人魚について誤解していること 後編
もう一度言いますが、私は人間が好きですよ。
でも、100年程度の短い人魚生の中で、人間に恐怖を抱いた経験が、幾度かあります。
船に追われたり、不老不死を求める人間に命を狙われた、といった話ではありません。
津波、ってありますよね?
うんうん。
波が幾つも重なって、大きな波になる、それです。
時々、人間の犠牲者も出ますね。
怖いですよね。
え?
海の中なら関係ないだろうって?
そんなことはありません。
海の中にいても、津波を感じますよ。
確かに、陸上ほど影響はありませんが、海底地すべりが発生した時なんて、海の底にいても巻き込まれたり、砂が舞い上がって息も出来ないほどなんですよ。
人工津波、って知っていますか?
ええ、そうです。
人間が意図的に起こす、津波です。
人魚が何を言い出すのかですって?
その発言は、人魚差別ですよ。
ヘイトスピーチで訴えても良いですか?
私自身の経験も交えて、お話ししますので、ちょっとだけ聞いてもらっていいですか?
あれは、私が弱冠50歳にも満たない頃でした。
その時の私は、南の海で暮らしていました。
美しいサンゴ礁があって、ブリやアジやサワラなど、皆さんお馴染みの魚の他に、キンチャクダイやチョウチョウウオや、ツノダシやカーディナルフィッシュといった、色とりどりの魚が、いっぱい泳いでいました。
その日は朝から、海の上の方が騒々しかったんです。
人魚は暖かい海を好みますので、冬は南半球で、夏は北半球で過ごします。
季節の変わり目、水温も下がって、そろそろ北半球へ引っ越しを考える、5月頃だったと思います。
水面近くで、数隻の船が、水中に何かを投げ入れていました。
私どもは、人間に見付かってはいけないと、海底にへばり付いて、ジッと息を殺していたんです。
ドカン、ドカン。
海中で、激しい爆発が起きました。
数十回の爆発が、同時に。
海底にいた私は、水面に体が吸い上げられるような感覚に襲われたんです。
流されまいと、必死で、海底の岩にしがみ付きました。
数分。
数十秒だったかも知れません。
やがて海は平穏を取り戻しました。
私も、仲間の人魚も、あまりの恐怖に、身を寄せ合って震えていました。
船影が見えなくなると、南洋を離れ、それ以降、あの海には近付いていません。
あれは一体何だったのでしょうか?
その疑問は、最近になって氷解しました。
二十年ほど前に、アメリカが、ある文書の機密解除をしたんです。
そこに、記載されていたんですよ。
米軍が、極秘に開発していた、それは超自然兵器、
地震、ってありますよね?
うんうん。
地面が揺れて、ぐらぐらして、怖いですよね。
え?
海の中なら関係ないだろうって?
そんなことはありません。
海の中にいても、地震を感じますよ。
確かに、陸にいる時より揺れは感じませんが、海底火山が噴火した時なんて、海は煮え立ち、海にいる生き物にも多大な影響があるんです。
人工地震、って知っていますか?
ええ、そうです。
人間が意図的に起こす、地震です。
人魚がバカなことを言っているですって?
あ、その発言は、人魚への誹謗中傷ですよ。
侮辱罪で訴えても良いですか?
え?
聞いたことあるですって?
そういう方もいるんですね。
アメリカの方ですか?
アメリカって、国家としては極悪非道な行いをしますが、アメリカ人個人って、正義感のある方が多いですよね。
私は好きですよ、そういうところ。
え?
ハープ?
何ですか、それ?
楽器、竪琴ですか?
私ども人魚は、歌を歌うのは好きですけど、楽器はちょっと。
え?
違う?
地震兵器、
高周波の電磁波が、海を貫通し、海底まで届いて、地震を起こすですって?
そんなバカな話、誰が信じるもんですか。
私ども人魚は、先にお話ししたように、深海では超音波を使いますから、もしそのような兵器があるなら、すぐに分かりますよ。
潜水艦のソナーや、軍艦の指向性レーダーも感知出来ますし、なんなら、無線の電波だって気付きますよ。
でも、そんな強烈な電磁波を感知した経験も、他の人魚から聞いたこともありませんよ。
私自身の経験を踏まえて、お話ししますから、ちょっとだけ聞いてもらっていいですか?
