第5話 最奥のメッセージ

 足立羽との親密度を見ると、長い仲なのかと勘違いされそうだが、実際は一週間もない。


 数日前に演劇部へ勧誘され、ぐいぐいと引っ張られるままに体験入部……という体で、単純に演劇を鑑賞しただけだ。その時に隣についてくれていたのが足立羽だった――。


「たぶんおまえは、俺のスマホを後ろから見たのか、誰かとの会話を偶然聞いたかをして、俺のキャラの設定の断片を聞いたんじゃないか?

 ……断片であれ、ぴんときてしまったら動かないわけにはいかなかった――放置しておくのは不安だろ?」


「不安って、なんでですか、もうっ。せんぱいのキャラの設定が、あたしとなにか関係があるとか思ってます? ゲームの話ですよ? ゲームと現実をごっちゃにしないでくださいよー」


「ふうん。俺のスマホのパスワードを知っているのは、まあ遠目からでも指の動きで分かるから誤魔化せるが……、財布を抜き取ったのはどう誤魔化すつもりだ?

 あのカードが欲しかったから、という理由なら許せるが、そうじゃないなら俺の金、もしくは口座のカードを探していたら立派な犯罪になるぞ?」


 支給されたカードとは言え、俺に無断で抜き取れば窃盗だが……、生徒会から支給されたものであり、俺のものではない、とすれば、まあギリギリセーフなんじゃないか?


 俺が主張すれば当然、窃盗として成り立つ一件ではあるが。


「ゲームと現実をごっちゃにしないでください、か……なってるんだよなあ」


 おまえも気づいてる。

 だからこうして俺に接触したわけだ。


「そもそもおかしいとは思っていたんだよ。帰宅部とは言え、二年生の新入部員を必要としている演劇部じゃない。部員が少ないわけでもないし、急な代役を求めていたわけでもないし……代役なら、演劇部の誰かを立てればいい……素人の二年を使うなら新入生を使うはずだ。

 たとえば足立羽、おまえが演じたっていいはずなんだ……、役が違う? だとしても選り好みしている余裕はないはずだろ?」


 結論、演劇部は俺、もしくは俺のような帰宅部を求めていたわけではなかった――無理やり体験入部をさせられていると説明しても、胡散臭そうな顔をしていた演劇部員のことを今でも覚えている……。つまり、演劇部の誰も、指示を出したわけじゃない――。


 足立羽の独断行動。


 演劇部ではなく、単純に足立羽自身が、俺と接触したかっただけで――その動機として、演劇部を利用しただけだったのだ。


 脇役ばかりを任される演技力? 


 だが、今回に限り、おまえは最初から最後まで主演だったわけだ。


 俺を騙すためだけの――おまえが書いたシナリオ通りに。


「俺と親密な仲になれば、スマホなり財布なりを確認する時間が取れる。俺も隙を見せるだろうしな……こんな風に。

 まだ初対面だった時のおまえの前で眠るなんて間抜けはしなかったはずだ。……懐かれていることに、俺も少しは心を許していたみたいだ――だけど残念だったな。おまえが知ったゲームの秘密カラクリを、俺も気づいてる……だから警戒できた」


「…………、あたしだけを、警戒していたんですか?」


 す、と目を細めた足立羽が好意を消した。


 俺に懐き、油断を誘う必要がなくなった以上、無駄なことはしないとでも言いたげだ。


「ああ、おまえだけを警戒していた。急に接近してきたおまえを疑っていた中で、俺のキャラの設定がアンロックされたことで確信に変わった――コミュニケーションツールアプリだから、他人のQRコードを読み込めばに設定はアンロックされるはずなんだよ……。なのに、足立羽のQRコードを読み込んだら、

 偶然か? 違うよな……そういう仕様なんだ。キャラの設定と、その設定の元となった本人が一致すれば、一発で全ての情報が解禁される。

 わざわざ口にすることでもないかもしれないが――俺のキャラの設定……おまえだろ」


 ファンタジー風に変換されているものの、じゃあこれを現実的に修正すれば、足立羽ラッコの生い立ちになる。


 父親からの暴力……、父親の浮気を捏造し、離婚へ持っていった――しかし片親になったことで母親に多大な負荷がかかり、親子仲は険悪になっていった……。

 そのストレスを発散するために……——設定では盗賊団と変換されていたが、単純にこれは万引きだろう。

 友人と一緒に万引きをし、ばれた足立羽はその場にいた仲間を店主に突き出して逃げ延びた――違うか?


