反復

佐々木実桜

兆しなんてものはない

此処ここ」にきた日のことを、私はきっと忘れない。


雨だったか曇りだったか、少なくとも晴れてはいなかった。そんな日だった。


気がつくと私は見慣れない場所をただ歩いていて、何があったとぼんやりしているうちに死んでしまった。


そしてまた気がついた、今度は見慣れた自分の部屋で。

とんだ悪夢をみたものだとスマホを握り、顔を洗おうと部屋の外に出た。


そこには「私」がいた。

私とは違う服を着ていたが、それは「私」だった。

間違えようも無いほど「私」でしかなかった。

18年見飽きた顔をして、最近また太ったと悩む私と同じ体をしていた。


その「私」は、私をみると「おはよう、ちょっと起きるの遅いんじゃない?」と言った。


起き抜けの私に、いつも母が口にする言葉だった。

よく見れば私と違うその服は、母のものだった。


「私」は母だった。


母が「私」になったのだ。


戸惑う私に「早く準備しなさいな、遅れるわよ」と、「私」になった母が言った。


きっと夢だ。私は夢の続きを見ているのだ。

そう思うしかなかった。そのうち目が覚めるだろうと。


」を置いて、寝巻きのままで外に出た。

だってここは夢だ、夢の住人に寝巻き姿を見られたところで痛くも痒くもないのだ。


外には、「私」がいた。

様々な出立ちの「私」が、至る所に。

スーツ姿の「私」、学生服の「私」にバイクに跨る「私」。


見渡す限り全ての人が、「私」になっていた。


なんて酷い夢。

私の容姿をした人達しか、「私」しかいなかった。


後ろから「」が「ちょっとなんで寝巻きのままで出てるの!早く戻って着替えなさい!」という声が聞こえてくる。


意味が分からなかった。

部屋に戻って鏡を見て、そして私のままであることを確認した。

寝巻き姿の私が鏡に映っていた。


やっぱり夢だ、悪夢なのだ。

夢でもなきゃ、「私」だらけの街なんてただの地獄だから。


眠ろう。そうしよう。

眠ると決めて、そしてベッドに入った。


夢だと分かっている夢のことを何と言ったか、そんなことを考えながら目を瞑った。


こんな悪夢とはおさらばだ。


そして、母の叫び声を聞いた。


といっても、私の声だったが。


夢のくせに妙にリアルだったものだから、つい起き上がってしまった。


声がしたキッチンには「私」の姿をした母と、そして顔の見えない誰か。


そいつは私を見つけると、手にしていたナイフを握り直して襲いかかってきた。


抵抗する間も無く、刺された。


これ以上酷くなることはないと思っていた夢だったのに、より酷くなるなんて。


「明晰夢だ、」と思い出した私の目には、そいつがよく映っていた。


なんてことはない、予想通りそいつも「私」だった。


そして、私は「私」に殺された。







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