第23話 この世での転落
「動くな! 警察だ」
さすがは、銃社会。ポリスマンは全員ピストルを構えている。まるで、凶悪犯扱いだ。
「違法賭博、及び違法薬物摂取の疑いで全員身柄を確保する」
『ジ・エンド』
良一の頭の中で、ベートーベンの「運命」のイントロが流れた。
(ジャジャジャジャ~~~ン ジャジャジャ~~~ン)
―極楽浄土―
「おほ~。あいつらついにやりおったわい」
歯磨きしながら日課のタブレット監視をしていた菩薩が、久々のハプニングに、泡を吹いた。(歯磨粉の泡だが)
「一体、どうしましたの?」
美容系動画を見ていた天女が宙から降りてきて菩薩のタブレットを覗く。
「まぁ。相変わらずバカな二人ね。変な気を起こさないか注意しないと」
「うひゃ~。見て、あの気の強い女の顔!」
「菩薩様! 人の不幸を楽しんでいる場合じゃありません! 今から、30分おきに監視するんですよ!」
「へ? 三十分おき? 天女ちゃん、それはちょっと酷くない?」
菩薩は羽衣の裾を掴んで請うような目で天女に願い出るが、天女は羽衣を引っ張っ
て目を逸らす。
「せめて、一時間おきに」
「てめぇ…」
「あー嘘です。嘘です。三十分ですね。承知致しました」
菩薩は天女に敬礼して答えた。
―良一の取調室―
「だからー。ほんっとに知らなかったんですって。騙されたんです。酔っていたから、あそこが闇カジノだなんて、これっぽっちも疑ってなくて…」
「あんな路地裏の喫茶店の上で、合法にギャンブルができると思うか? いくら観光でも知らぬ、存ぜぬ、は通用しないぜ?」
良一は頭を両手で抱えて、すっかり絶望に拉がれている。
(これから、どうなるんだろう。会社は? 善ポイントは? たった一回の過ちで全てがおじゃんになるのか? 善財の力でなんとかならないだろうか。でも、それやっ
ちゃ、絶絶対に善ポイント減っちゃうよね…)
―澄子の取調室―
「陽性だ。いつからやっている?」
「初めてに決まってるでしょ? ミントだって渡されたのよ? あの小太りおやじと
銀縁メガネに嵌められたって言ってるじゃないの!」
「調べたところ、おたくらジャパンじゃかなりの有名人みたいだね。騒ぐだろうねぇ、慈善事業で英雄扱いの君達が外国で違法賭博にドラッグとは」
取調官は、クックッと含み笑いをした。
「ねぇ、一本だけ電話させて頂けないかしら」
「だめだ」
「私のこと調べたのなら分かるでしょ? 会社に指示を出さないと仕事がストップしてしまうのよ。あなた、その損害額の想像つきます? 私たちの無罪が証明されたら、賠償請求できるかしら?」
取調官は苦虫を噛み潰した様な顔で部下に目線で指示を出した。
暫くすると澄子のスマートフォンが届けられた。
「仕事の緊急連絡だけだ」
澄子はスマートフォンでとある番号を検索して発信した。
「ハロー。スミス議員に繋いで下さい」
「スミス議員だと?」
取調官と部下は口をあんぐり開けて目を丸くしている。それもその筈。スミス氏は
この国の五本の指に入る政界の権力者の名である。
「あの、どちら様でしょうか?」
電話口では受付嬢が、またクレームか陳情だろうと辟易とした口調で答えた。
「ブレイクリー美麗だと言えば、わかります」
受付嬢は、スミス議員の交友名簿を調べる。確かに、ブレイクリーの名は数件あるが、美麗の名は見当たらない。
「ご用件は?」
「三十七年前、西海岸のコテージでの件と」
「はぁ」
受付嬢も一か八かだ。念のため、議員に内線で繋ぎ、くだんの説明をした。