「ま、全体ログに載せられたくはないよな」


 全員が見るのだ。ただ見られるだけなら、これが数百の中の一つの設定であると思われるだけだろう……、しかし、これが急に、ゲームの仕様が変わったら?


 たとえば今はファンタジー風に変換されているキャラの名前が、本人の名前に変わってしまえば? そしてなにより重要なのが、設定は別に、足立羽だけが対象とされているわけではない。


 全体ログだけでなく、個人で持っている情報も全て、使


 ……どうやって収集したのか、真実なのか嘘なのかは調べていく必要があるが、まあ本当だろう。目的から逆算すれば、ここで嘘を多く入れることはないはずだ。


 嘘の中の一つを真実だと主張しても、嘘に飲まれてしまう……でも、周りがことごとく真実であれば、中の一部を真実と主張すれば信用される。

 

 たぶんこれは。


 復讐なのだろう……。



「俺に、全体ログに載せないように促したのはおまえだったしな。俺しか知らない情報、その証拠を消すにはどうすればいいか……。

 二度と読み込めないように、カードを破り捨ててしまえばいいわけだ。アプリはアンインストールしてもまたダウンロードできるが、初期化されてしまえばまた読み込みをしなくちゃいけないからな……、カードがなければ再生は不可能……」


 足立羽が企んだのは、これだ。


 実際の証拠を消してしまえばいい……、いくら俺が口で説明したところで、足立羽が否定すれば信用なんてされないわけだしな。


 でも、足立羽……、制作者はデータを持っている……それは文字列、という意味じゃないぞ?


 データは記録であり……記憶だ。


 裏切られた側は、いつまでも忘れない。


「恐らくだが、制作者は全体ログに情報が出揃ったところで、仕様変更をしようと思っていたんだろうな……おまえの過去を暴露するために……誰もが見て信用できる環境を整えてから。

 わざわざこんなゲームまで作って――おまえだけじゃない、他の生徒の過去まで暴いてまで。あくまでもおまえを追い詰めるためだけの手段なんだろうけどな、暴かれた方はたまったもんじゃない……、それでもやるつもりだぞ。それだけ『あの人』はおまえを恨んでる」


「あの、人……?」


「気づいていないのか? 小さい頃の話だから分からなかった? ……おまえが裏切って、万引きの罪を押し付けた人は、今もこの学校にいて、最も生徒を見定められる位置にいる……。

 生徒会主催、言い方を変えて生徒会制作と書いてはいるが、ようするにこれは、生徒会長が率先しておこなったことだよ」


 俺のクラスメイトが持っていた情報は……、現・生徒会長の過去だった。


 まあ、有名な話だったし、すぐに特定ができた。


 彼女が制作し、自分の過去まで組み込んだことは、フェアであることを主張したかったのか?

 自分だけの過去がないとなると、後々に目をつけられることを恐れて? それとも、自身の過去も載せたのだから、なにをしてもいいでしょ、と理由にしたかったから?


 枷がはずれたとなれば、そこだろうな。

 

 ここまで手の込んだことをしたのは、普通に訴えても信用されなかったから、だな。


 証拠がなければ大人は動かない。当時の足立羽はそういう部分に手抜かりがなかったのだろう……、もしくは、当時の生徒会長が足立羽を売ることができなかった、のかもしれないが。


 生徒会長は、足立羽を警察に突き出したいわけではなく……認知させたかったから?


 足立羽ラッコの過去が学校全体に広まることで、自身と同じ烙印を押したかった――?


 元・犯罪者。

 万引きをした生徒として。


 そんな過去を持ちながら生徒会長まで登り詰めたぞ、おまえはどうするんだ?


 そんな風に、人生に負荷をかけたかっただけなのかもしれない。


 軽快な足で進むことは許さない。

 一歩一歩、その重さを噛みしめて生きていけ。


 それが生徒会長のメッセージ……——。

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