第22話

 ギルム本国の王城前にある大門が特徴的な広間は、ここ数週間で整備され食料の支給や炊き出しの場となっている。そこではコルコが見込んだ復興大臣が部下を纏め上げ、民たちに適切な支給が行われるよう手配と実務を進めている。



「祝福を」



 そんな中で彩葉は聖剣を掲げ、毎日のルーティンと化している祝福を民の一人一人に授けては回っている。彼からすればデイリークエストのようなものである祝福で、聖剣教の信仰度は僅かずつではあるが上がっている。


 それこそ結婚式などの儀式を聖剣で用いれば信仰度はもっと上げられるのだが、聖地が一つしかない現状では葬式しか行えない。それに直近の死者はもう供養してしまったので、信仰度を上げるためにはちまちま祝福を民に授けていくしか手段がなかった。



(今から祭壇でも立てようものなら、それこそ暴動起きるだろうしな)



 序盤の信仰度上げについては祝福の他にも聖剣教に準ずる建造物――祭壇や礼拝堂、教会などを設立すれば信仰度稼ぎの効率は上がる。それこそギルム国でのプレイを順当に進めていたとすれば、今頃礼拝堂くらいは設立できていただろう。


 だが縛りゲー下における今ではそんな建造物を建てる余裕は皆無であるため、信仰度は小銭集めのような祝福で何とかやり繰りしていくしかない。



(それにしても、祝福ですら嫌な顔されるなんてな。ゲームじゃ有り得なかったけど、この調子じゃ断られるなんてことも有り得るかも。泣いて喜んでくれる美少女は何処に……?)



 それにゲームのように時飛ばしが出来ない現状ではそこまでやることもないし、このプチプチを潰すような作業自体はそこまで苦痛でもない。祝福を受ける民も渋々といった様子なのは悲しいが、それもこの数週間でようやく改善してきて楽しくなってきた。


 度重なるイロハ王の圧政と暗君ぶりにより信仰度が最低レベルである民も、食料を貰えるのと引き換えの祝福なら受けるのもやぶさかではない。彩葉からしても家を一軒一軒飛び込み営業のように回るよりかは楽なので、朝と夕方の支給にはここに顔を出しては民に祝福して回っていた。


 そんな大門広間であらかたの祝福を終えた彩葉は、聖典を開きファストトラベルで外門へと瞬間移動する。その不可思議な現象に子供たちは飽きもせず驚きの声を上げるが、大人たちはもう慣れたのかさして興味もなさげに彼を見送った。


 ギルム本国の外門に転移した彩葉は鞘から聖剣を浅く出し入れして二回、軽やかな音を立てる。すると彼の背後から光の霧と共に白馬が駆け付け、不満げないななきを上げる。



(相変わらず嫌われてるな。祝福だけじゃ当分懐かないだろうな)



 聖剣教の信仰度によって白馬の能力やなつき度は変動するため、現状では愚かな飼い主でも見るような目で見下ろしてくるのみだ。それでもゲームである『ガーランド』と同様に乗れないなんてことはないため、白馬は彩葉を渋々といった様子で騎乗させた。


 白馬の操作も『ガーランド』とさほど変わらないので、彩葉は手綱を片手に持ちもう片方で聖典を持ちながら移動を始める。


 いつでも軽やかな移動をプレイヤーに担保するゲーム同様、聖剣を鳴らせば白馬は何処でも召喚できる。聖剣さえ持っていればその操作にはあまり技術は必要としないし、白馬に対しての食料もいらなければ糞を道に垂れ流すこともない。



(森にファストトラベル出来ないのは不便だよな。とはいえ聖地化は当分先だし、どうにかならないもんかね)



 彩葉は聖典に映るギルム国内の施設には何処でも転移――『ガーランド』でいうところのファストトラベルが可能である。だが虫人たちを匿っている森はギルム国内ではあるが何か施設があるわけではないため、転移することが出来ない。なのでこうして白馬での移動に頼らざるを得なかった。


 ただ今日の目的地はその森ではない。先日コルコと話していた、キルサがわざわざ潰すまでもない村々への支援と人材確保。そのことで気になっていることを確かめるため、彩葉は近場の村を目指して白馬を走らせていた。


 普通の馬なら使い潰しているに等しい速度で走らせているが、彩葉を乗せる白馬はその息遣いこそ荒いがまだ走れる余力を残している。そんな白馬のおかげで彩葉は数十分でギルム本国からは一番近い村である、ミオール村へと到着した。


 ミオール村はキルサが進軍してきた際に食料などを押収されたからか、ギルム本国よりも寂れ果てていた。限界集落といっても差し支えない村の様子を彩葉は馬上から観察しつつ、出迎えもないまま村に入り聖典を注視する。



(よーし。やっぱり足を踏み入れるだけでファストトラベルは出来るっぽいぞ。しばらくは地図埋めだな)



 そして今までは表記されていなかったミオール村が聖典の地図に書き加えられたことを確認した彩葉は、ギルム本国の食堂をタップして馬上から消えた。そして再びミオール村にファストトラベルして地に足のついた状態で帰ってくると、満足したように頷いた。



(これで祝福回り先は増えるし、多少の手荷物も運べる。キルサ軍に押収されてる村は食料もヤバそうだしな。少ない人口が更に減っていくのは避けたい)



 ファストトラベルは内政を進めている際に行える機能のため、彩葉自身が戦争に参加している場合は使用不可となる。だがそれ以外なら大抵は使用可能だし、プレイヤーに移動の不便を感じさせない機能でもあるので使用魔力もごく僅かである。


 ちなみに同じく移動手段である白馬も同様だ。銀行の利息くらいささやかなコストで使用できるため、移動手段に関しては魔力を気にする必要はない。



『ぶるるっ』

「いでっ。お、お前、消えないのか……」



 ミオール村へのファストトラベルが成功したことで高揚していた彩葉の頭を、不機嫌そうな白馬が軽くかじる。『ガーランド』であればロード時間中に消えるはずの白馬は、どうやらこの世界では消えないようだった。


 傍目から見ればへんてこなやり取りをしている王と白馬。その異様な光景を見つけた村の民は、恐る恐るといった様子で遠目から窺っていた。そんな村の民たちを見つけた彩葉は、涎のついた頭を払いながら挨拶する。



「こんにちは」

「……こ、こんにちは?」



 その村の民である男性が近くに寄れば寄るほど、栄養失調であることが一目で理解できる外見がより鮮明になる。『ガーランド』では描写もされないであろう彼を見かねた彩葉は、早速王城の食堂から仕入れてきた黒パンと魚の干物を手渡した。



「一先ず、これでも食べて下さい。また運んでくるので」

「え……?」



 そう言い残した彩葉はその民の前で聖典を弄った後、忽然と姿を消した。


 自分はあまりの空腹で幻覚でも見始めたのかとその民は目を疑ったが、手渡された黒パンに懐かしさすら覚える干物は消えていない。


 そしてその男が貪るように黒パンを食べている間に、彩葉はファストトラベルを繰り返して手荷物程度の食料をミオール村に運ぶ作業を繰り返した。その光景を見ていた白馬は不機嫌そうに鼻を震わせた後、その場でしゃがみ込み馬具を痛めつけるように寝転んだ。

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