第3話マリリン

ピノキオ人形になってしまったケイをピノキオ人形のまま家に連れ帰ることに成功した敦史は「人形がいけるなら・・」と目を瞑りながらピノキオの顔をわしゃわしゃと触り始めた。そしてとろけたような表情で頬擦りをした。布地からふわふわの毛の感触に変わった瞬間、敦史は目を見開き、「マリリン!!!」と叫んでからの熱いハグを何度も繰り返した。


ケイの今は、マリリンことヨークシャー・テリアであり、その愛らしくつぶらな瞳は小型犬ならではのぬいぐるみ感を放っていた。敦史はマリリンを抱きブワッと涙を溢れさせた。マリリンは昔、敦史の実家で飼われていた犬である。一年程前に11歳で死んでしまい、しばらくはマリリンロスでマリリンの写真に頬擦りしたり敦史のリュックサックに付着していた抜け毛を丸めてはわしゃわしゃしてを繰り返し、その後決まって涙を流すという日々が続いた。


「マリリィン会いたかったよおぉぉっ」


敦史のマリリン愛は誰にも止められない。一方、人形から犬へと姿を変えたケイは尻尾をふりふり舌でペロペロ、見事に犬を演じていた。


「あぁ母さんにも見せてあげたい・・」


その瞬間、マリリンを抱き上げた腕が外れそうな程の重みを感じた。それもそのはず、敦史の腕の中には母キミ江が居たのだ。


「うわわっ 母さんっ やめてよ今じゃないよ!今はマリリン!」


ケイの七変化にも慣れてきた敦史は母キミ江を容赦なくマリリンの姿へ戻した。


「危ない危ない、母さんに頬擦りするところだった」と禁断の関係を体験せずに済んだことに安堵した。


「マリリン、一緒に寝よう」


生前のマリリンは夜決まって敦史の布団で寝ていた。マリリンは布団に飛び乗るとクルクルクルと回り、トスンと丸くなって寝る体勢に入った。「すごいなぁ マリリンの動きそっくりだ」とマリリンの愛らしさを懐かしむと同時にピノキオ社のクオリティの高さに感心した。


「マリリン、こっちおいでよ」


敦史が布団をめくり中に入るよう促すと、眠りに入りかけていたマリリンはヨタヨタと敦史の顔の近くから布団に潜り込んだ。敦史はこの時の、尻尾で顔をパタパタされるのが最高に好きだった。マリリンは布団の中でUターンしてちょうど敦史の顔の真横に愛くるしい顔をにょきっと出した。この一連の流れにときめきを隠せない敦史だったが本能に任せて寝ようとしているマリリンを抱擁しようものなら、いくら温厚なマリリンであっても敦史に牙を向くことを十二分に記憶しているし、額や頬にその記憶が刻まれている。なので大切に想うからこそ手を出さないというような出来た男であるかのように、触れることなくマリリンの鼻先近くに顔を寄せて幸せな気分で眠りについた。


敦史は夢を見た。マリリンと赤いオープンカーでドライブしている夢だった。マリリンの美しく茶色い毛並みが風を受けサラサラと敦史の顔に触れてくる。外を気持ち良さそうに眺めるマリリンを、「危ないからちゃんと座って」と引き寄せると、振り返ったその顔はマリリンマンソンだった。とんだマリリン違いだ。モンローなら良い間違いだが、よりによってマンソンだなんて。顔がマンソンで体がヨークシャー・テリアとは、ホラー映画に出てきそうな出で立ちだった。


「マリリーン!」


恐怖の夢から覚めた敦史の目に飛び込んできたのは紛れもない、マリリンマンソンなマリリンであった。


「うわぁっ」


ベッドから落ちて少し冷静さを取り戻し、何故マンソンなのかと床に寝転んだままで考えた。壁の向こうでマンソンのロックな曲が大音量で響いていた。朝っぱらからなんて激しい曲を・・と壁の薄さと隣人との音楽性の違いに物申したい気分であったが、気弱な敦史がどうこうできる問題ではなかった。マンソンなマリリンが尻尾を振って近寄ってきた。敦史は思いがけずリアルホラーを体験することになり、恐怖のあまりマリリンを直視できないでいると「ねぇ これスフィンクスってやつ?」とマンソンの声は中性的ないつものケイの声だったので、拍子ぬけしてようやくマリリンのマンソンな顔に焦点をあてることができた。


