定時のホワイトデー

うみとそら

シュークリーム

3月13日(水)18:00


今日も定時で仕事が終わった。

いつもと同じ電車に乗って、いつもと同じスーパーに寄った。

今日は甘いものが食べたい気分だったので、夕食の食材とともに大好物のシュークリームをカゴに入れた。

そこで初めて気づいた。

「あ、明日はホワイトデーなんだ」

スイーツコーナーにはホワイトデーのポップが飾られていた。

もちろん私はバレンタインデーにチョコを誰にも渡していないので、無縁なイベントだった。

そもそも、こんな地味な女からチョコをもらっても迷惑だよね。。。

自分の人生で地味を貫いてきたわたしは、異性関係においてひねくれ者になっていた。もちろん、彼氏なんかできたこともない。

大学では大多数の女の子がおしゃれな服を着て流行りの髪型をしてたが、わたしはずっとぼさぼさのロングの黒髪で、中学生から着ていた服をずっと着ていた。

地味というよりダサかった、と思う。

社会人になるとレディースのスーツがあったりと、あまり選ばなくても済むので少し楽になった。


帰宅して夕食を食べながら、動画配信サービスで韓国ドラマを観ていた。

「恋愛したいような、したくないような、そんな感じ」

仕事は中小企業の事務職をしている。やりがいがあるかと言われるとビミョーだけど、定時に上がれるしお給料も仕事内容のわりには悪くはない。

だけど、プライベートな時間は基本的に漫画を読むか動画を観るかでつぶれてしまい、出会いが全くない。。。

「まあ、出会いがあっても自分から話かけることもできないか」



3月14日(木)18:00

今日はビル全体の定期点検のため、会社全体が定時退社とのことだった。

そのため、営業部との飲み会が開かれることになった。

しかし、わたしはめんどくさいので断った。

ただ、飲み会が開催される居酒屋が駅の方向にあるので、少し公園のベンチで時間を潰してから駅に向かうことにした。


ベンチでボーっと夕焼けを眺めていると、不意に声をかけられた。

「タナカさんですか?」

男性の声だった。

「はい?」

声の方向を向くと、営業部のヤマモトさんだった。

ヤマモトさんは一番の営業成績で背が高くて端正な顔立ちをしているので、ひそかにモテている。

「あ、ヤマモトさん。お疲れ様です」

「お疲れさま、こんなところで何してるんですか?」

飲み会サボってるのバレてしまった。。。

「飲み会不参加なんですけど、場所が駅方向なのでここで時間潰してました。ヤマモトさんは飲み会参加されるんですか?」

「いや、オレも不参加」

そう言いながら、わたしの隣に座った。

「何か用事でもあるんですか?」

「いや、めんどくさいだけ」

お、同志だ。

「わたしもです」

「だよな!久しぶりの定時上がりなんだから休ませろよって感じ」

ヤマモトさんは、社内で残業を一番しているらしい。

そのせいか、目の下にはくまがある。

「そうですよね、ヤマモトさんは営業成績が良くて頑張ってらっしゃいますもんね」

「いやいや、そんなことないよ。それでいったら、タナカさんもいつも頑張ってるじゃん」

「いやいや、そんなことないですよ」

「知ってるよ。営業のやつらがフォーマット間違ったまま出したデータをわざわざ直してくれたりとかしてくれるじゃん?」

「え?知ってくれてたんですか?」

営業の人たちが作成した社内用データを事務がチェックすることがあるのだが、内容が間違っていなければ、フォーマットをそこまで気にしない会社なのだ。

けど、フォーマットが揃ってた方が見やすいので、私の方で直すことがたまにある。

それをヤマモトさんは知っていたのだ。

「他にも社内に落ちてるゴミとか気づいたら捨ててくれてたりするでしょ?」

「えっ。そんなことまで知ってるんですか?」

「偶然だけど、見てたよ。ほんといい人だなーって思った」

嬉しかった。誰かに褒められたくてやってたわけではないが、こうやって褒められると嬉しい。

「あ、ありがとうございます」

「いやいや、こちらこそありがとうだよ」

なんだろう、この気持ち。

「じゃあ、そろそろ行くね」

「あ、はいっ」

ヤマモトさんが立ち上がったので、わたしも一緒に立ち上がって挨拶をしようとした。

「そうだ、シュークリームあげるわ。ホワイトデーだし」

ヤマモトさんがビニール袋からシュークリームを出して渡してくれた。

「も、もらっていいんですか?」

「大したものじゃなくて申し訳ないけどね」

「そんなことないです!ありがとうございます!」

「よかった、じゃあ気をつけて帰ってね」

「お疲れさまでしたっ」


ヤマモトさんが帰った後もしばらくはベンチでボーッとしてた。

ヤマモトさんはわたしがシュークリーム好きって知ってたのかな?

わたしの中で今までにない感情が湧いてきた瞬間だった。

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