第5話 終幕

「裏世界を壊すってどういうことだ?」

 意味がわからないという風に神崎かんざきは首を傾げる。


 三人は共有スペースに移動し、話をすることにした。珍しい組み合わせに、近くにいた隊員たちも「どうした?」と寄ってくる。咲良さら理津りつは、先ほど書斎で見つけた本を神崎に見せた。


「これは?」

「あたしの家の書斎にあった、魔法使いと裏世界に関する本です」

 咲良がそう発言すると、神崎たちは食い入るように身を乗り出す。

 それから二人は、本で得た情報を事細かに伝えた。話が終わるまで彼らは口をはさまず、注意深く聞いていた。


「それで、裏世界のことは十分わかったが、なんで壊そうと思ったんだ?」

「負の感情である黒いモヤは、人間には見えません。それに、人間に直接害を与えるものではないんです」

 咲良の言葉に神崎は深くうなずく。続きを理津が引き継いだ。


「ダストを生み出している元は、裏世界に充満している魔力です。だから、裏世界自体を壊せば、ダストは発生しないはずだと僕たちは考えました。今はもう裏世界に人は住んでいないみたいなので」


 神崎はあごに手を置き、考えを巡らせる。数秒ののち、「よし」と膝を叩いて立ちあがった。

「その提案に乗ろう。会議室に集合するよう呼びかけてくれ」

 近くにいた隊員に指示を出すと、神崎は咲良と理津に水を向ける。


「で、人間の血はどうするんだ?」

 魔法陣は、魔法使いの血を用いて作られている。そのため、そこに人間の血を垂らすことで相殺し、裏世界を壊すことができるのだ。理津が読んだ本、魔法陣のレシピのところに書いてあった。


「あたしの父に連絡してみます」

「了解。じゃあ先に向かっててくれ。俺たちはあとで行く」

「「わかりました」」


 そうして二人は、再び咲良の実家へと向かった。道中、咲良は父に電話で説明をし、了承を得た。

 ちなみに両親は、書斎にあった隠し通路の存在は知らなかったそうだ。というのも、購入した本を保管しておくだけの倉庫として使用していたため、読み返すことも、整理することもなかったのだとか。


 ――書斎で見つけた小さな部屋に、数人の隊員と咲良の父が集合した。

「今、同時進行でダスト討伐の隊員がいるが、裏世界にいる奴はどうなるんだ?」

 神崎の瞳が不安でゆれる。


「本には、裏世界消滅と同時に表世界に強制送還される、と書かれています」と理津。

「そうか。じゃあ念のため俺だけ裏世界に行くから、準備ができたら知らせてくれ」

 そう言って神崎は裏世界へと飛んだ。片耳につけたイヤホンから、隊長の声がみんなに届く。


「これから裏世界がなくなる。どんな衝撃があるかわからない、心の準備をしておいてくれ」

 彼の合図とともに、魔法陣の上に血を落とした。


「……あれ、何も起こらない?」

 咲良が心配そうに声をあげる。

「こっちも特に変わりはないぞ」

 神崎の声がイヤホンから伝わった。

「私たちの方も何も変化はないです」

 ダスト討伐をしている葉月はづきからも通信が届く。その声の背後からは、ダストの叫び声も聞こえた。


 自分が言い出したのに、上手くいかなかった。負い目を感じた咲良は、「すみません」とその場で頭を下げる。その声は少し震えていた。


「あ!」

 一方で理津は大きな声を出す。「どうした?」という周りには応えず、この部屋で見つけた本をパラパラとめくる。あるページをもう一度読み返した。


「同時にって本に書いてありました」と理津が呟く。

「どういうことだ?」

 神崎が問い返した。

「この部屋と神崎さんのいる場所の魔法陣、同時に血を落とすみたいです」


 理津の横から本をのぞき込む咲良は、ホッと胸をなでおろした。

「そうだったんだ……じゃああたしが父の血を持って裏世界に行きます」

 彼女はすぐさま小さなボトルを持ってきた。父の血を少し入れ、裏世界へ移動する。

反転インバート


 咲良の姿を確認すると、隊長はコホンッと一つ咳払いをした。

「気を取り直してもう一回やるぞ。理津の方も準備いいか?」

「大丈夫です」

 さん、に、いち……というかけ声に合わせ、魔法陣の上に血が落ちる。


 その瞬間、七色の魔法陣は眩しいくらいの白い光を放つ。気が付いたときには、神崎と咲良は理津たちのいる元の部屋に尻もちをついていた。理津は「大丈夫?」と言いながら、咲良に手を伸ばす。

「う、うん。びっくりした」


 神崎もすっくと立ちあがる。手に持っていた武器、そしてブレスレット、イヤホン、ゴーグルがなくなっていた。もちろん、地面の魔法陣も。

「……どうやら本当に消滅したみたいだな」

 啞然としている隊員たちは、神崎の言葉に深くうなずいた。


 ◇◆◇


 瞬く間に裏世界も特殊部隊もなくなり、日常が戻ってきた。といっても、隊員たちは今までと変わらず寮に住み、NPOの活動に力を入れている。


「今日までお疲れ様でした! かんぱーい」

 C班の四人はまたも居酒屋にいた。ゆうと葉月はジョッキに入ったビールをグビッと飲む。ソフトドリンクの咲良と理津も、二人にならって一気飲みした。


「まさか裏世界をなくそうだなんて、思いもしなかったなぁ」と葉月。

「たしかにな」

 優は理津と咲良の顔を交互に見ると、柔らかい笑みを浮かべた。


 葉月はテーブルに置かれたタブレットを操作し始める。優はすかさず「俺が注文する」と奪い取った。ムスッとする葉月だったが、すぐに咲良たちに向き直り、身を乗り出す。

「そういえば、二人は大学目指すんだっけ?」


「はい、今の活動も色々発見があって楽しいんですけど、やっぱり友達の話を聞いていると憧れてしまって」

「僕も調べてたら気になっちゃって……」

「そっかそっか、勉強しててわからないことがあったらなんでも聞いてね」

「「ありがとうございます!」」


「優は勉強できなさそうだよね」

 ニヤニヤしながら、タブレットをいじる優を見る。

「よくわかるな。俺は補修常習犯だったぞ」

「優先輩、威張ることじゃないですよ」と咲良。

「ゆ、優さんは運動できるから良いんだよ」

 なぜか理津が対抗した。


 色々な話をしていると、すぐに時間は過ぎた。先輩たちは二次会をするらしいので、咲良と理津は終電に間に合うよう店を出る。

 帰り道、二人はこの一カ月のことを思い返した。


「なんか早かったね」

 空を見あげながら、少し寂しそうに咲良は言う。

「そうだね、あっという間だった」

 理津も同じように空を見あげた。

「最後にもう一回言っとかない?」

 咲良は意味深な瞳を理津に向け、ニヤリと笑った。

「いいね」

 せーのっと、顔を見合わせる。


「「反転インバート」」

 重なる声が夜空に向かって放たれる。明るく輝く月が、二人を優しく照らしていた。

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inverter-終末を告げる者- 浅川瀬流 @seru514

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