異世界に来てまで内職はしたくない

 セイドウに俺だけ呼ばれて仕方なく着いていく。

 セイドウは改めて俺の方を責めるような視線を向け、俺はポリポリと頭を掻いて言い訳する。


「いや……仕方ないだろ。ほぼ川沿いにいたんだから、会ってしまうのは」

「それにしても……教師はないだろ。教師は……説得は無理だろうし……。あの人、普通にいい人だから単独行動とか許してくれないぞ?」

「あー、案外、先生を中心にまとまる可能性ないか?」

「無理だろ。……真面目な話、分業は必須で分業している間は別のところに行くことになるんだから教師とは別に現場指揮をする奴が出るわけで、そうなるとグループみたいなのはどうしても出来るだろ」


 どうにかなる気もするんだけどな。俺が楽観的すぎるだけか。

 不満そうなセイドウを見つつ、息を吐き出す。


「……南先生、めちゃくちゃ魚を採るの上手いから今のうちに習っといたらどうだ? 一番重要なのはサバイバル能力を上げることだろ?」

「まぁ、それはそうだが……。あ、そう言えば、なんか近くで緑色の人型の……ゴブリン? みたいなのを見かけたんだが……」

「ああ、俺も見たな。結構生息してるのかもな」

「……ファンタジー的な世界だったら、普通の狩りとか無理じゃないか? なんかどの生き物も強い印象があるんだが」


 ああ、そういうものか。確かにイコがやっていたゲームだと、なんか森に出てくるのが全部強そうな生き物だったな。

 そう考えてから「いや」と口にする。


「さっき食った魚、割と普通だったろ。生態系ってものがあるから、そんな強い生き物が山ほどいたら普通の魚なんて取り尽くされるだろ」

「あー、そういうもんか? でも、弱ければこんな大掛かりなことをせずに、もっと色々出来るだろ」

「それは確かにそうだけど」

「そもそも「世界を救え」の意味すら分からない。何が世界だ? 人間の生存か、それとも文化の存続か、それとも星に生物がいればいいのか、それともそれすらないのか」

「素直に考えたら、人間の生存とか自立じゃないか?」

「ならそう言えばいいだろ。意図的に隠しているんじゃないかと、そう思わされる……話がズレたな」


 セイドウは苛立ちを隠しきれない様子で頭を掻く。

 唐突にこんな環境に放り込まれれば、精神が不安定になるのも仕方ないだろう。


「まず、狩猟や採取に不慣れな俺達が全員飢えずに生きるのは無理だ。しかも、それに加えて森の外にあるだろう人間の住処を探すとなると、余計にだ」

「……向いたスキルがあるかもしれない」

「なら負担と成果が偏ることになって余計に揉める原因になる。……分かるだろ。俺は今、理不尽にお前に対して苛立っている。割と余裕がある現状で、そこそこ好意的に見ているアカガネに対してこうだ。余裕がなくなり、グループ間のわかだまりが出来たら尚更だ」

「……まあ、そうか」

「……あー、頭冷やしてくる。悪いな、八つ当たりをした」


 別に八つ当たりってほどでもないだろうと思いながら、外に出ていくセイドウを見送る。

 ……まぁ、俺が楽観的すぎるのは間違いないだろう。イコが不安にならないようにわざとやっているところもあり、それは先生達が元気に振る舞っているのも同様だろう。


「……世界を救う……か。確かに曖昧だよな」


 イコの元に戻り、南先生の元に行って焚き火の組み方について習ったりなど、サバイバルに必要そうなことを教わりながら野菜を摂取する。


 それから神殿に戻り、紙を置いた部屋に入ると返事の手紙が戻ってきていた。元の世界で価値があるものとそう変わらないらしい。


 手紙のついでのように差し入れのジュースも置かれていた。


 正直、ジュースよりも体を拭いたり出来る水の方がありがたいんだが……と思いつつ、それを持ってみんながいる部屋に戻る。


「えっ、何そのジュース。もしかして近くにコンビニあるの?」

「あるわけないだろ……神から差し入れでもらった」

「差し入れとかあるんだ……。わ、冷たい」

「手紙に返事が来たけど、どうやら日本の物価と大して違いがないらしい。まぁ個人の厚意でやっている関係上、あんまり適当なものを放り込んであっちに選抜させるみたいな手間をかけさせるのは無理だろうし、ある程度価値があるものを送ることになるな」


 一路はジュースを手にしながら「んー」と首を傾げる。


「物のやりとりは簡単で、物価とかは同じ感覚で大丈夫、それに加えてフリマアプリみたいなのがあるってことは……内職出来ない? もちろん内職ってかなり身入りが悪い物だからそれで食べていくのはキツいと思うけど」

「……その発想はなかったな。案外いけるかもしれない」


 時給換算で300円ぐらいだとして、8時間働けば2400円……3食と日用品ぐらいならなんとかなるかもしれない。


「……とりあえず、出来るか聞いてみる」

「え、ええ……異世界にきて内職するんですか……? というか、それ、世界を救うから離れすぎていて怒られません?」

「まぁ……あんまりそれに頼りすぎると女神が怒られそうだけど、生活を整えるまでは仕方ないだろう。あっちもせっかく送ったのがすぐに死なれると困るだろうし」


 イコは「でも、異世界ですよ……?」と食い下がるも却下である。

 紙に内職は可能かという質問と、異世界では使い道がなさそうなスマホを置く。


 それから外で焚き火で野菜と魚を焼いて食べる。……ジュースよりも醤油を送ってほしかったな。


 そうしている間にあっという間に暗くなり、あまり情報共有や今後の話をする間もなく眠ることとなった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 朝、目が覚めてぼーっとしながら外を見ると元用水路の溝に詰まっていた土が取り除かれ、3メートルほど石作りの用水路が顔を覗かせていた。


 思ったよりも進んでいるな……。小さいとは言っても日中夜関係なく働き続けられるというのは、やはり単純労働の労働力として見るなら破格である。


 イコに頼んでから、おおよそ12時間で3メートルか。丸1日同じペースと仮定して1日に6メートル……ここから川までが歩いて30分ほど、歩きにくい道なのでおおよそ1.2キロほどだろうか。


 1匹を専念させたら400日後、10匹全部なら40日。

 40日後となるとかなり早い気がするが、貴重な労働力を全てそれに注ぎ込むというのはあまり現実的ではない。


 イコを置いて部屋から出て、獲れた魚を置くように決めた場所を見てみると、手のひらよりも小さいサイズぐらいの小魚が3匹置かれていた。


「……こっちはだいぶ少ないな」


 8匹も当たらせているのに12時間で3匹……。木の枝集めや用水路の土の除去に比べて明らかに成果が悪い。

 六人だと食事の足しぐらいにはなるが……他のことをやらせた方が効率的な気がする。


 でも、現状で一番欲しいのが食糧なんだよな。外の野生化した野菜も六人もいたらあっという間になくなるだろう。……ああ、いや、イコのスキルは決して小型犬を出すだけのスキルではない。


 もっと魚を採取することに適した動物を出せばいいのだろう。魚を食べると言えば……熊? は、デカすぎるから鵜とかの魚を食べる鳥がいいだろうか。


 南先生は生物の教師だし、ちょっと聞いてみるか。

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二重詠唱の合成魔法使い〜ハズレスキル【翻訳】のせいで追放されたけど、翻訳スキルで詠唱に《ルビ》を振ることにより魔法を合成し最強になったので愛しの幼馴染の後輩と自由に生きようと思う〜 ウサギ様 @bokukkozuki

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