Another Story M・O・K

ジョセフ武園

MOUNTAIN OF KACHIKACHI

「神隠し」

 ウサギさんがそう呟くと、カメさんは長い首をそそり出して頷きました。


「麓のお爺さんを皮切りにどんどんと短い周期で森の動物達が居なくなっている。全員痕跡を残さずに居なくなってしまう。森ではの呪いだ。なんて言うヤツも少なくないよ」


 カメさんの言葉にウサギさんは眉間に皺を寄せてくしゃっと口を開きます。


「それは、ない。奴は確実に俺が殺した。間違いない。遺灰も確認したんだ」

 カメさんは目を細めます。

「お爺さんが一番最初に居なくなったってのが、この噂に変な信憑性を産んじまったんだろうね。はは、次辺りは僕かな? 」

 そんな、疲れた様な笑い声をあげるカメさんを見てウサギさんは顎に手を当てて考えます。そして、ふと思いついた様に言ったのです。


「カメさん。これから俺達は互いに交代で家に見張りをしないかい? こんな神隠しなんて馬鹿げている。必ず誰かが起こしている事だよ。

 そして、そいつからお爺さん達を助け出すんだ」

 その瞳は強い決意があります。

 お爺さんにもきっとウサギさんはこの瞳でその悲しみの力になったのでしょうね。


 カメさんにもそれは届きました。

「ふふ、解ったよウサギさん。じゃあ今日はウサギさんが見張りをしてもらえるかい? 」

「合点だ」


 その日はリーンリーンと草虫が鈴の様な綺麗な音色をさざ波の様な草を撫でる風の五線譜に次々と彩る美しい夜でした。


 カメさんの家の裏に藁を敷き、ウサギさんはそこにゴロンと横になり家の入口をジッと見張ります。

 確かに最初はこの不可思議な村の異変の正体を突き止めたいという気持ちでしたが、それ以上にカメさんはウサギさんにとって大切なトモダチでした。


 こうやって横になっていると、カメさんとトモダチになったあの日のかけっこを思い出します。そうあの日もこうやって待っていました。

 こうやって


 待って……



「ぎゃああああああああああああ‼ ウサギさーーーーああぁああん‼ 」


 しまった――‼ その悲鳴を聞いてウサギさんの身体が氷の様に冷たく心臓を思いっきり押します。

 正に文字通り脱兎の如く。ウサギさんは敷いた藁を吹き飛ばす程の脚力で玄関へと躍り出ます。

「誰だ‼ カメさん‼ どこだ‼ 」

 しかし、家の中から返事は有りません。

 眠る前はあれ程照らしていた月も雲に隠れ、余りにその夜は不気味でした。

 灯りに火を灯そうとしてウサギさんは何かに足を取られます。

 それを指で拭い、直ぐに消える生温かさにウサギさんは冷たい汗を流しました。


「血⁉ 」

 同時に鳩尾に痛いくらいに衝撃が走ります。

 まさか――この血はカメさんの?


 ようやっと暗闇に眼が馴れたウサギさんはそれに気付きます。

 血痕が……家から海辺の方へとのびているのです。


「そこか‼ 」

 その後を猛スピードで追走するウサギさん。

 カメさんの事を想い、その足はいつもよりも早く。空を駆ける如く。


 しかし――。

 辿り着いた海で血痕は消えています。

「クソッ‼ 」

 そう言ったウサギさんに神様は手を貸します。

 雲の切れ間に居た月が強く海を照らしたのです。


「あっ‼ 」

 そこに居たのは、隣のカチカチ山の方へと向かう見覚えのある木の船です。


 流石に誰が乗っているのかは見えませんでしたが、ウサギさんは大急ぎで近くに泊っていたいかだを水面へと押し出します。


 ――は、カチカチ山へ上陸した砂浜ですぐにウサギさんの眼に止まりました。

 ウサギさんの呼吸が激しく乱れていたのは島から筏を急がせて漕いだだけが理由ではありません。

 不気味に薄暗い闇から聴こえる湿った音と、その咀嚼音。

 そして、そこに居た人物がウサギさんのよく知る人だったから、彼は張り裂けそうな程心臓を高鳴らせたのです。


「………。お爺さん、なのかい? 」

 ウサギさんの声に、その影はピクッと止まり、不気味な音も止みます。

「あ……ああああ、う、ウサギさん」

 振り向いたその表情を、最初ウサギさんは別人かとも思いました。それ程にその貌はウサギさんの知っているお爺さんとは別人だったのです。

 血走り、虚空を見つめる瞳。口元から滴る血液。瘦せこけた頬。

「ど、今まで、どこにいたんだい? 森の皆も心配して………」


 言いかけて、その目がお爺さんの手に向かいます。

 お爺さんが手に持っていたのは。


「カメさん‼ 」

 ウサギさんの叫び声と共に、お爺さんが手に持っていたカメさんをウサギさんの方へ放り投げます。


「カメさん‼ カメさん‼ しっかりしろ‼ 」

 しかし、そのとてつもない出血と、ザックリと身体に残る傷痕。何よりウサギさんの声に一切反応を示さないそれは、ウサギさんに残酷な現実を突きつけます。


 ――と、同時。ウサギさんの脳天に文字通り目が飛び出る程の衝撃が走りウサギさんはその場に倒れ込んでしまいます。最後に飛び出なかった方の瞳でみた光景は、お爺さんがこちらを見降ろしているものでしたとさ。






―――――――

 煮えたぎる鍋の火ををお爺さんは見つめ続けます。

「わしは、わしはね? ウサギさん。きっとあの時に壊れてしまったんだよ。あの狸めに婆さんの汁を飲まされた時にね。

 怒りに震え、悲しみに嘆き。ウサギさんに狸を殺してもらった時は本当にうれしかった。

 でもな?

 忘れられんのじゃ――あの汁の味が。子どもの頃から共に生きた婆さんの。肉の味。そして、愛し続けた者を食し失う喪失感。

 思い出す度に胸が張り裂けそうになる。

 と、同時に。

 もう一度、もう一度。とそれを快感に感じる自分が居た。

 気付けば、わしは森の動物達を狩って食うておった。

 でも、違うんじゃよ。誰も婆さんの汁の味には適わん。

 ………じゃが、ようやく気付いたよ。

 ウサギさん。あんたじゃったんじゃ。

 わしと婆さんの孫の様にあんたはわしらに世話を焼いてくれた。

 かけがえのない家族じゃ。

 じゃから。

 じゃから。

 きっと、ウサギさん。あんたの汁を食えばわしは元に戻れる。

 きっと。



 きっと―――。

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