南洋からアジア近海に移り住んで、数十年経ちました。
夏の間、日本海の少し北側、涼しい海の中で暮らしていましたが、寒くなったので、南方への引っ越しを考えていた頃です。
もちろん、恐怖体験をした南洋は避けて、もっと極東寄りの、沖縄や台湾、または南シナ海やジャワ海への移動です。
私は朝食を終えて、海底で惰眠を貪っていました。
緩やかな潮流で、それはもう、気持ち良く眠っていました。
その時です。
ドカン!
海底の岩盤を伝わって、ものすごい爆発音が響きました。
それから少し遅れて、海底が揺れたんです。
それは、通常の地震とは全然違いました。
普通は、カタカタ、っと少し揺れた後で、グラグラ、って大きく揺れますよね。
ところが、その時は突然、いきなり大きく揺れたんです。
ドカーン、って。
それはもう、びっくりしましたよ。
私どもは、慌ててその海を去りました。
あれは一体何だったのでしょうか?
その疑問は、最近になって氷解しました。
地下核実験、って知っていますか?
そうそう、そうです。
原子爆弾、っていう人間が作った兵器です。
原爆の開発は、とっても難しいんですって。
だから、開発に際し、何度も実験を行う必要があるんですって。
地下核実験を行う際に、人工地震が発生するんです。
人為的な、地震の発生です。
ハープなんて、よく分からない物じゃないんです。
え?
うんうん、その通りです。
よくご存知ですね。
原子爆弾や水素爆弾、といった核弾頭ではなく、通常火薬でも、人工地震は発生するんですよ。
地下の掘削作業で、硬い岩盤を崩すための爆破でも、地震が起きます。
もちろん、その規模は、核弾頭よりも、ずっと小さいものです。
私が調べた範囲では、例えば2008年の台湾、750キロのダイナマイトを使った人工地震実験で、
先にお話した、私どもが日本海で経験した地震は、M4から5で、北朝鮮が2006年に行った、原爆実験だったようです。
アメリカが1970年代に行った、水素爆弾による地下核実験では、M7の地震が発生したそうです。
このように、世界各国で繰り返される、兵器実験。
私ども人魚や、海に棲む生物にとっては、本当に恐ろしいものです。
人間に恐怖を感じるのは、こういう瞬間ですね。
人間、中でも白人は、何をするか分からない、っていう長老たちの言葉を、実感しましたよ。
若輩者の私ですが、100年の人魚生で経験した、最も恐ろしい出来事をお話ししましょう。
あれは、今から10年ほど前。
日本人の友人と、旅行をすることになりました。
飛行機ではなく、船旅です。
空を飛ぶなんて、恐ろしい!
絶対に嫌です。
落っこちたらどうするんですか!?
でも、船だったら、沈んでも泳げます。
むしろ泳いだ方が速いくらいです。
友人は全員女性で、私を合わせて4人でした。
みんな、私が人魚だ、って知っています。
でも、人魚の姿を見せたことはありません。
だから、人の少ないビーチで、私の人魚姿を見たい、って言われました。
正直、友人に人魚の姿を見せるのは、抵抗があります。
気持ち悪い、って思われないでしょうか?
怖がられないでしょうか?
仲間外れにされないでしょうか?
大切な友人を失わないでしょうか?
でも、友人はみんな、大丈夫だよ、って笑ってくれました。
4人だけの秘密だよ、って約束してくれました。
ズッ友だよ、って言ってくれました。
だから、私も勇気を出すことにしたんです。
旅行の日程は、船の中で往復6泊。
到着してから7泊。
合計13泊14日、2週間もの長旅です。
私はワクワクしながら、長期間の擬態に必要な、数年分もの月光エネルギーを溜めました。
陸上でのショッピングも、大好きなカラオケも、我慢しました。
とっても、楽しみにしていたんです。
3月上旬。
天候は晴れでしたが、気温は寒く、10度もなかったと思います。
友人とお揃いの、長袖の学生服。
仙台港から数キロ、人が滅多に訪れない、灯台のふもとで待ち合わせをしました。
海の底を泳いでいる時、以前も経験じたことのある、嫌な感じがしました。
海上で、無線電波のようなものが、いっぱい飛び交っていました。
海の底では、何かの鳴動もありました。
待ち合わせの時間通り、灯台に着きました。
灯台の窓から、友人が手を振って迎えてくれました。
ずぶ濡れの私は、その場で服を乾かしながら、友人と話をしていたと思います。
その時でした。
ドカン、ドカン!
