SUPERNOVA

鍋島小骨

金曜五限 深夜ラジオ周辺論(課題4)

 録音スタート。

 えー、課題でこれをってます。『深夜ラジオ周辺論』、二単位。講師が知り合いなんで名義貸しみたいに履修簿書いたら、まあ当たり前っつーか課題が出て、正直今他にしたいこともあるしブチってもいいんですけど、講師が泣くんで。いま、訳あって情緒不安定なんです。で僕も泣かれると弱い。負けたので録音しています。僕は割とちょろいとこあります。

 課題は、ちゃんと番組名コールしてジングル入れてねみたいな要件でしたけど、ごめんねハルちゃん、僕そこまで手ぇ回んないわ。まず『番組名作る』『ジングル作る』ってのが前回までの課題だったから、やった人はありもの使えばいいじゃん、でも僕はそれ全部未提出じゃん。無いものは出ないし今作ってる場合じゃないよね。あと高評価狙ってない。付き合いの名義貸しって言った通り、僕、この単位落としてもいいわけよ。まあやりますけど。

 CM入りとか明けとかの設定も完全に無しで行きますね。民放想定とも書いてないもんね。何なら放送免許のあるラジオ局の番組とも書いてない。素人配信の方に寄せていきますけど、これを学内ネットで公開して、講義でも全員分聴くっていうんですよ。罰ゲームだよね。

 で、内容は『どうでもいい話を続けること』? どうでもいい話ってね、あのさ僕みたいな一般人の素人の生活なんてどうでもいいことでしか構成されてないですよ。素人が面白い話しようとしても大体寒いじゃん。飲み会でイキって『面白い俺』やろうとして成功する奴あんまいないよね? めんどくさく酔ってる感しか出ないよ。基本的に平凡な生活してるし、話芸磨いてるわけでもない素人だから当然そう。僕もです。だからどうでもいい話しかしないし面白くはなりません。

 なりませんが、フリートークが別に面白くないラジオって存在許されるの? ハルちゃんは僕ら学生になんかその、価値のないものをさ、生み出させようとしてません? そういう課題なのか? いや誰か一人くらい病的に喋れる奴がいるかもしんないけどさ。

 えっと……ああ、課題書かれたファイルを見てます今ね……『話すことがなかったら、大学から家に帰るまでのことか休日の過ごし方を十五分喋って』? 就活まがいだな。

 じゃあ大学から家に帰るまで。

 車通学です。格納庫ハンガー前の水たまり、発進のたびに泥はねまくるから嫌いなんですが、セキレイがよく来てるからギリギリ許せてます。リクゴウセキレイ分かります? 灰色っぽい小さい鳥でおでこに青いブチがあって、白い尾っぽがず〜っとぴこぴこぴこぴこしてんの。あれはね、ほんとに可愛い。車に巻き込まれない知恵もあって偉いよね。

 で、今日はまず元バイト先に行きました。イヨンモールのね、写真屋だったんですけども、前の店長がトバされて、いけ好かねぇ野郎が赴任してくるなり「親睦を深めたいからバーベキューしましょう強制参加だぞ〜☆」とか薄ら寒いことを言い出したんで三日目に退職届を出しまして。そこからあれこれと揉めまして。二か月経ってようやく最終月の給料が出るっつうんで行ってやりました。

 そしたらですね。

 店がラブホみたいになってた。マジにその形容しかできなかった。何らかの電飾。なんか何かがラブホっぽい色合わせ。キャバの呼び込みみたいな店長と店員。いや写真屋なんだよね! データをさ、持ち込んでちょっといいマテリアルに印画してもらう、有料で。そういう機能の店なんだよね。ラブホではなく。前はモノトーン基調で額縁効果マシマシな窓からアースビューの、イヨンモールにしてはオシャレな店だったのに。

 まああの店のことはもうどうでもいいです。イヤミ付きだけど給料も出てきたし。僕は僕で「ここづぬこうのラブホみたいじゃないすか、肝試しでもやってんすか?」つって何の回答も貰えませんでした。因みに地元じゃない人知らんかもしれないんすけどづぬこう帆応はんのうちょうの元の表側にあるくっそ寂れた元ラブホ街で、今営業してる店はないです。全部廃墟。もうあそこにいるの、壊れた玩具人形ロイドくらいかな。無重力部屋ゼロGルームがウリだったそうですけど、僕がここに来た時にはすでに廃墟でしたね。

