第7話 大人
少し遅れてリビングに行くと、光国は誰かと電話で話していた。話の内容から、タクシーを呼んでいるらしいのがわかった。デートは、もう終わりらしい。
電話を切った光国が振り向き、私がいることに気が付くと、少し驚いたような顔をしたが、すぐに里菜さんの方に向き、
「あと、五分くらいで来るって」
「そう。ごめんね、送ってあげられなくて。仕事中は、さすがに無理だわ。ツヨシは運転しないしね。ま、出来たとしても今日は運転させられないか。
ツヨシ。オールナイトだったんだから、眠いでしょ。部屋で休んできなよ」
里菜さんの言葉に頷くと、中田さんは光国に声を掛けて部屋に向かった。
ツヨシを見送った後、私は光国に視線を向けた。
「光国。帰っちゃうんだ」
「うん」
「逃げるんだね」
私の憎たらしい言葉に頷くと、
「そうだよ。おまえ、オレを犯罪者にしたいのか。ひどいな」
ちょっとふざけたような口調で言った。私はうつむき、
「わかりました。もういいです」
冷たい言い方をしてしまった。部屋がしんとしてしまった。
と、里菜さんが私の肩を叩いた。
「ミコ。ちょっとお店見てきなよ。友人価格にしてあげるから」
「そうでした。私、里菜さんの服を買おうと思っていました。見させてくださいね」
「もちろんだわ」
お店の方に連れて行ってくれた。光国は何も言わない。あれこれ見ていると、里菜さんが何着か服を持ってきた。
「これね、ミコをイメージして作ったの。よかったら着てみない?」
「あ、はい」
勧められて試着室で着替えた。デザインもサイズも良かった。試着室のカーテンを開けると、「どうでしょう」と里菜さんに言った。里菜さんは手を叩いて、
「やっぱりいいね。もう一着の方も着てみてよ」
着替えて見せると喜んでくれた。
「ちょっと、光国。ちゃんと見てあげなよ。彼女がファッションショーやってるんだから」
光国が顔をしかめる。
「だから、見たくないんだろう。里菜ちゃん、あんまり意地悪しないでくれよ。里菜ちゃんもオレを犯罪者にしたい人?」
光国がそう言った時、外でクラクションが聞こえた。タクシーが来てしまったようだ。鼓動が速くなった。またしばらく会えない。そう思ったら、すごく悲しくなってきた。
泣きそうだったが懸命にこらえて、
「光国。さようなら。またね」
「ああ。また。今日は会えて嬉しかったよ」
笑顔で言う。私は泣きそうなのに、この人は笑顔。やっぱり大人だ。
背中を向けて外に出て行った。車の走り出す音が聞こえた。途端に涙が流れ出した。里菜さんがエプロンのポケットからハンカチを出し、渡してくれる。遠慮せず受け取り、涙を拭った。里菜さんは背中を撫でてくれる。
少し落ち着いた頃、
「ミコは、本当に光国を好きなんだね。だけど、あの人大人だから何もしない。しちゃいけないってわかってるから自制してる」
里菜さんが、そう言って小さく笑った。
「私の大好きな人もさ、絶対何もしなかったよ。あの人は特別かもしれないけど。結婚するまで何もしませんって、そういう人だから。もう、絶対何もしなかった。もう少し何かしてもいいですよ?って、何度か言いそうになったけど。あの人、古風な所があるからね、仕方ないね。そういうツヨシを、私は大好きだからさ。
ミコの気持ちもわかるけど、あんまり煽っちゃだめだよ。あの人は、我慢してるんだから。ミコも可哀想だけど、あの人も可哀想だなって私は思っちゃうよ」
「ミコが子供だから、あの人可哀想ですよね。ミコは、早く大人になりますって出会った頃に言ったけど、却下されました。『オレが気長に待つ。待ってていいか』って」
言っている内に感情が高ぶってきて、また涙がこぼれてしまった。里菜さんが頭を撫でてくれる。そうされてほっとしている自分を、本当に子供だな、と思って落ち込んだ。
「ミコ。その服、本当に似合ってる。写真撮ってもいい? 光国に送っておくよ」
そう言って里菜さんは写真を撮った。着替えて、もう一枚の服を着たのも撮った。自分で言うのもなんだけれど、この服は本当に私に似合っていると思った。
「こんな可愛い彼女がいたら、落ち着かなくなっちゃうよね」
里菜さんが笑った。私もつられて笑った。ようやく笑えた自分に安堵した。
「この服、頂きます。いくらですか」
「あげるって言いたいんだけどね、ごめん。えっとね」
告げられた金額を払った。今来ている服はそのまま着て帰ることにし、もう一着は袋に入れてもらった。
昼食を一緒に取ってから、タクシーを呼んだ。タクシーに乗る前、里菜さんが私を抱きしめてくれた。
「またおいで。いつでもいいから」
「ありがとうございました」
手を振り合って別れた。
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