第23話

 彩葉はミオール村で困窮していた住民をファストトラベルによる食料の持ち込みで飢えから救い、感謝を述べてきた村長から詳しい事情を聞いていた。


 今まで食料などを押収されてきた村や町の中でも特にギルム本土に近かったミオール村は、直前までキルサ兵が拠点として利用し留まっていた。


 そのため兵に易々と見つからないであろう森に避難していたミオール村の住人は、数日野宿を余儀なくされた。そしてようやくキルサ兵が出立した後に村へ帰ったが、根こそぎ荒らされた畑や空っぽの備蓄庫が残されたのみだった。


 自分たちが育てた作物はなく、森へ狩りに出るための武器や罠などもない。出の悪くなった井戸からなけなしの水を汲み上げ、足りない分はわざわざ森に入り川から補給しなければならなかった。



「ただ、森で仕留められた動物の死体がいくつも見つかったのです。そのおかげで皆今日まで、何とか死なずに生き延びられました。誰のおかげか知りませんが、助かりました」



 いくら近くに森があるとはいえ、ミオール村で餓死者が出るのは時間の問題だった。ただ偶然にも川に水を汲みにいった男たちが度々鹿や猪の死体、それも明らかに狩人が狩ったであろうそれを何日にも渡って発見して村に持ち帰ることができた。


 普段なら誰かの戦果であろう獲物を横取りするなど有り得ないが、今日食う物もない住民たちにとってそれは正しく天の恵みだった。そのおかげでミオール村の住民たちで餓死者が出ることはなく、全てを失った村の中でも生き残っていた。



(ダンゴ将軍が何とかしてくれたのか? ……いや、多分他の名も知れない虫人かな。ネームドキャラが動いたら聖典でわかるし)



 彼の話す不可解な狩人の正体について彩葉は検討をつけながらも、キルサ軍を殲滅した結果とギルム国の人材を集めている現状を伝えた。ただ実際にキルサの万に届く大軍を目にしていた村長はにわかに信じられないといった様子だった。



「疑うのは御尤もだ。近いうちにギルムから使者を出す。その目で確かめるといい」



 一番被害が大きいのが近場のミオール村とはいえ、それまでの進軍ルートで押収された村や町も困窮していることには違いない。そこにもウルズ領との交易で得た食料を配るため、彩葉は足早に話を切り上げて次の村へと向かった。



(意外とマシなもんだな。サバイバル能力が強いというか、なんというか)



 その他の村や町もやはり困窮してはいる様子だったが、聖剣教の伝えで自然と共に生きてきたギルムの民たちは大体が森に逃げ延び命は何とか繋いでいた。とはいえ自然災害が通り過ぎたかのように蓄えていた財産は消え、今日獲れるかもわからない狩猟だけでは生き残ることは出来ても発展はできない。


 そんな村々にウルズ領との交易で多少は余裕のある食糧を配給し、ギルム本国からいずれ交易も兼ねた使者を出すことを彩葉は伝えた。そして三つ目の村でその説明を終える頃には日も落ちたので、彼は自室にファストトラベルして帰還した。


 彩葉はそれから一週間ほどはファストトラベルを利用した村々への食糧配給を兼ねたマップ埋めと、ギルム本国の現状と人材を募集していることを伝え続けた。


 そして彩葉があらかたの村や町を回り終えて地図の情報も出揃ってきた頃には、ミオール村の者たちが使者に連れられて本国へと避難してきていた。


 その人材輸送に関しては、幸いなことにウルズ領が奴隷候補を連れてきた馬車が役に立った。それと同じような物を仕入れ、軍の遠征訓練も兼ねてカシスに率いさせて他の村へも派遣させた。


 恐らく数ヶ月ほどあれば細々とした村や町が本土に避難する形で集結し、ある程度の兵を確保することが出来るようになるだろう。風魔法による追い風を起こせるカシスならより迅速に事を運べるので、想定よりも早く済むかもしれない。



「……ギルム国周辺の地図はあるか?」



 そんなカシスが遠征に行く様を聖典で確認していた彩葉の問いに、聖地管理のため日光をあまり遮りすぎないよう木々の枝を切っていたコルコは渋い顔で返す。



「その貴重な資料を焚書ふんしょしたのは紛れもなく貴方ですが」

「……そうなのか。それはすまないことをした」

「…………」



 さも知らないかのように資料のことについて尋ね、うっかりしていたと謝罪する彩葉の様子をコルコはその細い目で真意を探ろうとしている。


 縛りゲーのためにギルム国を追い詰める行動をしていた期間について、彩葉は朧気ながら記憶があると家臣には話している。それ以前の記憶についてはほぼ欠落しているため、イロハ王は父や母の顔すら曖昧な状態。それこそギルム国の女王であり母でもある人物と相対した時にボロが出ないためにも、彩葉はそういうことにしている。


 なので彼はコルコにそう謝りつつも、違和感のある地図の詳細について内心首を傾げていた。



(トリュフ取れるのは大分先のはずだけどな。そもそもそれを探し当てるための豚すらいないはずだけど……)



 ファストトラベルと白馬を利用して村を回り地図の詳細情報を手に入れていた彩葉は、その地域で取れる特産品の中にトリュフがあることが不可解でならなかった。それにどうも自分の知る『ガーランド』の地形データと微妙に違う箇所が見受けられる。


 大まかな地形に違いは見られない。ギルム国でのプレイにおいて初期から海のある地形を厳選し、それを隣国に取られている状況こそが彩葉の考える厳しい縛りの内の一つだ。その状況自体は今も同じなのだが、細かい地形がどうも合わない。


 トリュフの他には意外な特産品こそないが、この違和感を持ってから森を見てみるとその範囲が広がっている気もする。村を回ることでより詳細な地図情報を得られたからこそわかったその違い。


 それこそ周辺の地図でもあればそれと見比べることで違いが浮き彫りになると思ったが、コルコが言うにその資料は縛りゲー下において焚書という形でなくなっていたらしい。



(ともかく、特産品としてトリュフが表示されてるってことはそれを探せる豚がいるってことだ。その周辺の村で少し探りを入れてみるか)



 ギルムの特産品の中でもきのこ類は高級品として売れるし、乾燥させることで長持ちもするので交易品として打ってつけだ。現状栽培しているモレル茸も縛りゲー下において放置していた分よく取れるが、いずれはその収穫量も落ち着いてくる。


 その代替え品としてトリュフが栽培できるならそれに越したことはない。ただ『ガーランド』においてトリュフはたかだか三、四年目で取れるような特産品でもない。ギルムの序盤において定番の特産品はモレル茸であり、トリュフは中盤辺りから手に入るものだ。



(森がおかしいのか? ミオール村の件からして少しは協力的だし、虫人にでも調べさせてみるか)



 彩葉は山の他にも何処か地形に違いがないか聖典を見て確認し終えると、台座に刺さり魔力を充填している聖剣を抜く。そして正門へ瞬間移動し聖剣を鳴らして白馬を呼び出し、虫人の住まう森へと向かっていった。

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