第24話

「村の人たちに狩りの成果を恵んでくれた虫人がいるようだが、心当たりはあるか?」



 白馬を走らせ虫人が住んでいる森に着いた彩葉は、丸太を何本か背に担いで鍛練をしていたダンゴ将軍に尋ねる。すると彼はその状態のまま考えるように首関節を丸めて彩葉を見下ろした。



「団子族たちには極力この近辺から離れないよう指示している。近場にそういった村がないことは確認済みだが」

「近場ではないが、森自体は繋がってもいる。こちらとしてはそのおかげで村の者たちが餓死しないで済んだのだから、感謝を述べたいのだが」

「……なるほど」



 彩葉の言葉が事実であれば、団子族の中に将軍の指示を守らなかった者がいることになる。だがダンゴ将軍はそれに動揺する様子はなく、背負っていた丸太を音も立てずに下ろした。


 そんな彼の様子に何処か違和感を覚えた彩葉は、左手で聖剣のつかに触れながら右手に聖典を開く。そしてMAPを表示し現在地を拡大したところ、その周囲に団子族以外の中立者がいくつか点で表示されていることに気付いた。



「少なくとも敵ではないのだろうが、盗み聞きとは頂けないな」

「…………」



 聖典に視線を落としている彩葉の問いに、その中立者たちは身動き一つ取らない。念のため聖剣の柄を掴み刀身をいつでも晒せるようにしながら、沈黙しているダンゴ将軍の背後に向けて告げる。



「団子族に心当たりがないとすれば、恐らくその者たちが狩った動物たちを村に献上してくれたのだろう。直接礼が言いたい。出てきてもらえないか? こちらとしてもそのまま隠れられているようでは、警戒せざるを得ない」



 そんな彩葉の話す言葉こそ潜んでいた者たちは理解していた。彼らは今もキルサ国に囚われている虫人の女王ヴィーナが秘密裏に持つ諜報部隊の一部である。ダンゴ将軍が消息不明という情報の真偽を確かめるべく彼女の命を受けて放たれ、正確な情報を得るためにここまで潜入してきた。


 だがただの人間風情に自分たちの隠密が察せられるわけがない。それなのにおめおめと出ていくわけにはいかないと思っているのか、その虫人たちは身動ぎ一つせず息を潜めていた。


 しかし警戒しているギルムの王相手にこのまま時を過ごすのも不味いと判断したのか、その中の一人が草木の揺れる音を立ててダンゴ将軍の隣に着地した。


 油虫族――人の間ではゴキブリとも呼ばれるその虫人は彩葉も知ってはいた。虫人の女王ヴィーナの持つ諜報部隊であり、『ガーランド』ではそのあまりにも人が不快に感じる外見を考慮され描写NG設定が出来るほどの種族。



(ん? 虫人じゃなくて亜人か? ……ああいう見た目の亜人、ガーランドでも見たことないけど)



 だが油虫族が出てきたかと思ったが、その見た目はダンゴ将軍と違い明らかに人間寄りだった。黒い装束を身に纏いその長い針金のような髪は触角のようにも見える。だがその顔は明らかに人間の女性であり、身体もさして変わりがない。


 その姿は彩葉が言う定義の亜人に等しかった。人の姿形をしていない虫人や獣人などと違い、人体自体はそこまで人と変わらず言葉を発してのコミュニケーションが可能な種族は括って亜人と呼ばれている。


 そんな油虫族と思われる亜人が姿を現したことに彩葉が訝しんでいると、彼女は控えるように片膝をついた。



「女王の命を受けての任務中故、姿を隠したままで接触することになり、失礼しました」

「……凄いな。人の言葉をそこまで話せるのか」

「少し拙い部分はあるかと思いますが、意思疎通に問題はないかと。とはいえ、ダンゴ将軍と語り合える貴方には必要ないかもしれませんが」



 彼女は既にダンゴ将軍から事情は聞いていたのか、同志を見つめるような尊敬の混じった強い視線を向けてくる。そんな亜人の正体について彩葉は検討をつけながらその背後にも視線を向ける。



