「あの子」

あの子

あの子って誰だ。


あの子。

「探偵さん」とやらの言うあの子は誰を指している。


「不思議な世界のお嬢さん」は「私」のことで、だとするなら「あの子」は「A」のことだろうか。


そうだ、そうに違いない。

それ以外に選択肢は無いのだ。


なぜ「探偵さん」が「私」を知っていて、そしてこの世界を知っている様子なのかは全くわからない。


「不思議な世界」

このクソほど腹立たしい世界のことだろう。


「探偵さん」の台詞を深読みする必要なんてない。

なんら変わりない普通のことを難しく言っただけだ。


私は一刻も早くこのキラキラバージョンの「だれか」から移動したい衝動に駆られている。


移動とはつまり死を指すが、死より強い衝撃がくる予感がしてならないのだ。


逃げなければいけない。

誰かに追われている感覚はないのに、そんな気がした。


「探偵さん」が何者かなんてどうでもいい。

この妙な声とのやりとりはもう終わった。


そんなことはもういいと見つけてもらったスマホを触る。


不思議だ。このスマホのロックも解けた。

というより、顔認証がちゃんと反応したのだ。


やはり、私以外にはちゃんと「私じゃない誰か」の正しい姿が見えているのだろうか。


それとも、いややめよう。

きっとちゃんと正しい姿が見えているのだ。

それしかない。


スマホの中身はなんというか、想像通りだった。

きちんと整理されたホーム画面にカメラアプリが何種類か、フォントアプリに、SNSがたくさん。流行りの動画投稿アプリ、ファッションアプリ、従来のものではないカレンダーアプリ。

キラキラ女子はスマホの中身までキラキラだ。


一番個人が分かりそうなSNSをさっさと見ればいいのに、何故か勇気が出なかった私はベッドに座ってスマホを触っていた。


クリアケースでブランドのステッカーを挟んでいるスマホはやたらと手に馴染んだ。


この「私」は、どうやら日記をつけているようだった。

律儀なものだ。


ホラーゲームなら重要アイテム間違いなしの物、これも私には怖かった。何がかは分からない、ただ怖かった。


「さっきから何なんだよ、クソ」


ベッドは驚くほどふわふわだった。絶対に高いやつだ。欲に駆られて寝転ぶとボフッという音がした。


天蓋なんて何のためにあるのか分からない私だが、少し気分がよかった。


早く見なければ。

早く見て、早く誰かに移らなければ。

そうしなきゃいけない気持ちはやまやまだというのに違和感は大きくなるばかりで、一向に日記やSNSを開けない。


間違いなく重要な情報が眠ってるというのに。


枕元で寝そべっていた白い熊のぬいぐるみを抱きしめ、唸り声をあげた。


開くしかない。

覚悟を決めろ。


決めるんだ。


「一緒に見よ、ルーベ」


SNSにはパソコンで見たような写真が沢山並んでいた。なんだ、大した収穫はないじゃないか。



構えていたのが馬鹿みたいだ。

どうせ日記にだって大したことは書いていないだろう、早く見て移るか。自分で移るのは少し心にくるが仕方ない。


「「4月15日晴れ

日記を書くのはいつぶりだろう、ルーベがうちに来た時は書いていたから中学生ぶりとか?

ルーベは私の可愛い相棒、中学校の入学祝いにパパが連れてきてくれた大事な白い友達。Polar bearの真ん中から取ってルーベ!本当は真ん中から取るならラーべになると思うんだけどその時の私はポーラーベアーをポーラルベアだと読んでいたんだっけ。「あの子」に話した時は「その子の値段、調べない方がいいよ。少なくとも私は迂闊に触れない」って言われて調べちゃったのが懐かしい。」」


「そりゃそうだ、二桁万円するぬいぐるみなんて触れるか。」


待てと叫ぶ心とは裏腹に目はどんどん読み進めていく。


「「5月24日曇り

今日は久しぶりに失くし物をしちゃった!やっぱり探偵さんは優しくて頼りになるね。大事な大事な「あの子」の髪留め、見つからなかったらきっと泣いちゃってたや。「髪を切るからもう使わないんだ」って言ってたね。私は好きだったなあ、長い髪。」」


「何回も髪留めを失くすくらいなら付けないで済む髪型のが都合がよかったんだよ。」


おかしい、おかしいって気づけ。


「「7月7日晴れ

今日は七夕!晴れてよかった!織姫様と彦星様は会えたかな?私も「あの子」と会いたいなあ。一体どこにいるんだろう。」」


「相変わらず、ロマンチストだな」


これ以上読むな。


「「9月2日雨

「あの子」は本当に雨女だなあ、あの年からずっとこの日は絶対に雨なんだ。今年もあの子のお母さんと一緒に「あの子」の話をしに行った。「あの子」のお母さんは「あの子は少しうっかりさんだから、朝はいつも起きるのが遅いのよ。だから早めに起こしてあげなくちゃ」って言っていた。失くしものが多いこと以外しっかり者だと思ってたけど、お母さんと話しているうち知らない「あの子」が見えてきて、私はこの日が大好きで、だけど、大嫌い」」


「なに勝手に人の情報共有してんだよ」


ダメだ。


「「探偵さん探偵さん、いつの間にやらいなくなってしまった「あの子」、どこに行ったか知りませんか?ずっとずっと探しているんです。どうしてずっと見つからないの?探偵さん探偵さん、早く見つけてあげなくちゃ」」


「「可愛い可愛いお嬢さん、「あの子」はどこに行ったかな。この私でも見つからない、不思議な不思議な女の子。私と一緒に探そうか、そうすりゃきっと見つかるさ。」」


「「きっときっと見つけるわ、私の可愛いお砂糖ちゃん。探し始めるのが少し遅れてしまったけど、きっときっと。だってもう「あの子」しか見えないの。」」


頭が痛い。酷く揺さぶられている気分だ。


「「可愛い可愛いお嬢さん、大変なことになってるよ。不思議な不思議な女の子、君の中に入っちゃった。これじゃあ君には見つからない。だって「あの子」は、」」


「「あの子」は「」に成ったから。」


あの子、あの子って誰。


あの子って、誰だ。


あの子は、「あの子」は、


私?


「私の可愛いお砂糖ちゃん、そんなに怖がらないで。」


内側から声がする。


「大丈夫、可愛い子。きっと、きっと出してあげるわ。」


この呼び方を私は知っている。


「これは酷く意地悪な夢、早く貘を呼ばなくちゃ。」


喋っているのは私なのに、動いているのは私の口なのに、どうして私の声じゃないの。


母は私の声だったのに。


知っている声がどんどん近づいて、だけど少し遠いままで。


「探偵さん探偵さん、随分待たせてしまったわ。やっとやっと見つけたの。可愛い私のお砂糖ちゃん。」


「可愛い可愛いお嬢さん、お探しの「あの子」を見つけたね。不思議な世界のお嬢さん、私は全てを見つける探偵。役目はもう、終わったよ。」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

反復 佐々木実桜 @mioh_0123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