第20話 われら美化委員!

「おはよぉ……」

「おはよう。今日も朝早いね」

 お父さんがそう言いながら新聞をたたんだ。旭もお母さんもまだ寝てる。

 美化委員になってからというもの、いつも朝一番に学校に行っているから、こうして朝早くにお父さんと朝ごはんを食べるのがすっかり日課になっちゃった。

 ベランダに出るとお庭の花がキレイに咲いている。

 下の学年の美化委員の子たちが花壇に植えたお花も、そろそろ咲き始めるころかな。

 美化委員のみんなであおぞら池から一生懸命すくったヘドロで作った肥料のおかげで、最近学校の花壇が生き生きして見えるんだ。うちも負けてられないぞ。

 朝ごはんを食べたら、途中までお父さんと一緒に歩いて、学校へ向かった。

 校門をくぐって、私はちょっと立ち止まる。

 洋治君が今日も学校に来ていないってことを確認したくなくて、なんだか足が教室に向かなかった。

「わあ、あさがおが咲いてる」

 花壇の方へ行くと、一年生が毎年植えている朝顔がいくつか咲いていた。

 毎年見ているものよりなんだかずっとキレイに見える。

 これって、学校がキレイになったからなのかな?

「あれ、汐里ちゃん。おはよう」

「野中先パイ! おはようございます。何してるんですか?」

 こんな朝早くに、こんなところで野中先パイに会うなんて。

 野中先パイはバケツを持っていて、その手には軍手をはめている。

 私が首をかしげていると、野中先パイは笑ってバケツを持ち上げた。

「雑草ぬき。ほら、低学年の子って水やりしかしないじゃない」

「えっ――じゃあ、去年も一昨年も先パイが雑草ぬきしてくれてたんですか!?」

「うん」

「言ってくださいよぉ、もう!」

 私はあわてて温室のそばの用具入れに走った。

 低学年の美化委員の当番の子達は、この用具入れからジョウロを持ってきて花壇に水をあげる決まりになっている。

 私も軍手とバケツを持ってくると、野中先パイが申し訳なさそうに眉を垂れた。

「いいのに。好きでやってるんだから」

「私も、お花好きなんですっ」

「アハハ。そうだったね」

 どうりでうちの庭と違って雑草が少ないと思った。

 いつも野中先パイが朝早くに来て、手入れをしてくれていたんだね。

「でも先パイ、どうして誰にも言わなかったんですか?」

「好きでやってるから。無理強いすることでもないしね」

「イヤになったりしないんですか?」

「たまーにね。でも、習慣ってそういうものじゃない。イヤでも毎日続けていくことが、花壇をキレイに保つコツなんだよ、汐里ちゃん。知ってるでしょ?」

「……はい!」

 私も毎日、お庭のお世話をしているから知ってる。

 毎日お世話をして、異変がないか観察していかないと、お庭はあっという間にひどいことになっちゃうんだ。

「学校もおんなじですよね」

「そうだね。この前掃除をしたからって、ハイおしまい! ってわけにいかない。これから先、みんなが、校舎が汚れないように生活してくれたら。汚れてしまっても、そのままにしないですぐに掃除してくれたら。きっとこの学校はずっとキレイなままだよ」

「はい! そうですよね!」

 野中先パイの言葉に元気づけられた。

 洋治君がいなくなってしまっても、私、がんばるからね!

 心のなかでそう決意しながら、私は手に軍手をはめた。

「――おはよう」

「ああ、おはよう、帆崎君」

「おはっ――ええっ!?」

「なんだ」

 思わず大声を上げちゃった!――洋治君、なんでいるの!?

 なんかフツーに野中先パイと一緒に雑草ぬきを始めているし!

 金魚みたいに口をパクパクさせていると、洋治君がじろっとこっちを見上げた。

 ううっ。蛇ににらまれたカエル状態……。

「帆崎君も早いねぇ」

「美化委員の仕事はまだまだたくさんあるから」

「アハハッ。そうだよね。これから運動会に夏休みのボランティアに、忙しくなるぞー」

 野中先パイは、いつもの調子で笑った。

 私はといえば、びっくりと混乱で、頭の中がもーめちゃくちゃ!

「え、え、あの、洋治君……もう校舎はキレイになったから、その……」

(これからまた水の国で暮らすんじゃないの?)

 野中先パイに聞こえないように、そう小さく聞いた。

「バーカ」

「ばっ、バカ!?」

「いいか、俺の言ったこと、覚えてるか?」

「え? え?」

 洋治くんはじっとりと私を見つめた。

 緊張するからそんな目で見ないでほしい……。

 私は大混乱中の頭で、必死に洋治くんの言葉を思い出していた。

「えっと……『わだつみ小を最高にキレイにする』……ってやつ?」

「そうだ。まだ『最高』までいってない。それに、ここがキレイになったら次は町、次はこの国、最終的に世界中キレイにする」

「――……わあ……」

 そんな声しか出せなかった。

 でも、なんだか洋治君なら、大人になっても美化委員をやっていそう。

 それくらい前のめりで、とても説得力のある言葉だった。

 となりで私たちの話を聞いていた野中先パイが、「アハハハハッ!」と笑いだした。

「いーね! 美化で世界征服、しよう!」

「せ、世界征服……!?」

 野中先パイ、なに言い出してるの!?

 洋治くんもなんだか満足げ。

「話がわかるやつがいてうれしい」

 話がわかるって……野中先パイ、ほんとにわかってるのかな!?

 洋治君の言ってることって、全然冗談じゃないんだけどな。

 でも野中先パイ、なんだかすごく楽しそう。

 洋治君も真顔だけど、目にはメラメラ炎が宿ってる。

「みんな、おはよう」

「あ、佐藤さん、おはよう」

 六年一組の佐藤さんが、雑草ぬきをしている私たちを見るなり笑った。

「本当に好きだねぇ」

「僕は美化委員だからね」

 まるで佐藤さんにほめられたみたいに、野中先パイがうれしそうに言った。

 その言葉を聞いて、佐藤さんも腕まくりをする。

「よーし、私も手伝おうかな」

「あー、いいのに。僕が好きでやってることだから――」

「私も好きになったって言ってるの! ね!」

 佐藤さんはそう言って笑った。

 洋治くんが、ニヤッと笑って私の腕をヒジで小突く。

 もー、しょうがないな。

 こうなりゃ、美化で世界征服まで付き合うんだから!

「私たち、美化委員だもんね!」

 私がそう言うと、洋治くんがうれしそうに笑った。

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われら美化委員! いちしちいち @itisitiiti171

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