スミス議員は、びっくり仰天。美麗はとっくの昔に亡くなった筈だ。悪いイタズラに違いないが、西海岸のコテージでのお戯れは限られた者しか知らない秘密だ。
スミス議員は受付嬢に電話を繋がせた。
「一体、何者だ?」
「美麗ですよ。お久しぶりね。あの夏は本当に楽しかったわ」
「記者か? それとも金か?」
「とんでもない。今、不本意な理由で、警察に拘留されていまして」
スミスは何がなんだかわからず、頭をくしゃくしゃ掻き毟っている。
「とにかく、話を聞こうじゃないか。すぐにそちらへ行くから何も話すんじゃない」
(何を、どこまで知っているというんだ。俺はあの頃、荒れに荒れまくっていた。麻薬に売春。暴力沙汰に監禁。親父が警察を買収してもみ消してきたんだ。今更、世間に知れたら……)
二時間後、スミスは自分で車を飛ばして、警察署へ到着した。警察署内には緘口令が布かれ、裏口から最上階の応接室に通された。
そこへ、澄子と良一が連れられ、三人は対面を果たした。無論、他の警察官たちは、部屋から遠ざけられ、完全に遮断された空間での密会だ。
事情を知らない良一は、善財家の力で日本大使館が動いたのだろうと勘違いしてい
る。
「説明してもらおうか、君たちの目的は何だ」
「ですから、この不当な拘留を解いて欲しいのです。私たちは罪に問われるようなことはしていません」
澄子は、肩書きも体型もビッグな男を前に臆することなく毅然とした態度で要求した。
「その・…。濡れ衣とは言え、ご存知のとおり、私たちは聖人君子のイメージが大事でして」
良一は、権力者であろう男に。恐縮して、肩を竦めている。
―極楽浄土―
雲の上で、猫の抱きぐるみに足を絡めて涎を垂らし、気持ちよさそうに眠っている菩薩。
天女が飛んできて、菩薩の鼻を摘む。
「ゲホッ」
菩薩が飛び起きた。
「菩薩様、寝過ごしましたね!」
「しまった!」
慌てて、枕にしていたタブレットの通信スイッチをオンにすると、そこには良一、澄子、スミス議員の姿が映し出された。
「ん? 何かいや~な予感が……」
「菩薩様、これは、良からぬ展開ではありませんこと?」
「うむ。何をするつもりじゃ」
―再び応接室―
「そういきなり言われてもね。ブレイクリー美麗はとっくに亡くなっているだろう。確か、薬物の過剰摂取でね。ふん。彼女らしい死に様だよ」
「ぶれいくりー? 何の話?」
良一は首を傾げている。
「三十七年前、あなたは当時、まだ、未成年だったブレイクリー美麗に熱を上げていた」
スミス議員の顔色が一気に青ざめた。
「しかし、美麗はあなたを相手にしなかった。先祖代々、大物政治家を輩出してきたスミス家の跡取りで、手に入らないものはなかったあなたのプライドは大きく傷つきました」
スミス議員の額から冷や汗が流れ、脇からは脂汗が沸いた。
「あなたは、美麗を連れ去り、別荘のコテージで」
「やめてくれ! 嘘だ! フェイクだ!」
スミス議員は、声を荒らげた。
(なぜだ。なぜ知っている。そう。俺はあの女を監禁して、無理やり薬を打った、それからあいつは、瞬く間に薬漬けになった)
「フェイクなんかじゃないわ!」
「一体、お前は誰だ!」
スミス議員は立ち上がり、澄子に詰め寄って大声で怒鳴る。
中年男の臭い唾が澄子の顔に飛び散った。
ついに澄子の理性は断ち切られた。
「私の正体はブレイクリー美麗の生ま……」
「あか~ん」
「スペシャルサンダーレボリューション!」
極楽浄土では、どこで習得したのか、天女が両手から強烈な閃光を放った。
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