第24話 二度目のあの世


 第六章 二度目のあの世



 ―極楽浄土入国管理局―


 ぶつぶつと独り言を言いながら首を傾げる善財良一。


「なぜだ? 謎の閃光に打たれ俺と澄子は死んだ。それ以外、なんの被害もなかった。落雷でも、隕石でもない。解明できない超常現象として世界中が大騒ぎだ。暗殺説まで横行しているっていうじゃないか」


 広間の中央で一人。暫く待つように言われ、既に十分が経とうとしている。良一の疑問は次から次へと溢れてくる。


「まさか、善ポイントが満タンになったから自動的に極楽へ召還されたとか?」


「澄ちゃんはどこだろう。四十九日間も全く別行動だったし。彼女に限って地獄行き

はないだろうから、そのうち再会できるか」


 やはり楽天的な男である。



 暫くして従業員出入口の扉が開いた。


 顔を見せたのは、三十七年前に、良一を極楽から突き落とした菩薩の爺さんと、妙に艶めかしい天女だ。


「お久しぶりじゃな~スーパーお金持ちの人生はどうじゃった? ここより極楽だったかの?」


「また、あんたたちか。一体どうなってるの? 俺はなぜここにいる?」


 掌を上に向けて、しらをきる菩薩と天女。


「で? 今度こそ見事、永久ビザ獲得だろうね。そりゃあ、人々のために善を尽くしたんだ。あっちじゃ聖人君子とまで崇められたほどだ」


「そりゃあ、わしらの裁量じゃないの。なにせ、わしら、ここでの権力なくなっちゃ

ったんだから」


 菩薩は胸の前で人差し指を突き合わせながら天女にチラリと目配せをした。


「あんたのせいよ」


 天女は怒りに満ちた表情で菩薩を睨みつけている。


「もろもろあって、わし、更迭されちゃったの。今、ここの事務員」



『コンコン』


 従業員出入口の扉がノックされた。


「観音菩薩様入られま~す」


 菩薩の爺さんと天女が慌てて入り口に駆け寄った。


 扉が開き、菩薩の爺さんと天女が深々とお辞儀している人物は……

 





「澄ちゃん!」


「スミチャン? なんです唐突に訳のわからないことを。早速ですが、善財良一、あなたの滞留ビザは…」


 菩薩の爺さんはそっぽを向いて天井を見上げている。


 天女は天井から吊られている提灯を羽衣で磨いている、フリをしている。



 静寂と虚無に見舞われ、良一の鼓動は広間に大きく鳴り響いた。僅か三秒ほどの時間は、その何倍にも感じられ、時空のトリックに掛かったような錯覚を覚えた。





「ビザは発行されませんでした! 記憶リセット、アーンド、強制送還です!」


 

「スイッチ、オン。オーケーで~す」



 菩薩と天女が指差し確認をしながら、マシンのスイッチを確実に押した。





「あ~れ~~~」


 再び、良一は暗闇と無音の世界に。


「残念な男じゃ。永久ビザ確実じゃったのに、最後の最後で…」







 第七章 最終審査


 ―良一と澄子の四十九日間―


(また突然死か。今回は永久ビザ確実だし、いっちょ、この世に最後の挨拶回りといきますか)

 


 善財和夫の枕元


(あんたも賢者ぶって、たいした仮面男だな。パワハラ、セクハラ、モラハラとやりたい放題。歴代20人を超える愛人を拵え、イエスマンを従えては大名行列。あんたをリスペクトしたことは一度もなかったよ)

 



 善財芙美子の枕元


(母親って、もっと温かいものだよな。あんたはいつも氷のように冷たくて人造人間のようだった。実際、顔も体も改造しているしね。息子より、自分、自分、自分。あんたを慕ったことは一度もなかったよ)



 葛西劉生の枕元


(劉生、なぜ、澄ちゃんが君じゃなくて俺を選んだか解かるかい? 俺が思うに、本質を見抜いたってことだよ。俺は生まれながらにして、善財家の血筋。善財家といったら旧財閥で、名門中の名門だ。それに比べ、君は母親の連れ子。葛西ホールディングスって新興企業じゃないか。格が違いすぎたんだよ)



 佐納の枕元

(佐納さん、あなただけは俺の理解者だった。俺はあなたを父親のように慕っていたんだ。だけどね、気付いたんだ。俺に寄り添ってくれていたようで、それは監視だった。俺の私生活を逐一報告しては、袖の下を貰っていたんだろ? その笑顔は反吐が出るほど嫌いだったよ)

 


 中間初子の枕元


(母さん、伝えたいことがあるだ。あなたは他人の世話になっちゃ申し訳ないと、いつも背中を丸めて俺や澄子に頭を下げていた。他人じゃないんだ。俺は、正真正銘、あなたの息子、仲間善人だ。極楽浄土ってのは、行くのは簡単だけど、そこに居座ることは難しくってね。転生って本当にあるんだよ)


「善人? 本当に善人なのかい?」


(起きてたの? あぁ、本当だよ。俺の一度目の誕生日は七月四日。団地で買っていたペットは亀の『ハッカク』で、小学校四年の成績はオールスリー)

 


 良一は生前、頑なに守り通した出生の秘密を枕元で語ってしまった。


 てっきり、二度目の人生は幕を閉じたものと油断していたのだ。残念ながら、四十九日を過ぎるまで、死人は下界を彷徨っている。入国審査は終わっていなかったのだ。

 






 ―澄子の四十九日間― 


(これはおかしい。あいつの仕業に違いない)


 澄子は一足先に三途の川を渡り、極楽浄土の門前に乗り込んだ。


「菩薩をここへ呼んで下さい!」


「なんだ。まだ受付できないぞ。下界へ帰りなさい」


「入国管理局の長に用があります。三十奈々年前にここへ来たブレイクリー美麗が話

があると言って下さい」


「無理だ。帰りなさい」


「呼んで下さい! あなたも後悔しますよ」


 澄子と番人が押し問答をしていると、騒ぎを嗅ぎつけた例の天女が飛んできた。


「あらあら、今回は不慮の事故で誠にご愁傷様だわ~」


「なにが、不慮の事故よ! 菩薩と話をさせなさい」


 澄子を制そうとする番人を、天女が止めた。






 ―入国管理局菩薩室―


 応接セットで顔を向き合わせる澄子と菩薩と天女。


「交渉よ。あなたたちの失態をばらされたくなかったら、いいように計らいなさい」


「だ・か・ら。このままいけば永久ビザ確定だと思うよ。十分じゃな~い?」


「あなたたちのような放漫で傲慢な仏様に、あの世を任せる訳にはいきません」


 ソファで足を組んで背もたれに背中を預けていた菩薩と天女は、素早い動きで、ふかふかの絨毯の上に正座した。 


「お願いですから、告発だけはご勘弁下さい。


 如来様に知られたら、今度はわしらが下界へ降ろされてしまいますじゃ」


 菩薩は絨毯に頭を擦りつけて、土下座した。


 つられて天女も慌てて頭を下げる。


「なら、話が早かね。あたしがここの一番上になるけん。あんたらは私に仕えなさい!」

 


「ははぁ~~」


 菩薩と天女は両手を大きく振りかぶって三つ指をついた。


 澄子はしたり顔で小さくガッツポーズを取る。

 




 この女、善女か、悪女か。




 判定不能。





               おわり


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あの世はつらいよ。極楽浄土で悠々自適… と思ったら、この世に強制送還されたけど、超お金持ちだったから最高かよ!の件 @shizukuchan

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