 で、金を無事回収したのでATMに即突っ込んで、メシです。ニヨシノです。ぎょうざカレー大盛り辛口。ニヨシノあの時間、元バイト仲間がシフト入ってるんすよね。僕と同じ頃辞めた奴。いま給料かっいできたけど何あの店ラブホ? って挨拶したらイヨンモールてきに問題あるよなって言われて確かにそれはそう、イヨンモール七千五百年の歴史をどう読んでもラブホやキャバがテナントに入ってたことないと思う。怒られたらいいんすよ。

 ともあれメシを食いまして。また車に乗って。信号で停まったら、リクゴウセキレイの群れが星光捕食ライト・フィーディングに出るのを眺めて。

 マジックアワー終わり際の発光鳥ルミナス・フライの群れ、何であんなに綺麗なんですかね。僕は写真撮ってた頃、発光鳥ルミナス・フライの大群を撮るのが好きでした。リクゴウセキレイのやつは『セキレイ玉』って言われてて、小さめの魚の群れと似たような動きをするんですけど、そう、『イワシ玉』みたいなやつね。あれ、塊がパッと向きを返すときの光り方が最高にドキドキするんですよね。

 まあ撮る方はそんなうまくなくて、僕が唯一賞らしいもの獲ったのは『てん』っていう……、ええと、飛ぶ、天空の天、で『飛天』。仏様の周りとかに飛ぶ、ごろもつけた天人てんにんテンヒトね。あれが昔から好きで。同じ空飛ぶ人外でも、西洋地人ウエスト・アーシアンの天使とかより、東洋地人イースト・アーシアンの天人像のほうが好きだったんです。

 で、たまたま仏塔星タラ・ストゥパに旅行することがあって、撮れたんですよ、飛天が。運がいいと会えるとは聞いてたんですけど、ほんとあれはラッキーだった。

 仏塔星タラ・ストゥパには星の名前通り、仏塔の形した重力摩尼車Gホイールが八十一個あるんですけど、そん中のいっこ、何番の塔だったか忘れたけど地下街のスープカレー屋さんがすごい美味いって友達に勧められてたから、行ってみたら確かに美味しくて大成功、でよかったねーって感謝の転経ホイーリングして外出て、腹ごなしにちょっと歩いて振り返ったの。

 そしたら飛天の群舞ですよ。十五体はいたと思う。

 また信じられんくらい快晴の日で、僕もうまいこと単焦点四百ミリ持ってて、重力摩尼車Gホイールのきらきら光る尖塔を巡って空を滑る飛天、虹色のごろもの柔らかな曲線ときらめき、飛天たちそれぞれのものすごい穏やかな表情、太陽の位置もちょうど僕の後ろで空は真っ青、あらゆる光源も色彩も完璧で。あの日は運命を信じました。全てが出来すぎてた。ノートリミングの一枚が後日、そこそこ大きい賞を取りました。でもなんか、自分が撮った気がしないんですよね。撮るべく導かれたみたいな、言い方めちゃくちゃ陳腐だけど、遥か昔からそう決まっていたんだよ、的な、因果の逆流する納得みたいな、そんなんありました。いい旅でした。仏塔星タラ・ストゥパ、また行きたいです。

 はい。何の話してた? 写真。ああそう、リクゴウセキレイの星光捕食ライト・フィーディングね。ほんとこの季節はいいっすよね。偏光パールが空を泳いでるみたいで。

 でも安全運転です。バチバチの安全運転で走ってコンビニ寄りました。イヨンモールで買い物しろよと思うでしょ。でもテイコーマートのお弁当はイヨンモールに売ってないんだよね。お前さっきニヨシノでぎょうざカレー食ったろ大盛り、って思いましたか? あれはランチ。豚丼は晩メシ。僕は肉が好き。

