3-30 油断

「兄ちゃん達は商人かい?」


 陽が暮れる前になんとかジェドウィックに着いた。ジェドウィックの門番をしている衛兵に声を掛けられる。話を聞くとジェドウィックでは基本的に馬車の乗り入れはできないので街の外にある牧場で預かりとなるようだ。

 商人だけは特別許されているがそれでも速やかに荷台を運んだら荷台を引く馬や牛は牧場に預けるようにとのこと。

 やはり他の街に比べると街中で魔法が使われることが多く街灯だけでなく音や光を出す魔道具も多く設置されているので外から来た動物だと驚いて暴れてしまわないように街の外で管理しているようだ。


「やっぱり徹底してるんだな」

「あたしも知らなかったわ。確かに言われてみると街中で馬車を見かけることはなかった気がするわね」

「街の中にいると当たり前のことに気づきにくいからな」


 この街で育ったコールも知らなかったようだ。他の街を知ってると馬車が少ないことに気づくがこの街しか知らなければ違和感も覚えないだろう。


「それにしても綺麗な街ですね。道も建物も」

「そうですわね。街の近くの街道もかなり整備されていましたが街の中はよりしっかりしていますわね」


 シルフとセレンはここに来るまでいくつか街を見てきているので周りをキョロキョロと見まわしながらしっかりと造られているジェドウィックに驚いている。

 俺も少なからず驚いていた。ここに来るまでコールに聞いていた話だと街の整備や発展に魔法がそこまで関係しているように思わなかったからだ。石や木の加工に魔法が使われているならそれは攻撃魔法として使えそうだし土木工事に魔法が使われていないのなら他の街と条件はそんなに変わらないはずだ。その辺りをコールに聞いてみるが


「知らないわよ。あたしだってジェドウィック以外の街を見たのは最近だし。魔道具の生産があるからお金があるんじゃないの?あとは王都が近いからとかかしら?」


 金銭的な余裕は大きいかもな。生きるためのものが揃えば生活水準の向上や娯楽が発展していくだろう。


 そんな感じで元々ここに住んでいたコール以外の3人はお上りさんな雰囲気を出しつつも街を見ながら宿を探す。

 街の人たちはやはり他の街と違って魔力の流れがしっかりしている人が多かった。実際に魔法が使えるかは分からないが教わる機会も多いだろうし魔力の共有などで流れを感じる機会は多いのかもしれない。魔道具も街にたくさんあるから魔力を流せないとそれなりに苦労はしそうだ。

 コールも魔力の流れは分からないと言っていたがプレートや魔道具を使うのは無意識で魔力を流していたようなのでそういった住人も少なくないのかもしれない。


「とりあえず宿を決める?それともどこかお店に入って食事にする?」


 先導して俺たちを案内してくれてるコールがそう尋ねる。


「宿に食堂があればそこで済ましてもいいが」

「もちろん住んでる街の宿の中なんて知らないわよ」

「そうだよな。せっかくだし食事を済ませてから宿に行くか」

「わかったわ。たしかあっちの方に大きめの飲み屋があったはずよ」


 そう言ってコールが歩き出す。俺たちは相変わらず街を眺めながらゆっくりとついて行く。


「そうそう、あれが魔法協会の本部よ」


 コールがそう言って指をさした通りの先に大きな建物がある。他の民家や店よりも高く5~6階建てくらいだろうか、見た目もかなり綺麗だ。日本の高層ビルのようにはいかないがこの世界ではそれくらいのインパクトを感じる。