グワン、グワン!
大きな、地を伝う爆発音を、私の耳は感知しました。
海の底で何度も聞いた、あの爆発音でした。
でも、友人は気付いていなかったようです。
私が警告を発する間もなく、今まで体感したこともないほどの、大きな地震が起きたんです。
それも一度ではありません。
大小合わせて数百回の爆発音と、それらが重なった大きなうねりでした。
とても立っていられません。
これは、足腰が弱い人魚だからではありません。
友人も全員、その場にへたり込んでしまいました。
地震は長く続いたと思います。
ようやく静まった時、思い出したのです。
海中で、複数の爆弾を同時起爆することによって、大津波を生み出す、あの軍事作戦です。
津波が来るかも知れない。
一刻の猶予もありません。
私は友人全員に、高い所へ避難するよう、勧告しました。
付近で一番高い場所は、灯台の上でした。
3人は腰が抜けた様子でしたが、這うようにして灯台に登っていきました。
私は一人、波打ち際の方まで行って、海音を聞いたり、波の様子を見ていました。
潮がスウッと引いていきます。
沖の方へ、吸い寄せられていました。
間違いありません。
大津波が来ます!
私は慌てて戻ると、灯台の上にいる友人に、大声で告げました。
ほぼ同時だったでしょうか。
友人たちも、沖の方を指さし、何か叫びました。
海が大きく盛り上がって、襲い掛かって来たのです!
大津波の高さは、人間の数倍、十メートル近くにも及びました。
友人が登った灯台でさえ、飲み込まれてしまいそうです。
鉄筋コンクリート造りの灯台が、あまりにも心許なく見えました。
津波で押し流されるか、倒壊してしまいそうです。
このままでは、私の大切な友人が、波にのまれてしまいます!
友人との旅行のため、溜め込んでいた数年分のエネルギーを、すべて注ぎました。
滅多に使うことのない、それは人魚の秘密能力。
巨大化です。
私の体は、4倍にも、5倍にも、膨れ上がりました。
灯台にいる友人が、私の目線よりずっと低くなりました。
友人は、驚愕の表情を浮かべていたと思います。
巨大化の能力がある、って言っていませんでしたから。
使うことなんてない、って思っていましたから。
沖の方から、水棲生物や海藻、流木や砂利などを巻き込みながら、大きなうねりが襲ってきました。
私は、大切な友人のいる灯台を、抱きかかえるようにして、必死に守りました。
背中を、流木や石つぶてが叩きました。
激しい波に、巨大化した私でさえも流されてしまいそうでした。
灯台の中の友人は、涙を浮かべ、パニックになっていたと思います。
潮が引いていく間に、私が抱く灯台以外の、あらゆる物が沖へと誘われて行きました。
私を見詰める人の目がありました。
助けを求める叫び声を聞きました。
生きているのか死んでいるのか分からない人、海に沈んだまま浮き上がってこない人。
岩に打ち据えられた人の血潮が、波間に揺れる布のようでした。
車も、家も、樹々も、みんな波に浚われました。
たくさん、たくさん見ました。
私に出来たのは、3人の友人を守ることだけでした。
やがて静かな、いつもの海が帰って来ました。
泣きじゃくる友人を、巨大化したまま、そっと抱き締めました。
自然と、私の瞳からも、何かが溢れました。
これは何の涙でしょう?
恐怖か、驚愕か、安堵か。
今でも分かりません。
それが、私が恐怖を感じた、最後の体験です。
楽しみだった旅行は、中止になりました。
それどころではなかったからです。
でも、大切な友人の命だけは、救う事が出来たと、私は誇りに思います。
人魚に生まれて、巨大化の能力があって、本当に良かった。
瓦礫に埋もれた海岸で、唯一残った神秘の場所。
奇跡の一本灯台、って呼ばれています。
【朗読あり】人魚について誤解していること 武藤勇城 @k-d-k-w-yoro
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