「スフィンクスじゃないけど、まぁ似てるね。あ、なんかごめん。」と顔が犬から人間になったことで会話が可能となったケイに、こんな姿にしてしまったことを素直に詫びた。


「オマエこんなんが好きなのか?」


ケイは自分の姿を鏡に映して犬らしいポーズを試していた。


「いや、それは事故みたいなもので、あ、マリリンに戻すと話せなくなるけどいい?」


ケイからしたら主人である敦史の指示通りに動くだけなので、良いも悪いもないのだが、敦史には俺様要素がこれっぽっちもないためにケイにお伺いを立てる始末となる。


「どっちでもいい」


そんな一言が敦史には、どうせ自分なんてあってないような存在だから、という悲観に聞こえた。


「ケイはどうしたい?なりたい姿とかってある?」


ケイは無表情で敦史を見つめ、「わたしはアンドロイド。アンドロイドは心を持たない。心が無いから意見もない。不満もなければ満足もない。わたしの動きはオマエが決めることだ。」というシビアな事柄を淡々と言った。敦史はそんなケイを不憫に思い、後ろからギュッと抱き締めた。


「なんだよ オマエくっつくの好きだな」


「ケイ・・」と囁く敦史にバッグハグされている姿を鏡越しに見ていたケイはいつのまにか人間の女性の姿に変化していた。栗色で肩を越すくらいの長い髪の毛をした少し気の強そうな顔つきであった。これが誰なのかケイにはどうでもいいことだが、確かなのは、これが今の敦史が求めている姿ということだ。


「おい敦史、今度はだれ・・」


ケイが話しかけた瞬間、「ケイだよ」と照れ臭そうに敦史は笑った。

ケイの今は、敦史がケイをイメージして作られた姿だった。


「いつも他の誰かのコピーだからさ、まぁどこかの誰かに似てる部分もあるかもしれないけど・・」


そういうとケイをギュッと強く抱き締めた。ケイがまじまじと鏡の自分を見ていると、ポンッと胸が少し大きくなった。


「?」


そしてまたポンポンッと大きくなった。


「・・敦史オマエ好きだな~」


頭の中の映像がそのままケイに反映されることで暴露されるという恥ずかしさから敦史はケイの肩に顔を伏せた。


「・・・かたじけない」


「そういえばさ、明後日オマエの誕生日だよな?どうする?」


ケイが来てからのゴタゴタで自分の誕生日をすっかり忘れていた敦史だが、それよりも何故ケイが、つまりはピノキオ社が自分の誕生日をどのように知ったのかということに驚きと疑問を持った。しかしいきなり敦史のもとに不審な荷物を送り付けた時点で住所は知られているわけだし、もしかしたらたくさんの送り付け候補の中から輝かしくも選ばれたのが敦史ということで、そうなると多少の身辺調査は陰ながらなされていたのかもしれない。


「謎多し、ピノキオ社・・」


いったいどういうデータを入手しているのか、自分には候補になり得た輝かしい何かが眠っているのかもしれないという希望に、選ばれし者は胸を弾ませ、ケイにドヤ顔なキメ顔を見せた。


「なんだよ、またエロいこと考えてるのか?」


どうやらアンドロイドに人の心を推察することはできないらしい、という敦史の結論とは異なり、実際は、敦史の表情や行動とその時の心理状態をデータとして蓄積した結果であり、すなわちケイから見た敦史は大抵がエロな思考だということになる。そんなこととも知らず、ピノキオ社はまだまだだなぁと余裕のため息をつく敦史であった。


「誕生日ねぇ ここ数年、誰にも祝われてないからなぁ・・」


大学進学を機に一人暮らしをしている敦史は花の大学生活を3年目に迎えていまだ年間のどのイベントもぼっちで過ごしている。なので自分の誕生日を他人とどう過ごせば良いのかわからなかった。しかもケイの変化へんげを完璧にはコントロールできないという状況でむやみにケイを外へ連れ出すと大変なことになることは身に染みてわかっている。


ケイは今女子だ。しかも敦史好みの女子なのだ。「こ、これは彼女と2人きりの誕生日!」と待ちに待ったこのシチュエーションにニヤニヤし始めた敦史を端から見ていたケイは、「やっぱあいつ、エロいことばっかり考えてるな・・」とまたさらに敦史のエロ度データを更新した。