「大きいですね」

「本当ですわ。上り下りするのも大変そうですわ」

「その通りだな」


 エレベーターもエスカレーターも無いんだし縦に大きい建物は逆に不便そうではある。

 せっかくなので近くまで行って見上げてみる。入り口もしっかりした大きめの扉が付いていて強そうな門番の人が立っている。


「やっぱり中には入れないか」

「あたしも中に入った時は紹介状が必要だったから街の外から来ていきなり中を見せて、ってわけにはいかないわね」

「それは魔法教師の公認の話か?」

「そうね。せめて火や水を使えないと初めて魔法を教わる人にいきなり氷だけ覚えさせることになるからそれだと公認にはできないって」

「理解はできるんだけどコールにはコールの人生があるし納得しづらいな」

「構わないわ。そのおかげでこうしてあなた達に出会えたんだし」


 そういってコールは満面の笑みをこちらに向ける。美少女の近距離笑顔は破壊力がすごいな。


 せっかく来たが中に入れないのに外から眺めていても仕方ないしな。協会の見学はほどほどにして今晩の食事の場所を決めないと。


 街をうろうろしている間に陽は暮れてしまったが街の中は設置された街灯でかなり明るかった。コールの案内についていくと食事できる店やさっと食べれるような物を売っている屋台なども並んでいてそれなりに賑わっていた。


 こうして見るとジェドウィックも他の街と変わらないな。コールに事前に聞いていたがやはり魔法使いの街となるとマントつけて大きな三角帽子を被った人がそこら中にいるイメージだったがそんな人はどこにもいない。

 屋台ではその場で火の魔法を使って肉を炙ったりしていて少し派手にパフォーマンスをしている店もあった。見た目も派手だがやはり目の前で肉の焼ける匂いがすると食欲がそそられる。

 つい買ってしまいそうになるが4人で食事するならやっぱりちゃんと席について食べたい。屋台はまた今度かな。

 

 果物を焼いているお店もある。ああいうのはおもしろいな。日本でも焼きリンゴとかはあったし後で食べてみてもいいかもしれない。今も小さい女の子が屋台で焼いた果物を買っている。いいね。


 ん・・・?屋台で買い物をしている女の子をよく見るとかなり強い魔力が体を流れているように見える。流れと言うか体に魔力が満ちているというか。


「なぁ、あそこにいる女の子知ってるか?」


 俺は隣にいるコールに話しかける。


「ん?もう女捕まえたの?」

「そうじゃなくてあそこの屋台にいる」

「どこよ?屋台にいるのはおっさんばっかりじゃない」



「お兄ちゃん、何か用?」



 先ほど屋台にいた女の子が俺の目の前に立っていた。

 身長は130cmくらいか。髪は黒・・・いや少し緑がかっていてかなり長いが前髪が真っすぐ切りそろえられていて日本人形みたいだ。

 しかしさっきみたいな魔力は感じないし見えない。普通だ。見間違いか?


「いや、小さい女の子が夜の街にいたから気になってね。用事があるわけじゃないよ」

「ふーん。見かけないし他の街から来たのかな?」

「そうだね。今日ジェドウィックに着いたところなんだ」


 なんでこの子は俺に話しかけてきたんだろう。俺の声が聞こえたのか視線を感じたのか。不思議に思いながらも会話を続ける。コールが「この子?」と聞いてきたので肯定すると「知らないわ」と言っている。周りの店を見ていたシルフとセレンも近づいてきて「どうしました?」「あら、小さいお嬢さんですわね」と女の子を観察している。


「お兄ちゃん、綺麗な女の人たくさん連れてるんだね」

「そうだね。俺にはもったいないくらいだよ」

「まぁいっか。せっかく来たんだから楽しんで行ってね」

「ああ、ありがとう」


 そう言って女の子が俺に手を差し出したので握手を交わす。


 その瞬間、女の子の体がさっきのように魔力で満ちる。

 とっさに手を離そうとしたが離れないし、足も動かない。


「'感じ'が良いのかと思ったけど、目がいいのかな」


 繋いだ手から魔力が流れてくる。


「お兄ちゃんはあんまりクセがないね。じゃあこんな感じかな」


 そう言って女の子に満ちた魔力が増すように一瞬輝くと、眩暈がして膝から崩れるようにして・・・


「ギンジさん!」「ギンジ!!!」「ちょっとあんた!」


 3人の声が聞こえたような気がしたが俺はそのまま意識を手放した。

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【1万PV突破】気の流れが見える!?元格闘家のマッサージ師が異世界で不遇な少女たちを救う旅に出る話 春乃雪 @haru_no_yuki

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