて、すぐに思い浮かんだのさ。奴の助っ人にきたのかね、それとも奴を倒すためかい?」

「カオスを倒す? 実はカオスに妻をさらわれたので、救いにきたのです」

 村人はその返答を聞いて安心したのか、ぼくに微笑みを返した。 

「そうかい、それなら少しおれたちを手伝ってくれないかね」

「何でしょう?」

 ぼくは好奇心から村人に聞いてみた。

「いいかね、今おれたちは奴の城でクーデターを起こす準備をしている。だが、指揮をとってくれる人が必要だ。手伝ってくれないか」

「お互い目的も似ていることだし、悪くないですね。やりましょう」

 ぼくたちは、反乱軍の司令部として使われている廃墟となった教会へ向かった。教会へ着くと、左目の上に古傷があり、かなりくたびれた鎧を身につけた軽武装の村人が、ぼくたちを出迎えた。

「誰だこいつは?」

 その目に傷のある兵士が、ぼくを刺すように見つめながらそう言った。

「失礼、自己紹介させてください。ぼくは魔導師のゾラックスといいます。陽光地帯でソウットがハイドゥムを倒すのを手伝い、今はカオスがぼくの妻を誘拐したので探しています」

 ぼくがこう言うと、村人たちは驚いた。特に目に傷のある兵士はぼくの正体を知ると、態度を一変させた。

「なぬ、ゾラックスだと? おお、これはこれは偉大な魔導師さま、失礼をお許しください」

 緊張した面持ちで兵士は言った。

「気にしないでください。気軽にいきましょう」

「いやいや、参った」

 兵士は頭を掻きながら少し落ち着きを取り戻し、そう言った。

「さて、そろそろ始めましょう。明日の攻撃の作戦を練らないと……」

 こうして、ぼくたちはカオスの城を攻略する作戦を立てるために作戦会議に入った。 


 夜が明けると、ぼくたちの侵攻の準備は整っていた。戦いのために弓、矢、剣、盾などが用意された。村人たちのほとんどは鎧を持っておらず、用意された数少ない鎧は最も腕の立つ戦士たちに配られ、他の者は後方で待機するか、遠くから攻撃することになっていた。緊張した雰囲気が漂うなか、村人らの戦闘経験の未熟さが伝わってきた。そういうぼくも、たとえぼくの方がはるかに強いとしても、他の魔導師の助けを借りずに一人で戦うのは初めてのことだった。

「さあ出発だ。気合を入れろ」

 そう言って、ぼくたちは不安も恐れもかなぐり捨てて、勇気をもってカオスと対決する覚悟を決めた。

 

 いよいよ戦いが始まった。カオスを守るクリーチャーたちは実によく訓練されており、味方は数で勝っているにもかかわらず、クリーチャーの攻撃で多くの村人が倒されるのが見えた。ぼくの戦闘力により、短い時間で多くの敵を倒すことができたので、味方の不利な状況に怯えていた村人たちの士気をなんとか保つことができた。

「諦めるな!」

 ぼくの身の危険を顧みない奮闘で城を守っていたクリーチャーたちは全滅し、ぼくたちはカオスの城に入城することができた。

 城はソウットの城と同様だったが、わずかな違いがあった。この城にはソウットの像はなかったが、その代わりに重い鎧を着たマネキンがいたるところに置かれていた。また、廊下は暗く、燭台に灯された小さなろうそくで照らされていた。

 頭の中でこの状況をすばやく分析したところ、ぼくはこの魔法界でもう一人で何とかやっていけるのだから、ここに住んでもっと経験を積むのも悪くないと思った。そんなことを考えながら、ぼくたちは城の奥に入っていった。城の奥にあったのは中庭で、まるで森のようだった。さらに奥へと進むと、巨大なプールの上にある閉ざされた次元の扉の前にたどり着いた。その真ん中には台があり、そこにはぼくの今回の旅の目的、バルバラが丸太に縛られていた。

「バルバラ!」

 そう叫んで、ぼくは妻に向かって駈け出したが、どこからともなく巨大なミノタウロスが目の前に現れ、剣を薙いでぼくのゆく手を阻んだ。

「どこにいく、ゾラックス?」

「カオス、決まってるだろ、ぼくの妻のもとへだ!」

 ミノタウロスの赤く光った目を睨みつけながら、ぼくは怒鳴った。

「急ぐんだ!」

 そのとき、ソウットの叫び声が遠くに聞こえたかとおもうと、ダンゲル、ソウンド、エージュとともに向かってくるのが見えた。

「えっ、なんでここに?」

 ぼくがそう口にすると、村人たちは味方の援軍の到着に歓喜の声を上げた。

「君の手伝いに来たのさ」

 ソウットが、まだこの状況に呆然としているぼくを見ながら言った。

「われわれがこの状況で君を放っておくとでも思ったのかね?」

 ソウットが言った。これでぼくたちはカオスを倒すまで戦う準備が整った。

 戦闘が始まって数分経つと、ぼくはバルバラを救うために丸太へ向かった。その瞬間、カオスが閉じていた次元の扉が動き出し、黒光りする鎧に身を包んだ戦士が出てきたことに気づいた。胸には金で刻まれたBLというイニシャルがのぞき、青い裏地の黒マントを羽織っていた。その戦士はがっしりとした体格で、白い肌と虹彩のない目、髪は短くとがっていた。

「ようやく会えたぞ」

 その戦士は言った。

「誰だおまえは!」

 ぼくはするどい声でその戦士に言った。

「その格好…… もしや君は」

 そう言いかけたソウットの言葉を戦士は遮った。

「いやいや、ソウット、ここであなたに合うとは思わなかった。実は、新米のゾラックスがこの場所で孤軍になると聞いていたんでね。今、私は黒軍団(ブラックレギオン)の所属だ…… というより、四将軍の一人、クラーゴといったほうが早いかもしれない」

「なるほど、君がクラーゴかね」

 ソウットが真剣な顔つきをして言った。

「さてと、われわれのゾラックスさんに話を戻そうか…… レトロディウム!」

 その瞬間、ぼくは遠くへ打ち飛ばされた……と同時に、クラーゴがバルバラを連れ去るのが見えた。

「彼女を救いたいならついて来い。だが一人で来るんだ」

 そう言いながらクラーゴはバルバラを連れて次元の扉の中へと消えていった。ぼくはなんとか力を取り戻し、その後を追った。

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シャドウの秘蔵書:ルネッサンス @Taurustar

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