【朗読あり】人魚について誤解していること

武藤勇城

↓本編はこちら↓

人魚について誤解していること 前編

 皆さんは、人魚、って知っていますか?

 それは、童話や神話や伝説に出てくる、空想の生き物だと思っていませんか?


 実は、人魚って実在するんです。

 私がここにいるのが、その証拠です。


 じゃあ、人魚について、皆さんが知っていることって、何かありますか?

 物語の中に出てくる話でも、構いませんよ。


 うんうん。

 そうでしょう。

 聞いたことがある、そういう人って、いっぱいいるみたいですね。

 でもね。

 それって、多くが誤解なんです。

 今から私が、人魚について誤解していることを、一つずつ、紐解いてお話ししましょう。



 最初に、人魚の姿、外観について、お話ししましょう。

 人魚は、上半身が人間で、下半身が魚なのだと、先ほど仰いましたね。

 美しい女性の体で、裸にホタテの貝殻の水着を着て、長い髪の毛は背中まで届き、腰から下は鱗に覆われていて、大きな尾びれを持っているのだと、そう仰いましたね。


 美しい女性の体ですって?

 人魚って、男も女もいるんですよ。

 美しい者もいれば、醜い者もいるんですよ。

 痩せた者も、太った者もいて、千差万別です。

 人間に近い見た目ですから、個体の見分けは容易でしょうね。


 裸にホタテの貝殻ですって?

 人魚には、恥という概念があります。

 そのような恥ずかしい格好、誰がするもんですか。

 水中でも動き易い、人間が作った水着を着用するのが、一般的ですよ。

 私などは、陸に上がる事もありますから、人間と全く同じように、下着とYシャツを着ていることが多いんです。

 海の底や波打ち際には、そのような衣装が落ちているんです。

 社交的な人魚の場合は、人間の町へ赴いて、金銭で交換することもあります。

 私の、最近のお気に入りは、日本の学生が着る、可愛い制服姿なんです。

 今着ているこの服装も、交易で手に入れた物ですよ。


 背中まで届く長い髪の毛ですって?

 私ども人魚には、体毛がありません。

 水中で暮らすことが多いですから、体中つるつるですよ。

 人間のように、ムダ毛を処理する、なんて苦労はありません。


 腰から下は鱗に覆われているですって?

 ご覧になって下さい。

 確かに、鱗に近いものはありますよ。

 でも、魚のような、大きな尾びれなんてありません。

 人間と同じ、二本足なんです。

 ほら、手足の指と指の間には、人間とは違って水かきが付いています。

 足の骨や関節が退化していますから、地上を歩行することは可能ですが、ちょっと苦手で、長く歩くと疲れてしまいます。

 水中を泳いでいる方が、ずっと楽なんですよ。



 言い忘れていましたね、人魚って言葉を喋れるんです。

 え?

 知っているって?

 好奇心旺盛で、勉強熱心ですから、世界中の言語を理解しているんです。

 こうやってお話しすることはもちろん、文字を書いたり、読んだりだって出来るんです。

 世界中の歌を歌うことも大好きです。

 最新の楽曲だって、歌えちゃうんですよ。

 数名の人魚が集まって、カラオケに行って、いっぱい歌います。


 え?

 人魚が歌を歌って、船員を呼び寄せ、魅了し、惑わし、迷わせ、海に引きずり込むですって?

 そんなこと、するわけないじゃないですか。

 人魚が歌うのは、暇だからですよ。

 人間と同じ、ただの娯楽なんです。

 人間よりもずっと時間があって、ずっと長生きしますから、人魚の方が歌うのが上手いと思いますよ。


 え?

 長生きって、何歳まで生きるのかですって?

 そうですね、それも個体差がありますが、短命な者で400歳から500歳でしょうか。

 人魚の中には、700歳を超える長老もいるんですよ。

 だからでしょうか。

 人魚の肉を食べると不老不死になる、なんて噂が流れて、命を狙われ、人間に見付からないように、ひっそりと海の底で暮らしていたんです。

 それは最長老が生きていた時代、ちょうど人間が大海原に出るようになった、15世紀の話みたいです。

 近年では、人魚の個体数も減ってしまって、また人間から隠れて暮らしていますから、そんな話は、すっかり聞かなくなりました。

 私のような若い人魚は、逆に人間とも、積極的に交流しているんですよ。



 そうそう。

 河童カッパ、って聞いたことありませんか?

 あります?

 日本の方ですか?

