第21話
キルサ国がソルの敗北した情報を掴むために奔走していた数ヶ月間。その期間が彩葉に許された万全の空白時間であり、傾国しかかっていたギルム国の態勢を立て直す最後の機会だった。
数々の歴史的敗戦により正規兵は2000人まで数を減らし、見当違いな内政によって特産品やそれに準ずる産業もボロボロ。この数ヶ月の間に武力を上げなければキルサに侵攻されて滅ぼされるが、かといって内政に手を抜けば内から飢餓や反乱が起きて自滅する。
「これで兵糧の心配はなくなったか」
「これから兵を増やすことを考えると、綱渡りもいいところですが」
一見するとにこやかに見える線のような目でそんな嫌味を零す、ギルム国宰相のコルコ。だがそんな彼の働きによって錆びた歯車のようだった内政は徐々に回り始めていたので、彩葉はその小言を甘んじて受け入れた。
そんな王の様子を彼はその細目で見極めるように見ていた。今までなら任せると命じた後でも平気で口を出してくる、愚王の典型みたいな行動も珍しくなかった。
だが今のところ国の方針について相談こそされるが余計な口は出されていないので、コルコとしても仕事がやりやすくて逆に困惑しているところだ。
(信頼度最低でも動いてくれるの、コルコだけだよ。カシスと女王は一体何処にいったのやら……)
『ガーランド』のプレイヤーである彩葉は王としてギルム国の方針を決めることこそ出来るが、その方針を進めるための実務が出来るわけではない。そのため宰相としての実務能力と下の者に仕事を割り振れるコルコの人脈の高さには感謝仕切りだった。
王令によって今まで民から搾り取るだけだった税の割合を緩和し王庫を開放したとはいえ、それを正しく運用していかなければ未来はない。その運用をコルコはウルズ領を相手に見事やってのけていた。
それこそ聖剣と聖地さえ売り渡さなければギルム国はいくらでも再起が出来る。聖剣を扱えるイロハ王の単騎による戦果と葬式を見てそう判断したコルコは、王庫に溜め込まれていた金銀財宝をウルズ領へ大胆に売り払う決意をした。
ウルズ領としても東側のキルサがギルムを飲み込めばいずれその戦火が飛び火することは明らかなため、そう易々と落ちてもらっては困るというのが正直なところだ。その地理的な戦況を交渉材料にしたコルコは、破格の値段でウルズ領から物資を大量に買い込みそれを国内に循環させた。
一先ず国内の民が食うには困らない状況まで立て直したコルコは、バールベント一族が培ってきた人脈を駆使して様々な職種の人材を王城へと一挙に集めた。そして王の直轄する大臣として迎え入れ、本国の衣食住に関する産業の安定化を図った。
ギルム国の強みは聖剣教による豊富な自然資源と、それに準ずる産業だ。その大きな一つである海をキルサに盗られていることは大きな痛手だが、虫人である団子族を匿えるような山々はいくつもある。
その山々から手に入る木材は勿論だが、特産物としては鹿や猪などの動物から取れる肉や毛皮、山菜や茸などが挙げられる。
「モレル茸はウルズ領で重宝されるようだな」
「しばらくは交易も手付かずとなっていましたから、栽培は順調なようです。不幸中の幸いですね」
その中でも貴重なのはモレルという品種が代表的な干し茸である。薬としても扱えるが、高級食材としても名のあるそれは特産品として打ってつけだ。
干したモレルを目玉の交易品とし、その山々と塩害もあり農業にあまり適していないギルム国では収穫しづらい黒麦を主に仕入れた。それとギルム国では今や懐かしみのある海産物に、衣服に必要な
それらを大量に仕入れたことで市民の衣食を安定させた。そして職を失っている者には山々に関する産業である林業や小規模の農業。特産品の採取や害獣の狩猟などを斡旋して働かせている。
そうしてギルム国の地盤を踏み固めて内政を進めていくのがしばらくの課題だ。まずはモレルを主軸にしたウルズ領との交易で経済を回し、市民が困窮して反乱を起こさないように努めることが第一である。外に出て成果を得ようと内が荒れていては意味をなさない。
「周囲の村々も困窮していますからね。そこに支援を送り兵を集めるしかありません」
キルサ国はギルム領内の副都市や町の市民を奴隷として扱っているが、村といった細々としたものにはまだ手をつけていない。そんなちまちまとした場所より海に面して人口も多い副都市を抑えた方が理があるからだ。
奴隷を運搬するのもこの中世のような時代では一苦労だ。だからこそ海に面した副都市は船による運搬が可能であることからして、その他の細かい町や村々などにまではキルサ国も手をつけていない。ギルム本国に来るまでに食料を押収したくらいだろう。
町や村々もギルム国の失政ぶりには辟易としているだろうが、キルサ兵に食糧を押収され困り果てているだろう。そこに王庫の解放とモレルで稼いだコルコが人と物資を送り、信頼回復に努めてくれている。
そもそもキルサの大軍を目の当たりにした村々は、既にギルム国が攻め滅ぼされたとでも思っていたのだろう。コルコの派遣した使者と物資に随分と驚いていたと報告があった。
そうして兵を集めていけば一先ず第二波のキルサ侵攻を退けることが出来るし、海に面して副都市の奪還も視野に入る。そこには豊富な海資源と聖剣を強化できる聖地もあるため、奪還は必須だ。
「報告ご苦労。良い働きだった。引き続き頼むぞ」
「
茶色く細長い傘が特徴的なモレル茸を嬉しそうに見ながらそう褒め称えたイロハ王に、コルコは一礼した後に王の間から退出した。
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