2話

「昨日渡しそびれちゃったな」


 私は手に乗っているキーホルダーを見ながらそんなことを呟いていた。


「あの人が取りに来るかもしれないし看護師さんに渡した方がいいのかもしれないけど……」


 このキーホルダーはエレベーターですれ違った少年が落としたもので拾って渡そうとしたのだが少年は気付くことなく下の階に降りて病院を出ていた。


 最初は看護師さんに渡そうかと思ったが、どうしてももう一度少年と会いたいと思い未だに手元にあった。


「これって犯罪だよね?人のもの取ってるわけだし。余命宣告される前もされてからもこういう事ってやったこと無かったのになぁ」


 それもこれもあの少年の顔を見たせいだ。あの時の少年はどこか辛そうで後悔している様子だった。


『楽しい人生を送る』


 これは私にはできなかったことだ。だからとは言わないができるだけ多くの人が幸せになる事を祈っている。


 それはあの少年に対しても同じだ。


「暗い顔して生きていたら私みたいになっちゃうよ」


 死ぬことは怖くない。

 それは二年前から変わらない。


 でも、もっとああしてればよかったと後悔は無限に湧いてくる。


 私にできることは周りの人が笑って過ごせるように願うことだけ。


 だから、ちょっとくらいいいよね?




 ――――――――――――――――――――――――




 ピピピ


 体温計から計測が終了した音が聞こえ見てみると38.2分と熱があった。


「絶対これ昨日半袖着てたせいだろ」


 ほんとバカみたいなことやったなと苦笑しながらやむなく学校に今日は休むと連絡を入れると、薬を貰うため外に出る準備をして病院に向かった。


 頭がぼーっとして足元がフラついていたが付き添ってくれる人などいないので足に力を入れて何とか踏みとどまっていた。


「ほんとに今まで母さんにどれだけ頼りきりだったかが分かるよな」


 母さんは女手一つで俺の食費や学費、更には俺が病気になったら仕事を休んで病院に連れていってくれた。


 母さんの手を借りることが出来なくなり、自分が1人では何も出来ない存在なんだと改めて思い知った。


 そんな事を考えていると足がもつれてバランスを崩し、前に倒れそうになった。


「よっ、」


 どこかまだ幼さの残る声と共に俺の体が何かに支えられた。


「大丈夫ですか?」


 そう言って俺の体を支えてくれていたのはニット帽を被り眼鏡を掛けている同じ歳位の少女だった。


「あっ、あぁ。ありがとう…ございます」

「ううん、気にしないでいいよ!それよりも足元ふらついてたけど体調悪いの?」

「そう…ですね。少し熱が出てて病院に向かってたところだったんです」

「そうなんだ。なら肩を貸すよ!」

「えっ、」


 少女の提案に俺は驚いた。正直今の俺は真っ直ぐ歩くことすら出来ず、少女が手を貸してくれるというならありがたいが、どうして見ず知らずの俺なんかを助けてくれようとするんだろうか?