ただ、心情というものがないケイと恋人風なシチュエーションというのも難アリである。姿を敦史好みに変えたところで、敦史が喜ぶムラムラするような言動をケイ発信でやることは台本でもない限り不可能である。そして恋愛初心者である敦史にそんな高度な台本が書けるわけもない。しかしこのチャンスを活かし、疑似でもいいから恋人同士の温かな時間を過ごしたい!過ごしてみたい!と切に願うぼっちな選ばれし者、敦史であった。


敦史だって人を好きになったことがないわけではない、むしろすぐに惚れる質で、幼稚園の頃の先生から始まり、小学校から中学までは隣の席に座る女子には毎度恋をしてきた。高校で男子校に入学してしまったことにより、一層、女子の影が生活から遠退き、大学で花を咲かせようとするも自分からは勝負しに行かれないヘタレなので、気づけば大学も3年目に突入していた、という内容の薄い恋愛年表に仕上りつつある。

しかし、念願のLOVEイベントを適当に過ごすわけにはいかない。

「実体験だけが人を成長させるのではない!」と、いつかのその時に備え数々の恋愛ドラマを見てきたその手腕を発揮するときが来たのだ。

まさか自分主演の脚本を書くことになるとは思わなかったが、ここは思いきり、夢にまでみたアンナことやコンナことを贅沢に盛り込むしかない!と鼻息をかなり荒くして作家のごとく一晩にして書き終えた。途中、妄想が暴走しニヤニヤとヨダレが止まらなかったことはダブル主演のケイに目撃されていた。


「ケイ、出来たよ!これ、ケイの分の台本!」


もう明け方だというのに、アドレナリン出まくりの異様な興奮状態だった。ケイは手渡された(敦史とケイのムフフな一夜)というダサすぎるタイトルがつけられた台本を無言で読んだ。

その間、敦史は締まりの無いにやけ顔でケイを見ていた。


「記憶した」


ケイは表情ひとつ変えずに台本を敦史に返した。


「へ?覚えたの?あ、じゃぁ僕もきっちり段取り入れておかないとね・・」


敦史は間違いがないように念入りに自作の台本を読み込んだ。


「ところで、後半の✕✕✕って何だ?」


その禁断のワードを未経験の敦史の手で書くことが躊躇われたので悟ってほしいと願いを込めてそう表記したのだが、やはりそこはアンドロイドには難しかった。判明したところで笑ったり軽蔑したりするような人格ではないことは分かっているが、相手方のケイ本人に催促するように、あからさまに告げるのは大人の男性として品がないと考えたのだ。いや、以前、波原ユイに扮したケイの胸と尻を躊躇せず鷲づかみしたオマエが言うか!と突っ込むべきところだが、理性が働いているうちは品格ある男性でありたいと、容易に理性と本能とが入れ替わる敦史でも、そうありたいと思うのであった。


「で?」


ケイにとって敦史のポリシーや心理はどうでもよく、それよりも的確な指示がほしいと、いたって冷静である。そんなわけで台本には表情や台詞回しの詳細な記載がなされている。甘い言葉を無表情で淡々と言われたら虚しくなるだけで熱い夜になるわけがない。しかしケイとそんな関係を結べるのかは、台本を書き上げた今でも疑問である。ピノキオ社のお手並みを拝見といったところか、と敦史はもう監督気分である。そうこう考えている間もケイはずっと敦史の返答を待っていた。


「あ、えと、その、つまり・・大人の関係を、という・・」


遠回しに言ってもケイには伝わらないだろうと思いつつもまだ勇気の出せない敦史に、


「大人の関係だな。了解。」


とすんなりと受け入れたケイは、監督と役者、というより刑事ドラマのバディといった風だ。あくまでもケイにとっては「仕事」であり、そこに情なんてものは存在しない。


誕生日のディナーは宅配ピザと買い置きしてある酎ハイにした。彼女の手料理を食べながら、というのが理想だがケイは料理なんて・・できるかも?と急に希望を持ち始めて目を輝かせながら聞いてみた。


「データにあるものなら作れるし、無いものでも学習すればできる。」


「シェフ降臨!!ありがとうケイ、ありがとうピノキオ社!」野菜炒めくらいしか作れない敦史にとって料理を作れる者は救世主である。しかも嫌がらずの疲れしらず。敦史はこれからの生活の安定に未来が明るく見えた。