「だが、他にもいるだろう? 全員とは言わない。もう一人くらい出てきてくれないか?」

「恐れながらイロハ殿。油虫族の外見は人からすれば目にもしたくないと聞き及んでおります。お目汚しになってはいけないと思い、私が代表して参上しました」

「……油虫族なのか。貴女も」



 そんなことは有り得ないと言いたげな顔がありありと浮かんでいる彩葉に、彼女は可愛らしく苦笑いを零した。



「はい。とはいえこの身のせいもあって諜報部隊の中でも一番未熟です。ただ、このおかげで人の中に紛れ込むことも出来ることだけはありがたいですが」

「……てっきり虫人にそういった者は皆無だと思っていたが、俺の思い違いだったか?」

「それこそ数百年前には、亜人のような見た目の虫人はいなかったそうですよ。とはいえ、イロハ殿が知らないのも無理はありません。虫人の歴史など人様が知ることはないでしょうから」

「…………」



 少々男心がくすぐられるような笑顔でそう話す彼女との会話を続けている間、先ほどの彩葉の言葉に応えるように油虫族は確かに出てきていた。しかし先ほどの彼女と違い気配を悟らせず木々を伝って移動し、彼の背後に音もなく降り立つ。その体が彼女と違い虫に近い油虫族だからこそ可能な隠密行動。


 そんな油虫族の接近に彩葉は全く気が付いていなかったし、ダンゴ将軍とその女性もそれが降り立ったことについておくびにも出してもいなかった。


 油虫族が女王の隠し持つ裏の手であることを、側近であるダンゴ将軍は知っている。そして虫人の中ですら忌み嫌われる油虫族の行う影の仕事は、その存在を許してくれた女王に報いるためだけにある。


 そんな自負については油虫族の中で珍しく人の身体を持って生まれた彼女自身も、勿論宿している。だからこそ彩葉が隠密を見破ったことについては自分の未熟さが招いたことだと思い込み、その人に似た顔と声を駆使して彼の注意を引いていた。



「……!!」



 だが彩葉が全く感知していない状態で何者かが接近をしていることを感知した聖剣は、持ち主を守るために自動迎撃を開始した。左手で触れていた聖剣を瞬く間に抜刀し、害虫から身を守るために振るわれる。


 その隠密に油虫族の男は絶対の自信があった。先ほど気付かれたのは未熟な女を連れていたから。それを手繰る形で自分たちも気付かれただけ。そうでなければ人間風情に感づかれるわけがない。そんな自分たちの仕事に生じた揺らぎを排除するために、彼は証明する必要があった。


 だが結果としてその隠密は聖典のMAP機能によって看破され、その能力の付随元である聖剣によって迎撃までされていた。


 その振るわれた剣戟を油虫族は凌ぐことも出来た。だがいくら油虫族の隠密に揺らぎがないことを試すためとはいえ、王の不意を突いたことは事実。その責任は自身の首を差し出す他ないと、一切の抵抗を試みなかった。



「……敵意がないのが不思議なくらいの現れ方だな。もう少し穏便に出てもらえると助かったのだが」



 だが彩葉の持つ聖剣はその機能を発揮し、油虫族の頭を貫く一寸手前で止まる。そしてそのフォルムを見るだけで確かに不快感は湧き上がる虫人を前に、彩葉は聖典を開き敵対していないことを確認してから聖剣を下ろした。



「…………」



 油虫族は虫人の中でも珍しく言葉すら発せず、特定のフェロモンを出しそれを触角で判別することでコミュニケーションを図る。それは彩葉の持つ聖剣を以てしても翻訳することが出来ず、彼は長い触角をうにうにと動かし佇むのみだ。



「不意を突いたのは事実。この首を以て罪を清算したい、と」



 そんな油虫族の言葉を震え声で代弁した彼女に、彩葉は困ったように首を傾げる。



「どうもお互い、認識にズレがあるように思える。罪の清算方法も兼ねて、少し話し合いたい。そう伝えてもらえるか?」

「…………」



 彩葉の言葉に彼女は無言で頷くと、同じように触角をうにうにと動かし油虫族との会話を送受信し始める。



「油虫族の首を女王に送りつける気はないが、こうも不意を突かれたのを容認も出来ない。ダンゴ将軍、一先ず貸し一つということでいいか?」

「……それで収まるのなら、喜んで貸し出そう」



 唐突に妥協案の匙を投げられたダンゴ将軍は彩葉がさして怒ってもいないことを察すると、そんな軽口は返した。だが油虫族の様子からしてそれで済まないことも理解はしていた。

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縛りゲーのために領地を滅亡寸前まで追い込んでいたら、現地民の目が死んでた dy冷凍 @dyreitou

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