「あの、迷惑じゃないですか?」

「迷惑ってどうして?人間はお互いが助け合って生きるのが普通じゃないの?」


 少女は普通とは少し違った価値観を持っているようだった。普通の人は道端で蹲ったりしている人を見かけても殆どが声をかけようとしないし助けようともしない。


 実際に歩道橋で蹲ってるお婆さんを見た事があるが俺を含めて誰もそのお婆さんに『大丈夫ですか?』の一言もかけることは無かったのだ。


 自分は関係ないから関わらないでおこう。そんな考え方が根深く残っている日本人でこんな考えのできる少女は本当に凄い。


「なら、そこの病院までお願いしていいですか?」

「うん!全然いいよ!あと、その畏まった感じはやめようよ!私たち歳は多分同じくらいでしょ?私もこうやってフランクに話してるんだし君ももっと砕けた感じで話してよ!」

「そう……か。ならそうするよ。ありがとな……えっと」

「そういえば名前言ってなかったね!私の名前は雪野ゆきのかなえ!空から降ってくる雪に野原の野でかなえは平仮名だよ!それで、君の名前は?」

「俺は佐倉冬木。補佐の佐に倉庫の倉でさくらって読む」

「補佐の佐ってなんか例えが独特だね。まぁいいや、よろしくね!冬木くん!」


 互いの自己紹介を終えて俺たちは病院へと向かった。道中で会話をしながらだったからか気づいたときには病院についていた。


「ありがとう、かなえ」

「ううん。別に気にしなくていいよ」


 俺はもう一度お礼を告げて病院に入った。かなえは俺の保護者でもなんでもないのでこれ以上時間を取らせるのは悪いと思い、ここからは一人で行くと伝えた。

 かなえもそれを承諾して俺が病院に1人で入って行くところを見送ってくれた。


 朝早かったこともありすぐに診察してもらい風邪薬を貰った。


 薬は食後30分に飲んで下さいというもので今すぐ服用できるものではなかったので1度家まで帰る必要があった。


「どうやって帰ろう」


 今更ながら真っ直ぐ歩くこともできないことを思い出し、タクシーを呼ぶ事にした。院内で電話をすると迷惑がかかるので外に出てスマホを取り出した。


「あっ、やっと来た!」


 後ろから声が聞こえ振り返るとそこには先程別れた筈のかなえがいた。


「どうしているんだ?」

「だって冬木くん今真っ直ぐ歩けないじゃん!そんな人を放って行けないよ!」


 どこまでお人好しなんだと思ったがせっかく待っててもらったのに断ったら失礼だと考えて家まで送って貰うことにした。

 普通なら住所を晒す危険な行為だが、かなえなら大丈夫だろうと信用して家を教えた。


「本当にありがとうな。かなえがいてくれたおかげでちゃんと家までつけたよ」

「ううん。さっきも言ったけど人間は助け合って生きるものだからね。これくらい何ともないよ!」


 家の前で今度こそ別れると俺はかなえが去っていくのを見送っていた。


 家の中に入り、朝食としてパンを食べた後に処方された薬を飲んで眠りについた。




「また……あの夢か」


 最近よく見るようになった父の夢で目を覚ました俺は最悪の気分になりながらも体調を確認していた。


「体はだいぶ楽になったな」


 もう3時を過ぎてるし流石にそろそろ昼食を取らないとダメだと思ったので雑炊でも作ろうかと体を起こすと玄関のチャイムの音が聞こえた。最初は文哉たちがお見舞いにきたのかと考えたがまだ学校にいるはずなのですぐに違うと気づいた。


「こんな時間に俺を尋ねてくる人なんていたっけな?」


 悩みながら玄関ドアを開けるとそこにはかなえの姿があった。


「えっ、どうしてまた俺の家にきたんだ」


 俺は驚きのあまり問いかけてしまっていた。


「だって体調悪そうだったし、昼ご飯とか作るのも一苦労だろうからって思ってかわりになりそうなものを買ってきたんだよ」


 袋の中を覗いてみるとそこにはスポーツドリンクや果物、卵などが入っていた。


「いや、でもそこまでしてもらうのは悪いよ」

「もう!どうせ買ってきたんだし冬木くんが食べてくれないと無駄になっちゃうじゃん!」


 かなえの言うことは最もだったので俺はその言葉に甘えて色々と世話をしてもらうことになった。かなえが家に入り荷物を置いて手を洗うと、すぐにご飯を炊いて雑炊を作り始めた。


 ご飯が炊けるまで時間があるのでかなえの買ってきた果物を食べさせてもらったり、汗を拭いてもらったりした。


「本当にありがとうな。また今度お金は返すし、何かできることがあったら俺を頼ってくれ」

「別にいいよ。どうせ使い道のないお金だし、私がやりたくてやったことだしね」


 かなえの答えに違和感を抱いたが何がおかしかったのか分からなかったので俺はそれを無視することにした。


「そんな訳にはいかないよ。何かお返しさせてほしい!」


 俺が少し強引に迫るとかなえは困ったように頬をかきながら『じゃあ』っと言った。


「夜遊びに連れて行って欲しいかな。今までやったことないし」

「夜遊び、か……」


 夜遊びに連れて行って欲しいと言われて俺は少し困った。カラオケやゲーセンは9時や10時くらいで高校生は出入り禁止になってしまうし、次の日のことも考えないとダメなのでちゃんと曜日も選ばなければならなかった。