 さて、まだ家に着かないんですよ。何のために豚丼買ったかってことなんです。そのまま車飛ばして幾砂山いくすなやまのてっぺんに行って、エンジン切ってトランクのラジオ繋いで、えっとこのラジオは普通のじゃなく超遠距離受信用です。宇宙船同士とかでも軽くなら使うようなやつ。幾砂山いくすなやまの上は地球の電波拾うのにすごく場所が良くて、夜間だと結構きれいに聴取できます。

 地上局はさすがに大気の影響もあって難しいのが多いんだけど、軌道局なら割と聴けますね。あれは同一軌道上にたいがい五つくらい同期された発信源あるから、ムラも少ないし。

 僕らの居住衛星コロニーにだって放送局はあるのに、何でわざわざ専用の受信端末まで使って遠いところの局を聴くのか? っていうのは、大昔僕ら人間がまだ地球を出ていなかった時代にも言われたことらしいです。当時まだ世界を繋ぐネットワークが一般人の一般ユースとしてはほぼなくて、放送といったら比較的近距離のラジオやテレビ、ほか通信は電話とか電報、紙の手紙の郵便、なんていう時代、やっぱり通常より遠くのラジオを聴こうとする人たちはいて、BCLとかDXingとか呼ばれる趣味だったそうなんですけど、やってることは僕も大体同じですよね。『拾えるか試してみたい』『聴いてみたい』『手の届かない遠くに住む、違う文化圏の人々の放送とはどんなものか』みたいな、好奇心だと思います。

 電波は人間の都合関係なく飛べるとこまで自由に飛ぶから、例えば国交がない国の放送だって聴けた。チューニングさえ合えば言葉が分からなくても聴けて、知らない言語のサービス登録とかサインインでつまづくようなこともなかった。

 結構自由ですよね。単純で自由。僕もそういうとこが好きです。で、地球方面の放送を聴くのが趣味の一つ、ってことになりました。

 まあね、地球といっても。

 本物の、僕ら地球人アーシアンの発生した地球ではないですけどね。僕が幾砂山いくすなやまから見上げる地球は、生存適性ハビタブルな類太陽系に転写した続地球ブランチ・アースのひとつ。

 何を今更と思うかもしれないですけど、僕こないだ生徒に、あ、写真屋のバイト辞めてから家庭教師の短期バイト入れてて高校生教えてるんですけど、その生徒に何かの話の流れで「いや地球ってそんな何個もあるんすか」って言われたんですよ、ふざけてんじゃなくてマジで。「えっじゃあ古文に出てくる人は毎日見えるあの地球にいた人ってことじゃなくて?」って言われて逆に僕の方が、えっえってなりまして、だってさ、びっくりするじゃん。映画やドラマ観ても小説読んでも「これは続地球ブランチ101の地理環境に基づいた物語です」「これは続地球ブランチ400シリーズ展開以前の物語です」みたいな注釈出るし、そもそも中学国語までに惑星移住記みたいな転星マイグラント文学って必ず教科書に載るじゃないですか。『アース66への旅立ち』とか『鏡写しの故郷』なんて鉄板で読まされるやつだし、映画だって『失われた母星ロスト・オブ・オリジナル』シリーズとか今でもヒットするでしょう。それをまるっきり認識してないんだよな……、情報は浴びてるはずなのに認識してない、だからその子の内側の世界では地球が一個しかない。

 だけど幾砂山いくすなやまから見上げる続地球ブランチ2010の地中海の底をさらっても紀元前の双耳瓶アンフォラは出てこないし、エジプトにピラミッドもない。直接現代人が入植してますもんね、それ以前の文明なんかないんだよ。だからこそ古代遺跡関係の見聞を補うために、例えば仏教文化ものであれば仏塔星タラ・ストゥパみたいな文化遺産衛星を建造したりしてるわけじゃないすか。それに地形は完全に転写できないから地球ごとの地図もあって、データセット販売の宣伝だってあっちこっち出てる。でも全然キャッチしてない。

