第4話 秘密

 本を読み終わった咲良さらは顔をあげる。理津りつはいまだ本を片手にメモを取っていた。少し経つとペンを置き、体の向きを変える。


「こっちは読み終わったよ」

「あたしも。じゃあ先に理津くんの方から。何が書いてあった?」

「裏世界誕生について書かれていたよ。マルテミアっていう魔法使いが、裏世界を作ったらしい」

「作った? 最初から表世界と裏世界に分かれていたんじゃないの?」

「僕もそう思ってたんだけど違うみたい」


 メモを見ながら話を続けた。

「これによると、元は一つの世界に人間と魔法使いが共存していたんだって。でも魔法使いを悪用する人が増えたから、リーダー的存在だったマルテミアが魔法使いだけの世界として裏世界を作ったらしいんだ」


「もしかして、この部屋がマルテミアの部屋なのかな?」

 咲良は小さな部屋をグルっと見回す。理津もその視線をたどった。

「たぶんそうだと思う。だからこの魔法陣は裏世界とつながっているはずだよ。それから、魔法陣のレシピも載ってる」

「レシピって……料理じゃないんだから」

 あきれた様子でツッコむ咲良。一方、理津は興味津々に本に視線を落とした。


「まず魔法陣を描いて、作成者の血を登録。魔法を付与して……」

「ストップストップ! あたしたちは魔法使えないんだから関係ないでしょ。他には何が書いてあったの?」

「うーんと、魔法使い自身は二つの世界を行き来できること。そして、魔法使いの中には表世界で正体を隠しながら働きに出る人もいたみたい。咲良の方は?」


「これはね、人間の山田たけるっていう人が書いた日記。魔法使いのルーランっていう女性に恋をしたって書いてある」

「えっと、それで?」

 あまりにどうでも良いような内容に、理津は拍子抜ひょうしぬけし、先をうながす。


「ルーランはマルテミアの孫で、どうやら彼女は表世界で仕事をしていたらしいよ。で、職場で恋に落ちたのが、さっき言った山田尊」

「創造主の孫ねぇ」

 理津はあごに手を当てる。少し楽しそうに口角をあげながら、彼女の話に再度耳をかたむけた。


「んで、ある日ルーランが裏世界で黒いモヤを見つけたらしいの。でも、周りを見ても火事が起こってる様子もないし、なんだろうって。調べてみたら、人間から生まれた負の感情が、裏世界に浸透しんとうしていることがわかったんだって」


「入隊してからずっと気になってたけど、その黒いモヤって肉眼では見えないんじゃないの? 僕たちいつもゴーグル付けてるよね?」

「魔法使いには見えるみたい」

 ほらここ、と該当がいとうするページを開いて理津に見せる。表世界には魔力が少ないため、魔法使いでも見えないそうだ。


「なるほどね。それで、魔法使いたちは結局黒いモヤをどうしたの?」

「魔法使いたちは、モヤを浄化じょうかする魔法を作り出したんだけど、結構多くの魔力が必要らしくて、純血の魔法使いじゃないとダメだったみたい。しかも、そのモヤを大量に浴びると魔力がなくなっていくから、浄化ができる魔法使いの人口が減少したの。だからルーランは、裏世界のことを山田尊に全て話し、世界をたくしたって書いてある」


「なんだかめっちゃ壮大な話じゃん」

 理津は遠い目をして呟いた。


 人間の血が混ざった混血の魔法使いでは魔力が小さく、浄化には不向き。減少が止まらない魔法使い人口と増加が止まらない人間の負の感情。

 いつしか負の感情は、裏世界に充満する魔力に触れたことで、変異を起こし怪物となることがあった。それが、咲良たち特殊部隊が討伐しているダストというわけだ。


「ルーランは人間が裏世界へ移動するための魔法石、怪物に対抗するための武器や道具、それからゲート……魔法陣のことかな、を作ったみたい」

 思案顔の咲良は少しの間、口を閉ざしたが、何かを思い付いたのか急に立ちあがった。


「試しにさ、ここから裏世界行ってみない?」

「え? 僕らだけで?」

「あたしが先に行って確認するから、大丈夫そうだったら知らせるね」

 片耳に付けた通信用イヤホンを指さす。


「ちょ、ちょっと、危険だったらすぐ帰ってきてよ?」

 心配そうな表情をする理津。

「うん、わかってる」


 一カ月間経験してきた裏世界への移動。咲良は魔法陣の上に立ち、片膝を立てて座った。右手を床につけ、発する。

反転インバート

 その声に呼応して床が歪み、体が吸い込まれていった。


 目を開けると、墓地だった。魔法使いたちの名前だろうか、たくさんの名がきざまれている。

 咲良は周りにダストの気配がないことを確認し、理津に連絡をした。すぐに彼はやってきて、辺り一面に広がる墓地を真っ直ぐに見つめる。


「ここも裏世界……なんだよね」

 ゆっくりと吐き出された言葉に咲良はだまってうなずき、二人そろって手を合わせた。


 ――部屋に戻ったあとも、裏世界についての本を読み込んでいった。お互いに話をしていく中で、ある一つの案を思い付く。それは、裏世界のことをちゃんと知らなければ、突拍子もないアイデアかもしれない。


 早速寮に戻り、隊長である神崎かんざきの元へと向かった。


「二人ともどうしたんだ?」

 神崎がドアから顔をのぞかせると、奥の方から副隊長のいびきが聞こえてきた。その豪快ごうかいないびきに、二人は図らずも笑ってしまう。すぐに違う違うと首を振り、咲良が一歩前へ出た。


「神崎さん、裏世界を壊しましょう」

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