「というか男女で夜遊びってやばいんじゃないか?」

「んー、確かにそうかもね。でも私が死ぬまでにやってみたい事がそれだからなぁ」

「死ぬまでにやってみたいって大げさだな。まだまだ俺もかなえも人生は長いだろ」

「あはは、そうだといいね」


 不自然なかなえの答えに問い正そうとしたが炊飯器からご飯が炊けたという音が聞こえ雑炊を作りに行ってしまったので聞くことができなかった。


 卵のパックを開けて雑炊を作り始めるかなえの姿をみていると家の中だというのにニット帽を被っているという事実に気づいた。


「はい、できたよ」

「あっ、あぁ」

「ずっと私のこと見てたけど私に何かついてる?」

「いや、どうして家の中でニット帽を被ってるんだろうなって思ってさ。それとさっきのそうだといいねって言ってたのが気になって」


 俺の問いに『あー』というと少し困ったように頬をかくと意を決したようにこちらに向き直った。


「私の話をする前に少し話しておきたいことがあるんだ」


 そう行ってポケットからキーホルダーを取り出すと俺に渡してきた。 


「……まずはこれを渡さないとね」


 そう言ってかなえが懐から取り出したのは俺と文哉とぼたもちの三人で修学旅行先で買ったキーホルダーと同じものだった。


「今日冬木くんと出会ったのは偶然じゃなくてこれを渡すために探してたんだ」


 そう言われて俺は驚いた。偶然出会ったと思っていた少女が実は俺のことを探していましたと言われたらそりゃ驚いたとしても仕方がないだろう。


「冬木くんがたまたまこのキーホルダーを落とした瞬間を見かけて、それで返さないとって思って探してたんだ」


 そう言われて俺は自分のカバンについていたはずのキーホルダーがなくなっていることに気づいた。


「そうなんだ。ありがとな」

「本当はさ、警察に渡そうかと思ったんだ。でもどうしても君に会いたくてね」

「俺に会いたかった?」

「うん。どうしても君に聞きたいことがあったんだ」


 真剣な様子で見つめてくるかなえだが、同年代くらいの女子に見つめられるという経験が今までなかった俺は少しどきっとしてしまった。


「どうして冬木くんは毎日そんなに辛そうな顔をしてるの?」


  そのかなえの問いにさっきとは違う意味でどきっとさせられた。かなえに自分の感情が見抜かれていたということもそうだし、何よりも今は触れて欲しくないことに触れられたからだ。


「んー、まぁすぐには答えられないよね。それに先に聞かれたのは私だし先に私の話をするね」


 そう言ってかなえが俺の方に向き直るとその帽子を取った。そしてそこに隠されていたものを見た瞬間俺は息を飲んだ。


「……」

「驚くよね?だって私の髪真っ白だもんね」


 かなえの髪はほとんどが白髪だが、ほんの少し黒色が残っているということから生まれつきこの髪色ではないという事がわかる。そこからかなえが何かの病気なんじゃないかという考えに至ってしまった。


「私ね、癌なんだ」


 それを聞いて俺の中で時間が止まったような錯覚に陥った。


「3年前に発病してね。余命3年の宣告を受けてたからもう長くないんじゃないかな?」

「なん……で…」

「なんで……か。私ね、お父さんとお母さんを5歳の頃に事故でなくしたんだ。その後親戚に引き取られたんだけどその親戚の家族が凄く酷い人でね。毎日のように殴られるし、まともな食事戻らせてもらえてなかったからビタミンなんか全然足りてなかっただろうし運動も出来なかったからね。多分それのせいかな」


