3話

 彼と出会ってから一週間が過ぎた。


 倒れた後救急車で運ばれて集中治療室で手術を受けた私は病院を抜け出して勝手な行動をとったこともあり体調が今まで以上に悪化していた。


 意識があるのも1日に数時間程度で、彼もお見舞いにはきてくれているようだが私は彼の事を一度も見ていない。


「死ぬのが怖くなるって分かっていたのにどうして恋なんかしちゃったんだろう?」


 自分がまだ恋することができたんだという嬉しさとともに、好きな人と一緒に生きていられないということに絶望を感じていた。


「もう一回だけ会いたいよ…冬木くん…」




 ――――――――――――――――――――――――




 かなえが死んで1日が経過していた。

 かなえと出会って一週間が過ぎた日、それがかなえがこの世を去った日だった。


「何、やってんだろうな…」


 かなえの事を好きになれば遅かれ早かれこうなることはわかっていた筈だ。たまたまこんなに早くお別れになっただけなのにこの体たらく。


 学校にも行けてないし、ご飯もここ数日まともに食べてない。文哉やぼたもちが心配して家を訪ねてくれることもあるがずっと居留守を使っている。


「俺って何がしたかったんだろ。母さんのことでくよくよしないって決めたのに結局またかなえの事でくよくよしてたら意味ないじゃん」


 俺が独り言を呟くと玄関チャイムが鳴った。どうせまた文哉達だろうと居留守を使おうとしたが外から聞こえた声は高い女性の声だった。


「冬木くん!いるのは分かってるんだからね!出てくるまでご飯も食べずずっとここに居座ってやるんだから!」


 佐藤さんのその言葉に流石にそれをさせるわけにはいかないと思った俺は玄関ドアを開けた。


「やっぱりいた」

「何か用?」

「冬木くんがまともなご飯を食べているのか気になってきてみたけど案の定だったね。めちゃくちゃ痩せてるじゃん」

「ほっといてくれよ」


 ぶっきらぼうに言い放ち扉を閉めようとしたがそうはさせじと佐藤さんは足を扉に挟んだ。


「痛い!」

「自分で挟んだんだろ」


 呆れてため息を吐いた。


「ふざけないでよ!」


 今まで聞いたことのない佐藤さんの怒声を聞き俺は驚いていた。


「大切な人がいなくなったからって死のうと思うな。ご飯を食べてちゃんと栄養をとって、睡眠をとって、そしていっぱい動けって」


 その言葉はどこかで聞き覚えのあるものだった。

 それは四年前母を亡くして自殺をしようと試みていた少女に俺がかけた言葉だった。


「今がどんなに辛くても苦しくてもいつかは笑えるって、生きてさえいたらなんでもできるんだって、生きることが大切なんだって言ったのは冬木くんなんだよ!」


 そうだ。思い出した。中一の頃確かに俺は佐藤さんと出会っていた。あの時と比べて明るい雰囲気を放っていたから気づかなかったがよくみると何処と無くその面影はあった。


「あの時から私にとって冬木くんはヒーローなんだよ!」

「そう…だったな。そうだ。その言葉は俺が言ったんだ。佐藤さんに対してそんな事を言ったのに今の俺はこんな風に不貞腐れて本当にダメだな」

「うん、ダメダメだね」

「なぁ、俺はどうしたらいい?」

「自分で考えなよ」


 佐藤さんに言われて俺は走り出していた。まだかなえの私物とかは片付けられてない筈だ。そう思って真っ先に病院に向かった。


 知り合いの看護師さんを見つけてかなえのいた病室に通してもらった。病室の中には折り紙で織られたたくさんの動物がいた。


「かなえはこんなのが好きだったんだな」


 今更ながらに好きになった人の好きだったものを知り何やってんだろうと思いながらも看護師さんの方に向き直った。


「これ貰っていいですか?」


 そして俺は折り紙で織られた動物達とかなえが被っていたニット帽を指差してそう言った。


「ええ。彼女ももし君が欲しいって言ったら上げてくれって言ってたから受け取ってあげて。それと…」


 看護師さんが胸ポケットから何か紙切れを取り出した。


「これ、かなえちゃんから君にって」

「かなえが俺に?」

「ええ。私はこの部屋を出るからこれを読んであげて」


 看護師さんが病室を出て行ったのを確認すると俺はその紙切れの内容を読んで見た。


『冬木くんへ

 たった1日の付き合いだったけど私のことを好きになってくれてありがとう。あの時君に告白されてすごく嬉しかったんだよ。君と1日過ごしてとても楽しくてあんな経験初めてだった。ごめんなさい。もうまともにペンを持つ体力もないからあまりたくさんのメッセージは残せないんだけど……

 私も冬木くんが大好きだよ

 かなえより』


「そっか」


 俺は病室の天井を見上げていた。


「かなえは悔い無くこの世をされたのかな?」


 そんなことがあり得ないということは俺も分かっている。俺のことを好きになったんだから先に死んでしまうなんて悔やんでも悔やみきれないだろう。でもそう願わずにはいられない。


「俺もいつか寿命を全うしたらまた君に会いに行くから。長いお別れだけどそれまで待っていてくれるかな?」




「おい冬木!今日もお母さんとこに行くのか?」

「あぁ、当然だ。目を覚ますまで毎日行ってやるさ!」

「毎日行くのか?冬木ってもしかして俺よりアホなのか?もう少し自分の時間くらいとったほうがいいぞ」

「お前と違って俺は家族思いなんですよ!ぼたもちくん!」

「やっと、元に戻ったって感じだよね。いや、気持ち的には今までよりもずっと良くなってるね」


 高校三年生になって久しぶりに4人揃って何もないということで今日は一緒に俺の母さんのお見舞いに行った後に勉強しようということになっていた。


 佐藤さんからはあれから告白されて付き合うことになった。こんな俺みたいなやつのことを好きになってくれて嬉しいが俺にとって佐藤さんは出来過ぎな彼女なので早く俺も彼女に釣り合うくらいの男にならないとなと日々焦りを感じている。


「あっ、冬木くん!はやくはやく!」


 何やら看護師さんが慌てた様子で呼びかけてくるので全員で顔を見合わせてから看護師さんについていった。


 母さんのいる病室を開けるとそこには窓の外を眺める母さんの姿があった。


「あら、冬木」


 俺は気づいたら目から涙が溢れていた。


「お帰り!母さん」

「ただいま」

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君と見た一夜の物語 雪白水夏 @alturf

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