 そうでしょう、そうでしょう。

 それについても、お話ししますね。


 長老の時代、私ども人魚は、大海原を自由に往来していたんです。

 太平洋とか、大西洋とかを。

 でも、先にお話ししたように、仲間の多くが人間に狩られ、欧米の近くには住めなくなってしまったんです。

 それで逃げた先が、南洋、日本、東南アジア、シナ大陸東側の近海でした。

 人魚って、海水だけではなく、淡水でも暮らせるんです。

 18世紀から19世紀にかけて、生き残っていた人魚が、東アジアの川に逃げ込んで、人間に発見された姿が河童なんですよ。


 え?

 河童も人間を川に引きずり込むという伝承があるですって?

 いいえ、そんなことしませんよ。

 あっ。

 でも、人間と相撲を取ったことはありますよ。

 人間側は日ノ丸の鉢巻をして、人魚側はコンブやワカメ、クロモやマツモで編んだ鉢巻をして。

 もう300年、400年も前でしょうか。

 人魚が足腰を鍛えると同時に、人間と交流をして、報奨金を頂いたり、物々交換をする、そんな目的があったと聞きました。

 その話が人伝ひとづてに広まる間に、変化していったんでしょうね。


 え?

 相撲に負けると尻子玉を抜かれるですって?

 抜きませんよ。

 冤罪です。

 それに、人魚側はいつも、相撲大会で大敗したって聞いています。

 勝った例など、全くありませんよ。

 だから、人間が、冗談交じりに広めた話なんでしょうね。



 人間の世界には広まっていない、秘密もあるんですよ。

 例えば、人魚は人間に擬態することが出来るんです。

 変身と言い換えても良いでしょう。

 私ども人魚の、つるつるした肌は、人間との大きな違いです。

 近年、個体数が極端に減ってしまった人魚族は、人間社会に入る時は、特に注意しています。

 写真なんか撮られたら、大事件になってしまいますし、再び人魚狩りが始まってしまうかも知れません。

 だから、ここでの話は内緒でお願いしますね。


 それに、私ども人魚には、巨大化の能力もあるんです。

 小さくなるのは無理なんですが、大きくなる方法ならあります。

 巨大化には、大きなエネルギーを必要とします。

 擬態にもエネルギーが必要ですが、それよりももっと、もっと、莫大なエネルギーです。


 人魚は夜、岩場に登って月光を浴びます。

 月からエネルギーを吸収して、体の中に溜め込むんです。

 簡単な擬態であれば、数日から一週間分もあれば十分です。

 巨大化の場合は、その大きさに合ったエネルギーを消費します。

 例えば、今の私は、人間とほぼ同じ大きさですが、2倍の大きさに巨大化しようと思えば、一ヶ月分は必要でしょうか。

 これが3倍の巨大化だったら、四ヶ月から五ヶ月分になります。

 4倍の巨大化だったら、数年分以上を必要とします。

 だから、巨大化の能力を使う機会は、あまりありません。

 私にとっては、人間に擬態をして、人間社会への潜入と交流、お買い物を楽しんだり、カラオケで歌うことが、最高の娯楽ですよ。


 ちなみにですが、巨大化するときって、身に着けている衣装がどうなるか、分かります?

 はい、ミニクイズです。

 え?

 破れるだろうって?

 巨大化したらヌードになるだろうって?

 見たいって?

 それはセクハラですよ。

 訴えていいですか?