 かなえの人生は俺なんかよりずっと過酷なものだった。


「たまたま近所に住んでる人が通報してくれて警察が来てくれたから捜査が始まって助かったんだけど、体はボロボロだったみたいで気づいた頃には癌を発症してたんだ」

「それって治らなかったの?」

「うん。それで14歳の時に余命3年だって言われたんだ。今の私は17歳。ね、もう時間はないでしょ?」


 かなえは俺と同じ歳なのに、その小さな背中にものすごく大きなものを背負っていた。


「それなら、どうして?もっと自分のために時間を使えばいいじゃないか。どうして今も俺なんかのために時間を割いたんだ?どうして他人の事を思いやることができるんだ?」

「私はこれまで『楽しい人生』というものを送れた事がないんだ。5歳までは楽しかったのかもしれないけど昔の事過ぎてほとんど記憶に残ってないし、それ以降はずっと酷い人生を歩んできたからね。これから『楽しい人生』を送るにしても時間も無いし、送る気も起きない。だから出来るだけ多くの人に私みたいな暗い人生は歩んで欲しくない!って考えたわけ」

「それが俺にあんなことを尋ねた理由……なのか?」


 かなえは苦笑を浮かべながら頷いた。

 俺は気づいたら唇を噛んでいた。


 母さんが植物人間になってから俺が世界で一番不幸な人間だと言わんばかりの顔をしていたことくらい俺にも分かっていた。しかし、改めて俺なんかよりもずっと辛い思いをしている筈のかなえの話を聞いたら今までの自分を殴りたくなってきた。俺なんかまだ母さんが目を覚ます可能性があるし、自分が病気で苦しんでるわけでもない。それなのに悲劇の主人公ぶってもっと辛い思いをしているかなえに心配をかけた俺自身のことを許せなかった。


 それに俺が暗い顔をしたところで母さんは治らないし、何より俺のことを大切に思っていてくれた母さんがそんなことを願うとも思えない。これ以上母さんのことで暗くなったらそれこそ母さんが目覚めた時に迷惑をかけてしまう。


 そうやって自分の考えを改め直した俺はかなえの目をまっすぐと見据えた。


「かなえ、今から少し遠出するよ」

「……は?」


 突然の俺の誘いに魔の抜けたような返事をしたかなえの腕を引いて俺は家を出て駅を目指した。


「ちょっ、ちょっと!」

「いいからいいから、夜遊びしてみたかったんだろ?一緒にしようぜ」

「待ってよ。冬木くん体調悪いんでしょ?」

「そんなもん薬飲んでもう治った。それに時間がないって行ったのはかなえだぞ。だから早めに行ったほうがいいだろ。時間が経てば経つほどこう言うのって出来なくなるんだから」


 かなえは説得は不可能と悟ったのか大人しくついてくることにしたようだ。だが、病気で激しい運動とかはできないようでゆっくりと歩いて駅に向かうことになった。


 色々話したりご飯を食べたりしていたせいで時間は5時をすぎていた。冬は日が落ちるのが早い。今から電車に乗って都心に行けば丁度太陽が落ちて夜がやってくるだろう。


 都心までの電車の切符を買って駅のホームに行くとすぐに電車がやってきた。ここから目的地までは30分程度なので俺はその間にかなえに聞かれたことを話すことにした。


「さっきかなえは俺がどうして毎日そんな辛そうな顔してるのか尋ねたよな?その理由は母さんが事故で植物人間になったからなんだ」

「それ…は…」

「父さんは不倫して家族を捨てて行方をくらませた。それで母さんは俺にひどいことをしてしまったってずっと嘆いていた。俺はそのことに気づかず母さんに父さんがいなくなったことについてあたったこともあるし、一番辛いはずの母さんの心に寄り添ってあげることもしなかった。大きくなって自分がどれだけ酷いことをしてきたか気づいた癖に今更謝罪なんてと思って謝ることもできなかったんだ。それでなぁなぁにしていたら母さんが事故にあって植物人間になった」


 かなえは俺の話を静かに聞いてくれていた。


「母さんが植物人間になってから父さんが家を出て行った時のことを夢でよく見るようになったんだ。多分これは俺の罪を自分で忘れないようにって戒めで見ているんだと思う。ほんっと、俺みたいなやつが悲劇の主人公ぶってるのが一番ダメだよな」

「そんな事ないよ。辛さに大きいも小さいもないし誰だって自分の大切な人がそんなことになったら暗い顔になっても当然だよ。こんなことを無理やり聞き出した私が一番ダメな人間だよ」

