第6話 エピローグ

 その後、生徒会長と足立羽は和解した。

 ……色々と言ったが、真実は俺が思っていたよりも、もっと優しい世界だった。


 生徒会長は単純に、たった数日とは言え、裏切られるまでは確かに友達だった足立羽と、仲直りをしたかっただけなのだ。

 昔のように戻りたい……そのためには、足立羽が感じている裏切ったという負い目を失くすことがまず必要だと思った。


 いくら口で言っても負い目は消えない……、意識させられた罪の意識はなかなか拭うことができないものだ。

 だから生徒会長は足立羽の過去を暴露することで、同じレベルの負い目を自身にかけることにしたのだ。

 同じ負い目を背負うことで相殺する……わけではないが、均等にしたかった――同じ目線でこそ、仲直りをした後にまた当時のように笑い合えるから――。



 アプリはサービスを停止し、リニューアル予定だ。

 一応、ファンは多かったようで、完全にサービス終了をすると知った一部の生徒が生徒会に直談判しにきたのだ。

 現実の過去を元にしたことを知らない生徒が、単純なゲーム性に惹かれて――だ。生徒会の中でアプリ担当を作り、ゲームの制作を続けるらしい……。

 そこにゲーム部も加わり、アプリは今後も引き継がれていくことだろう。


 リニューアル後、また俺もダウンロードしてみようか。



 定期的におこなわれている演劇部の舞台を見にきた俺は、村人Aの役を演じている足立羽を見つける。……俺だからか、主演よりも彼女に目を引かれた。

 まあ、知っている人がいれば自然と目がそこへ向くのは必然か。主演には悪いが、俺の目には脇役に負けていると言わざるを得ない。


「隣、いいかい?」


「どうぞ、生徒会長」


 隣に腰を下ろした三年生の生徒会長が、舞台を見ながら俺に話しかける。

 俺に、視線は一切、向けてこないな……。


「ラッコちゃん、上手ね」


「脇役に言う誉め言葉は、溶け込んでるって意味か? それとも主演を引き立てているって意味? どちらにせよ目立たない地味な演技ってことか……」


「地味も技術よ」


 目立つと白羽の矢が刺さる――顔を引っ込めることは生きる上で必要な技術か。


「で、どうやって多くの生徒の過去を調べたんですか? まさか足と耳で稼いだ、とでも言うつもりですか? 生徒数は二百を越えているんですよ……、しかもかなり深入りしていますし……。会長が見て聞いた足立羽の過去ならともかく、俺の過去まで、どうやって知った?」


 注目されていなかったので流したが、全体ログには俺の過去……らしきものが載っていた。


 ファンタジー風に変換されていたので世界観に溶け込んでいたが……。


 後々に露見していたと思うと、かなりゾッとする話だ。


「ばれたらダメ? 元子役の、赤樹あかじゅ定春さだはるくん」


「…………、本名は北大野なので……。露見していたらと思うと、演劇部から勧誘されそうですし、嫌なんですよね……。子役と言っても一回、主演をしただけですし――」


 ブランクもある。


 それに、俺が主演として評価されたのは周りのおかげだ。


 今の足立羽のような、技術のある役者が俺を引き立ててくれただけ――。


「俺の過去はいいんです。聞きたいのはどうやって知ったのか、です」


 俺だけならともかく、二百人以上の過去を暴いた生徒会長の手腕が知りたい。

 単独で? チームで? 答えによっては対策を練らないと……、性事情まで筒抜けになりそうで、怖くて生活できねえよ。


「観察していればなんとなく分かるでしょ。あとは占い師がよくやるような……誰にでも当てはまるようなことを言って、相手の深い過去を喋らせる。引き出しを開けて探る必要はないの、勝手に向こうが引き出しの中身を提供してくれる。

 残りは、本人とその知り合いの話を聞いて、噛み合うところを探して前後を予測していくだけ……、だから百発百中ではないわ。

 多分に作り話も混ざっているし。当たっていたら……ラッキーよね」


「……俺の過去も、じゃあなんとなくで……?」

「子役の時の仕草がそっくりだったから……、もしかしてと思って調べてみたら当たったわ」


「仕草って……テレビドラマも舞台も、役なんだから俺自身の仕草じゃな――」


「撮影風景、ドキュメンタリー……、楽屋映像などなど……DVDなんかの特典についてくるものよ。これでも私、あなたのファンなのよ。小さな癖の一つ一つ、分かっているわ――」


 薄暗い部屋の中、生徒会長が耳打ちするように近づいてくる。


 これ、舞台上から見たら、まるでキスするように見えてるんじゃ――、


 かんからん、と音がして舞台を見ると、村人Aの足立羽が、小道具の箒を落としたところだった。なんとかセリフを繋いで違和感なく見せたものの、明らかに失敗だった……、大舞台でないから良かったものの……、足立羽らしくない失敗だ。


 脇役は目立ってはいけない……分かっているはずだろうに。


「ラッコちゃん、これでまた、私を意識してくれるかしら」


「……仲直りしたんだろ? じゃあこれからも友達でいられるはずだろ」


「でも来年は卒業だからね。ラッコちゃんが気になる男の子に私がちょっかいを出し続けていたら……卒業した私のことをずっと意識し続けてくれるでしょう?」


「気になる男の子? 俺が?

 ……あいつは俺が持つカードを見ていただけで、俺を見ているわけじゃないぞ」


 生徒会長を相手にしていると、たまに敬語を忘れてしまう……、子供っぽいやり方で気を引くところが、なんだか年上に思えないのだ。


「変化があったのでしょう。実際は、大勢に暴露されていないけど、あなたはラッコちゃんの万引きの事実を知ったわけで……、だけどそれを責めもせずに、私と仲直りをするために、間に入ってくれた。

 ひた隠しにしたかった事実を知りながらも、これまで通りに接してくれるあなたを、ラッコちゃん自身——目的のための手段として使った先輩、として見ることができるのかしら?」

 

 それは、まあ……以前とは違うか。

 ぐいぐいくるわけではないが、それでも廊下を歩けば顔を合わせる。


 一年生にとって用事がない場所にいたりもするし。


 俺に会うため、か?


 ……だけど喋りかけると、会話がぎこちないんだよなあ。


「あ」


「あ」


 舞台上の足立羽と目が合うと、彼女がぷい、とそっぽを向いた。……たぶん、次はおまえのセリフなんだけど、言わなくていいのか……? 部長が台本を丸めて怒ってるけど……?



「ラッコちゃんの心を掴んで離さない、お人好しで無愛想な先輩ね、あなたは」



 ―― 完 ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラッコちゃん劇場! 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