 人魚の巨大化の能力は、身に纏う衣装もいっしょに、大きくなるんです。

 だから、恥ずかしいヌードを、衆目に晒すことはありませんよ。


 まだ100歳を過ぎたばかりの、若輩者の私は、人間を理解しているとは言えません。

 でも、私は人間が好きですよ。

 良くして下さる方が、いっぱいいます。

 信頼出来る、友人です。

 逆に、年長の人魚、特に長老など、年齢を重ねた人魚ほど、人間は恐ろしいから近寄るな、って言うんです。

 黄色や黒、褐色の人間はまだ良いが、白いのには絶対に近づいちゃいけないって言うんです。

 昔、人間に狩られて、仲間を失った人魚には、その時の記憶と恐怖、それに憎しみを抱く場合もあるみたいです。

 仕方のないことだと思います。



 私ども人魚の、普段の生活について、お話ししましょう。

 朝、と言っても、普段は暗い海の底にいますので、陽の光は届きません。

 感覚的に、朝かなって思う時間の話です。

 最初にすることは、食事のための狩りです。

 深海の底にいる、動きの緩慢な魚介類を捕獲します。

 人魚って、光の届かない深海でも生活しますから、超音波ソナーの能力もあるんですよ。


 メンダコは人魚の主食になりますが、人間の食事に慣れた私には、匂いも味も好きになれません。

 ダイオウグソクムシも人魚の主食で、こちらを好む者は多いですが、やはり私の口には合いません。

 アンコウは、淡白で大変美味しい魚で、もし見付けたら、独り占めしたくなっちゃいますね。

 ホラガイやオキナエビスといった、貝類もよく食べます。

 海に棲む他の魚は、硬い貝を捕食出来ませんが、二本の腕を持つ人魚にとっては、とっても美味しい朝食です。

 中でも、リュウグウオキナエビスという、人間にとって大変珍しい物は、貝殻を交易品として持って行くと、とっても高く売れるんですよ。

だから貝を割らないで、綺麗に食べる方法も、研究しました。


 そういえば、リュウグウノツカイ、って知っていますか?

 私ども人魚に見間違えた、なんて言い伝えもありますね。

 どこが似ているって言うんですか!?

 やめてくださいよ。

 体長は何メートルもあって、真っ白で、つるつるの体に、長いひげ。

 ああ、遠目に泳ぐ姿だけを見たら、勘違いしちゃうってこと、あるかも?

 いやいや、やっぱり全然違いませんか?

 私どもは、人魚のことを体毛がない人間、って思っているんですよ。

 人間と、蛇みたいにうねうね泳ぐ魚じゃ、全然違いますよね?

 そのリュウグウウノツカイも、食べると美味しいんですよ。

 運良く捕まえた時は、みんなで分けて食べちゃいます。


 お腹がいっぱいになった後、人魚は各自、自由に過ごします。

 多くの人魚は、海の底で二度寝をしますよ。

 日中、日の下に出ると、人間に発見されてしまう可能性があります。

 先にお話ししたように、極力、人目を避けて暮らしているんです。

 私のように、若くて好奇心旺盛な人魚だけが、陸の近くまで行って、または陸に上がって、人間との交流を楽しんでいますよ。



 夕方から日暮れになると、人魚は活発に動き出します。

 一日二回の食事を摂りますので、手分けして夕食の狩りをするんですよ。

 食べる物は、朝方と違って、比較的浅い場所にいる魚介類を狙います。

 人間にとっても、馴染みの物が多いでしょうね。


 カジキやマグロや、カツオやトビウオや、ソトイワシやイカといった、泳ぐのが速い魚は狙えません。

 人魚って、そこまで速く泳げないんです。

 もちろん、泳ぐのが得意ですから、人間よりも、ずっと速く泳げますよ。

 でも、同じ哺乳類のシャチやイルカや、ナガスクジラやマッコウクジラよりも、ずっと遅いんですよ。

 だから、マグロの刺身やカツオのたたきのような、人間がよく口にする魚は、人魚の多くが口にしたことがありません。

 私が上陸した時、食べたい料理のナンバーワンが、これらのお刺身やお寿司なんですよ。

 え?

 分かりますって?

 うんうん、美味しいですよね!


 話を戻しましょう。

 夜、人魚が狙う魚は、もっとゆっくり泳ぐ魚です。

 例えば、マンボウやエイは、人魚が囲んで追い込み、狩りをすることが多いんです。

 狩りに成功すれば、数日は遊んで暮らせます。

 フグも動きが遅く、狩りやすい魚ですが、身は小さく、毒もあり、食べどころが少ないので、よほど食べ物に困窮しなければ狙いません。

 それなら、イセエビやカニや、タツノオトシゴを狩る方が良いですね。


 人魚の多くは、浅い沿岸で狩りをする時に、擬態の能力を使います。

 私のように、人間社会に潜入するために使う人魚は、少ないんです。

 人魚の姿で浅瀬に近寄って、万が一にも発見されたら、大事件になっちゃいますからね。

 人間の姿、例えば海女さんに扮して、貝を拾ったりしますよ。

 アサリやアワビや、カキやサザエやハマグリといった、人間にも馴染みの貝類は、人魚の間でも人気です。

 これらの貝類を食べるためにも、夜の間は月光浴をして、エネルギーを溜め込むんですよ。

 夜間、沖の岩場に集まって、みんなで歌を歌いながら、のんびり過ごします。

 私はカラオケの方が好きですけど、五月蠅いので嫌だと言う人魚も多いんですよ。

 人間が怖いので、人間社会と距離を置く人魚が多数派ですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る