「そんな事ない。俺は自分の意思でかなえにこの話をしたし、実際に話してみてスッキリしたんだ。それに、俺はかなえの話を聞いたからくよくよしてられないって吹っ切れることができたんだ。だからかなえには感謝をすることはあれど負の感情を抱くことはないよ」


 俺がそう言うと少しかなえの顔が赤くなったように感じた。次の瞬間もうすぐ到着のアナウンスが流れてかなえは顔を背けるように席から立ち上がった。


 俺も急いでその後を追いかけるがかなえが目を合わせてくれなくなり何か嫌われるようなことをしたか過去の言動を思い返していた。


「あっ、これ!」


 そう言って店の中に入って行くかなえを見て現実に引き戻されると俺もそれについて行った。


「へぇー、まだ連載してたんだこの漫画!父さんが昔買ってたのを読んだ以来だよ!」

「そうだね、今年で25年だっけ?もう後5年くらいで作者が終わるって言ってたけど本当に終わるのか?とは思うけどね」


 そんなこんなで本を見て回った後は色々な店を見て最近の流行りなどをかなえに教えてあげたりした。かなえ自身最近の事については疎いらしくすごく珍しいものでも見るような目で色んなものに食いついていた。


「そろそろ行くか」

「行くってどこに?」

「カラオケだよ!やっぱり夜遊びといえばこれは外せないだろ!」


 そう言って店の外に出た頃にはとっくに7時を回っていて冬のイルミネーションが綺麗だった。


「綺麗…」

「だよな。俺もこれを始めてみたときは興奮してそこらへんを走り回っていたし」


 周りを見てみるとカップルが多くみんなこのイルミネーションを楽しんでいるようだった。

 俺とかなえもそんな風に見られているのだろうか?

 そう考えると途端に恥ずかしくなってきた。


「よし、カラオケ店についたな」


 部屋はほとんどが埋まっていたが運良く一つだけ空いていたのでそこに入れてもらえる事になった。高校生は夜10時までと言う決まりがあるので仕方なく10時までドリンクバー付きのフリータイムで部屋を借りる事にした。あらかじめ俺はコーラ、かなえはメロンソーダを入れてから部屋に入った。


「まずは私から行くね!」


 ここでもかなえは積極的に来て我先にと曲を選択した。

 曲が始まると俺は口に含んでいたコーラを吹き出した。


「いや、なんでこの曲なんだよ」


 かなえが一番に入れた曲、それは『君が代』だった。


「やっぱり日本国民たるもの国家を最初に歌うのは当然でしょ!ほら!冬木くんもマイクを持って!」


 何が楽しくて国家をカラオケで歌わなければならんのか⁉︎男友達とふざけあって歌うならまだ分かる。しかし、女の子と2人きりと言うシチュエーションで歌うなんてどう考えてもおかしいだろ!


 しかし結局はかなえの勢いにゴリ押されて俺も一緒に歌っていた。


 そんなこんなでかなえに振り回されつつも10時になったので部屋を追い出された。


「あー、楽しかったなー」

「俺は疲れたけどな!それにかなえが昔の曲ばっかり歌うから俺は全然わからなかったんだが?」

「私がまともに曲を聞いてたのは5歳までだよ!それ以降の曲なんて知ってるはずがないじゃん」


 そう言われると申し訳なくなってくるがかなえ自身は気にしてなさそうだしこの楽しい雰囲気を壊したくなかったからこれ以上は何も言わなかった。


「ご飯でも食べに行こう。今日は俺が奢るよ」

「やったー!叙々苑!」

「お前は遠慮って言葉を覚えろよ!」

「ふふん!せっかく奢ってくれるって言うなら贅沢しとかないと!」

「高校生に払える金額を提示してくれ。どう考えてもそれは無理だろ」

「むっ、仕方ないな。なら、ラーメンで!」


 まったく。カラオケに行ってからかなえが俺に対する遠慮というものがどんどんなくなってきて文哉達とのやりとりみたいになってきている現実から目を背けたくなった。でも、まぁ、こういうのも悪くないな。