「あ、じゃさ、今なんか作れる?簡単なやつ。」


すぐに試そうとする敦史は、買った服はすぐに着るタイプである。


「今ある食材でできる簡単なもので、今日の料理に合うものは・・一番最初にヒットしたのはコンソメスープだけど」


付け合わせとしてマッチする献立を検索キーワードにするとは、なんてデキたアンドロイドだ、と深く感心した。


「それでお願いします!」


敦史ははしゃいでいた。恋人(設定)と過ごす初めての誕生日に、恋人(設定)の手料理。こんなに幸せで良いのかと、本当の恋人ではないことは今はたいした問題ではないようだった。


「一度これやってみたかったんだよね」とキッチンに立つケイにバッグハグして、うっとりと視界に入ったまな板をみると、たまねぎのみじん切りを超スピードで行うその達人っぷりに驚いた。


「母さんみたいだ・・」


と呟いて慌てて精神をケイに集中した。ケイが一瞬、母キミ江になりかけたがギリギリのところで抑え込みに成功した。敦史はいやらしい手つきでケイのお腹周りをスリスリと触った。妄想が膨らみなんだか体が熱くなってきた。気づくとケイの料理姿は世の男を魅了するTHE 裸にエプロンだった。


「ふぉぉぉ~」


敦史はもはや抑えがきかない高校生のように、欲望のままケイの胸や尻を触りまくった。興奮のあまり「危ないぞ」というケイの忠告が全く聞こえなかった。


「いでっ!」


起こるべくして事は起きた。


「だから言っただろ、危ないって」


ケイはあんなに変態敦史に触られまくったのに平常心である。敦史は自分の愚かさを恥じた。


「スープもう少しでできるから離れて待ってろ」


敦史は怪我した指を止血しながらも懲りずに、遠目にみる裸にエプロンもいいなぁとエロ目でケイを見つめている。


「おし、できだぞ 誕生日会おっ始めようぜ」


ひとつ改善の余地があるとすれば、このケイの男言葉がデフォルトである点だが、これが何度か聞くとなかなかM心をくすぐられるため、敦史はケイに言葉遣いを直してほしいとは思わなかった。


色っぽいケイを眺めているうちにかなり興奮してきた敦史だが、タイミング悪くスープが出来上がったため、盛り上がったモノと感情は一旦クールダウンする運びとなった。


ムードなんてものは何処へやら、とりあえずケイの号令で会は開かれた。


さすがアンドロイドと唸らせるほど、台本通りで、脚本家敦史が立ち回りやセリフを迷っているとフォローするくらいケイの読み込みは完璧だった。食事が一人暮らしサイズの小さなテーブルに二人分ならんでいるだけで敦史は嬉しかった。だが、誕生日だというのにケーキがないことに今更気がついた。少し残念に思ったが、ケイとの甘いひとときを過ごすのだから、甘いケーキなんぞ要らない!と気持ちを切り替え、台本の進行に集中した。


「そうだ、プレゼントだけど、何がいい?」


キタキタキタ!これは甘いアクションへの合図となるフレーズである。


「そうだなぁ・・じゃあ・・」


と言うところでモジモジしながら、ふとケイを見ると、「わっ!」


瞬きせず敦史をガン見しているケイをみてこれから敦史が発する言葉が不釣り合いのように感じた。


「あ、あのさ、ここ甘~い場面だからもっとにこやかに、って・・できる?」


間に指導が入っては、舞台稽古のようである。

甘い夜への道のりが長く感じられたが、遠くてもいつかゴールできればいいと妥協しかけた時にケイの笑顔が敦史の目に飛び込んできた。


「かっかわいい・・」


敦史の要望通り、ケイはやわらかく微笑んでいた。男言葉とのギャップがたまらない程に可愛らしい笑顔だったので、さっき作られた妥協案を蹴り飛ばし、急遽、まどろっこしい甘いセリフのやり取りを省略し、敦史はケイを強く抱き締めた。


「オマエ台本と全然違うぞ・・」


「ごめん、少しこのままで」


ケイには予定変更する程の敦史の高揚した気持ちが分からなかったが、嫌がるわけでもなく、ただ敦史にされるがままに抱き締められていた。


「あったかいなぁ ケイ・・」


アンドロイドなのに体温が感じられるのである。「あぁそれは、太陽光や電気で充電したエネルギーを熱に変えて・・」と幸せな表情を浮かべている敦史に、ケイが現実を突き付ける発言をし始めると、「ちょっちょっ 今いいところだから!そういうアンドロイドの機能的なこと今言わなくていいから!」と夢から覚めたくない一心でケイの話を遮った。