 それがなんかすごい衝撃受けたというか。移住から離れた世代の子どもってそれほど歴史に無関心なのか、って驚いてしまいましたね。

 で、急にラジオの話に戻るんですけど、僕が時々聴く軌道局にIPRSインタープラネタリやってるやつがあります。星間中継局。元地球オリジナルから続地球ブランチ・アースに直接中継で電波がリレーされてる古式ゆかしいスタイルで、まあ自分の住んでるとこが元地球オリジナルと近い、一桁台の続地球ブランチ・アースとかならまだしも、僕らみたいに四桁ゾーンまで来るとこれはもう、古代ラジオに近い。なんせ伝播速度に制限があるものを延々リレーして届いてるから、元地球オリジナルで最初に喋ったのが何十万年とかそれ以上の過去。このへんの細かいことはハルちゃんが詳しいやつですけど、とにかくすでに言語そのものとか生活環境も僕らと違うから、聴いててもよく分からない部分も多いんです。でも、部分的に分かるのが面白いので、つい聴いちゃうんですけど。

 で、僕は真っ暗な山の上に車を停めて、ラジオをつけて。満天の星空の下、宇宙の彼方の元地球オリジナルからリレーされてきた放送を聴きつつテイコーマートの豚丼を食い始めたわけです。

 久し振りでした。試験があって、半月くらいお外ラジオできなかったんで。

 今回の放送は比較的よく内容が聴き取れたし、割とレアものだったんで、内容ご紹介しますね。

 元地球オリジナル・アースは滅びました。

 滅びる、という放送でした。

 理由は何とかっていう山の破局的噴火後の、各地の混乱と気象変化です。そのため、残った地球人アーシアンのうちまだ稼働できる宇宙港スペースポートにアクセスできる者は飛べるシップに乗って地球を脱出します。ただし、犯罪者、余命宣告五年以下の病人、怪我人、一定以上の高齢者などのハイリスク・ハイコスト群は乗せないとのことで、かなりの選別があったようです。飛べるシップにしても推進剤や食料等が十分というわけではないので、最寄りの居住植民地コロニー続地球ブランチに支援を求めていました。可能な限り人工冬眠コールドスリープしておいて、もし途中まで迎えに来てもらえれば幾らかは生き延びられるかもしれないってことみたいですね。

 それと、放送はできる限り続けるけど、途絶したら次は現存する中で一番古い続地球ブランチ4を発信源とする、とアナウンスされてました。

 僕は三口くらい豚丼食ったところでやめて蓋を閉じて、録音は続けたまま、すぐに車出して家に向かいました。だって、ハルちゃんにこれ聴かせてやらないとならないんで。ハルちゃんは元地球オリジナル・アースの放送文化の研究者ですから、こんな、二度とない音源絶対聴き逃したくないはずだと思ったんですよね。多分幾砂山いくすなやまに戻ってそのまま聴取と録音を続けたい、って言うはずだから迎えに行かないと。ハルちゃん車運転しないんすよ。才能がなくて。

 運転しながらそこまでの音声データだけ先に送って、ハルちゃんを呼び出して、IPRSインタープラネタリ元地球オリジナル・アース滅亡中継始まってるぞ、って言ったら何か派手にひっくり返したすっげぇ音がしました。今から戻って、寝泊まりできる方の車に乗り換えて、幾砂山いくすなやまに連れてってやるからすぐ出られるようにしとけって僕が言ったら「明日試験監督なのに」とかパニクったこと言うもんで、そんなの何回でもできるけど元地球オリジナル・アースの滅亡は一回限りだろ、って言って。

 十五分で自宅に到着。これが僕の『大学から家に帰るまで』です。

 お話は以上。

 元地球オリジナル・アース滅亡中継については、今後ハルちゃんが順次レポート上げてくと思うので見てやってください。音源は僕がったやつなのでよろしく。





 よし終了。ハルちゃんちょっと、少しは何か食べな。まだ泣いてんの?

 ほら、手が震えてるよ。大丈夫だよ、一緒にいてあげるから。

 それスピーカにして。ねえ、僕にも聴かせて。

 これって言語記録上の超新星スーパーノヴァだよね?

 ラジオって、奇跡みたいだ。






〈了〉

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SUPERNOVA 鍋島小骨 @alphecca_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説