「私ラーメン初めて食べるんだ」

「えっ、そうなのか?」

「うーん。インスタント麺は親戚の家に移って以降毎日食べさせられてたから一概に初めてとはいえないけどお店のラーメンは初めてなんだ!」


 こういうえげつない話も時々ぶっ込んでくるからあいつらより疲れるんだけどな。


「なら特別うまいラーメン食わせてやるよ」


 そう言ってカラオケ店と同じ建物にあるちょっと高めのラーメン屋に入ると席がいっぱいだったこともあり少し待たされた。


 そこで俺はここの店の名物である一杯二千円以上するチャーシュー麺を勧めたが、かなえにはそんなもの眼中になく、なんと1時間以内に全部食べ切れたら無料と書いてあるポスターに釘付けだった。


「まさか…お前…」

「店長!これお願いします!」

「マジかよ…」


 俺が呆れながら自分の文を注文して周りを見てみると、店員はおろか客までもがかなえの事を『こいつマジかよ』と言った様子で見つめていた。


「かなえ、食事制限とか今更だけど大丈夫なのか?」

「えっ、ダメに決まってるじゃん。でもどうせ死ぬんだし今日はやりたい事をやって食べたいものを食べる!」


 俺としてはかなえに長生きして欲しいしちゃんと食事制限は守って欲しいがかなえが食べたいというのに無理やり辞めさせるのも気が引けてその狭間で迷っていた。


 というかいつの間に俺はかなえに長生きして欲しいなんて思ったんだ?それにさっきこういうのも悪くないなって思うようになってたし、一緒に歩いていた時も恥ずかしくなって……


 そこまで考えて俺はこの気持ちがなんなのか理解してしまった。


 ばっかじゃねえのか!俺!かなえは病人でもうすぐ死ぬかもしれないんだぞ!それなのに好きになるなんて!


 そんなことを考えているとかなえの元に俺のラーメンの十倍はあるんじゃないかというようなラーメンが運ばれてきた。


「うっそだろ。こんなん食えるわけ」


 俺はそのラーメンを見てそんな感想を抱く。


「いっただっきまーす!」


 しかしかなえは嬉々とした様子でそれを食べ始めた。俺はまぁ、かなえがそれでいいんならもういいやと思い自分のラーメンを食べ始めた。俺が食べ終わってかなえの方に目を向けてみると既に空になっているドでかい皿があった。


「かっ、完食です!」


 店員も驚いた様子だったがかなえはケロッとしていたのがこれまた恐ろしい。


 腹も満たされて一緒に歩いていると先ほどよりも本格的になったイルミネーションが見えた。


「さっきよりも綺麗…」

「だな。こんな時間までここに残ったことがなかったしここまで綺麗なイルミネーションは初めて見た」


 俺とかなえははイルミネーションを見てそれぞれの感想を述べて夢中になっていた。


「一緒に写真撮ろうよ!」


 かなえのその一言で現実に引き戻されると少し頰を赤くしながら俺は『あぁ』っと答えていた。


 通りすがりの人に頼んで一緒に一番デカイ木に巻きつけられたイルミネーションで写真を撮ってもらった。


「すごい!すごいよ!冬木くん!こんな綺麗な写真が撮れたんだよ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでいるかなえはすごく可愛かった。

 そんな感想を持っていた俺の鼻先に何か冷たいものが当たった気がした。


「これは…」


 空を見上げてみるとハラハラと雪が降ってきていた。イルミネーションの光に反射されて雪が七色に輝き普通の雪よりもより綺麗に見えた。


「こんなの初めて見た」


 かなえの方も驚いているようですごく楽しそうだった。俺はそんなかなえを見ながら意を決した。


「あのさ、かなえ」

「どうかしたの?」

「かなえに伝えたいことがあるんだ」


 そういうとかなえは緊張したようにこちらに向き直った。


「俺はかなえのことが好きだ!あったばかりで何言ってんだこいつって思うかもしれないし、かなえが病気だってことも分かってる。でも俺はかなえが好きだ!ほんの少しの間俺もかなえの背負っている運命を一緒に背負いたい!だから俺と付き合って欲しい」


 俺の告白にかなえは顔を真っ赤に染めていた。


「やっぱりダメ?だよな」

「すごく嬉しいよ」

「じゃっ、じゃあ!」

「ごめんね。私には一緒に背負ってもらう時間もないみたい」


 次の瞬間かなえはその場に倒れた。

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