エピローグ❸


目黒 修:「僕の名前は、目黒修です」


貴方:「っ!!」


貴方はものすごい勢いで記憶の引き出しを開け、男の名前と一致する記憶を見つけ出した。


貴方:「あ、あなたは……」


貴方は自分が2年前に接客をした若い男女の記憶が蘇る。


仲睦まじく、『ようやく結婚できるんです』と言っていた幸せそうな2人を思い出し、目の前の男と同一人物だと分かった貴方の心臓は、口から飛び出そうなほど大きく跳ね上がった。


貴方は一歩、震える脚で後退る。


貴方:「お、奥様は……あ、あの人も殺したのね……」


貴方はまた一歩、男から離れる。


男は貴方の様子を静かに見つめるだけで、追い掛けては来なかった。


目黒 修:「それを貴方に教える必要はありません。それより、僕の事思い出してくれたみたいですね」


男はまたこの場に不釣り合いな優しい笑顔を浮かべた。


男は貴方の事を知っている。


接客をした事は間違いではないのだから『この男は私の名前を知っている』と確信した。


高額な商品を購入する契約書には支払い者のサインと担当スタッフの名前を記入する必要がある。


お客様控えを男に渡しているのだから、貴方の名前が『後藤百合子』だという事を男は知っているはずだった。


後藤 百合子:「わ、私を……どうする気よ……」


担当スタッフとしてサインした名前を忘れてしまっているのか?


……いや、そんなはずはない。


男は名前を知っていて、この不毛なやり取りを楽しんでいるのだ。


目黒 修:「貴方は僕の作品になって、コレクションに加わるんです」


作品とは何を指し、コレクションとは何のことなのか。


そのままの意味なのか、比喩なのかは理解できなかったが、貴方は‟死”を直感した。


男が一歩、開けた扉の所から部屋の中へ踏み込んできた。


後藤 百合子:「イヤッ! 来ないでっ!!」


貴方はゆっくりと近付いてくる男に背を向け、部屋の奥に駆け出した。


貴方は壁に手を付いて振り返ると、男は急ぐ様子もなく一歩一歩、貴方を見つめながら近付いて来ていた。


貴方:「ひぃっ!!」


貴方は美しいと褒められた顔を恐怖に歪め、男から逃れるための手段を探した。


部屋を見回すと、男が先ほどまで寄り掛かっていた扉が開け放たれたままだった。


貴方は唯一の逃げ道を見つけ、勢いよく駆け出した。


迫り来る男を突き飛ばし「やった!」と貴方は思った。


そのまま貴方は一目散で扉に向かった。


そんな貴方の後姿を見つめて、男がニヤリと笑っている事も知らずに。


貴方が肝心なことを忘れていたからだ。


貴方のストッキングに包まれた右足首には、この部屋の床と繋がる足枷が付けられている。


床と足枷を繋ぐ鎖の長さは、あと一歩の所で扉に届かないのだ。


後藤 百合子:「きゃあッ!?」


貴方は希望の光にも見えた扉の目の前で鎖が伸び切り、勢いよく転んでしまった。


足枷が食い込み、擦れたせいで足首に痛みが走る。


目黒 修:「だから出られないって言ったじゃないですか」


呆れたように笑う男の声が降り掛かると同時に、貴方は背中に恐怖と重みを感じた。


男が貴方の背中に馬乗りになったのだ。


強い力で肩を床に押し付けられ、貴方は起き上がる事が出来なかった。


貴方:「イヤッ! やめてッ!!」


必死に体を揺らし、脚を動かして抵抗する。


目黒 修:「暴れないでください」


男は更に強い力で貴方の肩を押え付け、上半身の動きを封じた。


後藤 百合子:「やめっ……!」


貴方は首の圧迫感に顔を歪める。


男がタオルを使って貴方の首を絞めているのだ。


気道が塞がり、呼吸ができなくなる。


後藤 百合子:「うっ……ぐえ……うぐっ……」


美しかった貴方からは不釣り合いな呻き声が漏れる。


目黒 修:「貴方の美しさを保存するためには必要なことなんです」


貴方の首を絞めている男の声は落ち着いていた。


貴方は初めて自分の容姿の美しさを恨んだ。


こんな短い人生になるなら、 ありきたりな容姿で平凡な毎日を送りたかった。


神様はこの男の生贄にするために、私を美しく創り上げたのだろうか。


貴方はいつも褒められる容姿を大切にしてきたが、これほどまで手放したいと強く思ったのは初めてだった。


目黒 修:「人は美しい”者”を見つけると、自分のものにしたくなりますよね」


更に酸素を取り込めなくなった貴方は、だんだんと意識が途切れていくのを感じ始めた。


目黒 修:「僕は自分のものにしたいから、手に入れているだけです」


眠気にも似た瞼の重さに耐えられなくなり、貴方は完全に瞼を閉じた。


貴方の心臓は完全に停止してしまったのだ。


男は死体になった貴方を見下ろし、顔に掛かった邪魔な髪を払う。


目黒 修:「欲しくて欲しくて、 我慢が出来なかったんです。これからも僕は、美しい女をコレクションしますよ」



END


続編【人こそ美味】も投稿予定です。

目黒修と栞との間に生まれた子供が主人公の物語です。


今後投稿(移行)予定の作品は以下のとおりです。

【人こそ美味】

【血だまりの少女】ホラゲ風

【心霊写真】ホラゲ風

【ブラッディ トゥ ナイト】復讐系


【RebounD】に関しては未完状態なので今のところ予定はないですが、いずれ公開したいなと考えております。

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人こそ芸術 月桜しおり @Shiori_Tsukasa

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