第8話 愛してる

 帰宅してから、ネットで吉隅さんの記事を探した。演奏会の記事は、やはりものすごく褒めているものばかりだ。そうだよね、と思いながら一人頷いていた。


 と、その時、着信音が鳴った。画面を確認すると、光国からだった。すぐに通話にすると、

「ミコです」

「さっき、里菜ちゃんから写真が送られてきた」

 眠いだろうに、わざわざそのことで電話をくれたのか、と、感動してしまった。


「あの…どうだったかしら?」

 光国が黙ってしまったので、訊いてみると、彼は大きな息をついた。

「ダメです」

「ダメ?」


 傷ついた。私としては、結構いいかな、と思っていたのに。好きな人からこんなふうに言われたら、立ち直れそうもない。

 光国がまた溜息をついたのが聞こえた。胸がどきんとした。


「あの服着て出掛けたら、みんながおまえを、振り返ってでも見ちゃうだろ。オレはそれが嫌なんだ。

 わかってる。馬鹿みたいだと思ったんだろう。そうだよ。オレは馬鹿なんだ。おまえのことになると、オレは馬鹿になるんだ」


 光国が言ったことを頭の中で整理してみる。それはどういうことだろう。

 しばらく考えて、わかった。


「それは、もしかしたら、私を褒めてくれてるの? 可愛い? 似合ってた?」

「当たり前だろう。おまえは可愛い。あの服は、おまえにすごく似合ってた。だから、あれを着て出歩いてほしくない」


 今度は胸がドキドキし始めた。

「光国。ミコは、今すごく嬉しいです」

 私の言葉を聞いているのかどうか。光国は嘆き口調で、


「あー。オレ、どうしておまえより十歳も上なんだろう。おまえの同級生とかだったら、こんな心配しなくていいのかもしれないのに」


 急に子供みたいなことを言いだしたので、つい、可愛い、と思ってしまった。が、彼はすぐに口調を改めて言った。


「ミコ。オレ、今のところおまえに何もしてやれないけど。あ、キスしちゃったか。ごめんなさい。オレがいけなかった。

 おまえが大人になって、オレと結婚してもいいかなって思える日が来たら、きっと」


 言い淀んだ。はっきりどうするとは言えない。それはそうだろう。中学生相手に言えない。それが当然だ。でも、言わなくてもわかる。私は小さく笑って、


「あと何年か待って。高校卒業して、それから、どうするかわからないけど。でも、もう少し待って。ごめんね、ミコがいつまでも子供だから」


 有名なバンドのメンバーが、女子学生と…なんてことになったら、きっとマスコミは喜ぶだろう。でも、それはさせられない。光国が傷つく。私も傷つく。彼らのファンも傷つく。そんなことには絶対したくない。

 我慢が必要な時期なんだとわかってはいる。寂しいけれど、仕方がない。


 私が思いを巡らせていると、光国が言った。

「待つって言っただろう。十年でも二十年でも待つから。だけど、わかってくれ。オレは今朝みたいにされちゃうと、自分を律することが難しいんだ。

 おまえの気持ちはわかる。叶えてあげられなくてもわかってる。だけど、オレはギリギリの所に立ってる感じなんだ。いつか踏み外しそうで、それを恐れてる。だけど…」


 光国が黙った。私が名前を呼ぶと、彼は囁くように言った。


「愛してる」


 涙がこぼれてしまう。何も言えずにすすり上げていた。彼は、何度も何度も囁く。そして、私の心を幸せで満たしていった。


「私も愛してるよ」と心の中で何度も返事していた。           (完)   

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いつか、あなたと… ヤン @382wt7434

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