そしてケイの顔前でドン引くほどの熱烈なチュー構えをし、もう少しで接触というところで、「ピンポーンピンポンピンポンピンポン・・」

と小学生でもそんなに連打しないだろうというくらいにインターホンが鳴った。

敦史は嫌な予感がした。一方的だが、ケイとの甘いひとときを邪魔された挙げ句に激しいインターホンの連打。背筋がゾワッとした瞬間、「敦史ー!!誕生日おめでとー!!」とピンポンダッシュではなくピンポン突入ラッシュの帳本人が現れた。合鍵を持っている彼女は、敦史の母キミ江である。敦史は咄嗟にケイにクローゼットの中に隠れるよう指示した。


「ケイ、ごめん、少しの間そこに隠れてて」


と小声で詫びると、くるりとキミ江の方を向いた。


「来るなら来るって予め言ってよ」


焦りを隠すために不機嫌になったフリをしたが、「どうせ一人なんでしょ?かわいそうだから来てあげたのよー あ、ケーキ買ってきたわよ。お皿とフォーク出してくれる?駅前のね、・・」と久々に会った我が子相手に話が止まらないキミ江に敦史はただ相槌を打つしかできなかった。


「あら?誰か来てたの!?2人分のお皿が出てるじゃないの~!!彼女!?」


テーブルに広げられた2人分の食事を見て、やっと敦史にも春が来たかと喜ぶキミ江を横目に、敦史はこの複雑な状況をどうしてやり過ごそうかとまとまらない考えが行き先を塞いでいた。


「うちにいた頃はマリリンも一緒にケーキ食べたわよね」


敦史の部屋に飾ってある、敦史とマリリンとバースデーケーキが写った写真を見てキミ江は懐かしんだ。キミ江も敦史同様、マリリンロスが長いこと消えなかった一人である。


「ウァンッ」


そんなキミ江の元へ、尻尾をふりふりさせた愛しのマリリンが走り寄った。


「マ、マリリン!?マリリンなの!?」


マリリンではないと分かっていながらも同じヨークシャー・テリアをマリリンと呼ぶのは心の中にあの頃のマリリンが居るからである。


「と、友達から預かってて・・」


咄嗟に思いついた嘘を、嘘と分かるほど動揺した様子で言ったが、キミ江にとってはマリリンのようなヨークシャー・テリアに会えたことの方が大事であるため、理由なんてものはどうでもよかった。


「はぁ 来て良かったわぁ マリリン会いたかった~」


キミ江はマリリンなケイを涙を浮かべた目でじっと見つめ、ぎゅっと抱き締めた。

その姿を見ながら、敦史はなんとか窮地を脱したようだと胸を撫で下ろし、それ故生まれた少しの余裕からキミ江の嬉しそうな表情を目にして敦史の顔もほころんだ。


「ケイありがとう」


ぼそりとマリリンなケイに向けて呟いた。


「△●☆#%&※~!!!」


壁の向こうから、この和やかな雰囲気を一瞬で壊すほどのシャウトが聴こえた。隣人は朝と夜にマリリンマンソンを聴くのが好きなようだ。

幸せそうな笑みを浮かべていたキミ江もビクッと肩を震わせ、「なんだかすごいわねぇ」と苦笑した。マリリンマンソンの曲が流れているということは・・これから起こり得る恐ろしい現象にキミ江を巻き込むわけにはいかないと、敦史は急いでキミ江の腕からマリリンなケイを奪った。


「あ、ごめん母さん、今日はこの辺で・・またね、また連絡するから!」


マリリンなケイと引き換えに、キミ江の持ち物をまとめて無理矢理持たせ、ごめんと言いながらも乱暴なまでにキミ江を家から追い出した。

キミ江に申し訳ないという気持ちもさることながら、マリリンロスがようやく癒えた心に大きなダメージを与えることはあってはならないという必死な思いでの行動であった。


「ギリギリセーフ・・」


抱き上げたマリリンなケイは、案の定、マンソンなマリリンであった。


「おい、ちょっと乱暴だったぞ、気を付けろ!」


マンソンな顔での叱責により、敦史は数日間悪夢にうなされることとなった。

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ピノキオ 神千代 @2730865

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