学習塾、というものが存在しないこの町では、進学を目指すのならば、学校での特別講習、もしくは、図書館での自主学習に、心血をそそぐしかない。


 夏が過ぎれば、ぼくも彼女も、そして彼も、受験勉強へと吸い込まれていくだろう。その、青春における、突然、いや必然ともいえる気候の変動は、ぼくたちに、どのような作用、反作用、コペルニクス的な転回を被らせるのだろう。期待できるほどのものでは、ない、かもしれないけれど、――だれにとっても。


 そう、それは、清冽せいれつな泉へと贋作がんさく掛軸かけじくを投げ入れたときに、偽物ほど尊いものはないと忽然こつぜんと気づくことだ、――見知らぬ小鳥のさえずりのなかに、愚かなる者の詠う詩が、公然の了解の上で黙殺されているのを、知ることだ。


 孤独、――それは、反論を許されない空間に放り込まれた弁舌たくましい英雄が、哲学者に転向するように強いられ、極めて抽象的な思考のなかへと自閉し、厭世のたもとに溺れることをいうのだろう、きっと。そう思えばこそ、いま、ぼくがここにいるということに、根拠が与えられる。


 彼女に目線を投げた、――遠くの海に、稲妻が走った。教室の電灯が消えた。未来のぼくが、いまのぼくを双眼鏡で見ているような気がした、一瞬間だけ。


 そういえば、装丁が廃れた本を捨てた或る日の夜、ぼくに、オトナというものが憑依したような気がしたことがある。しかし次の日の朝、ぼくはまだ、オトナではないのだと思い直した。起きたときには、ごみ箱のなかがまっさらになっていたのだから。


 散弾銃を解体するときの要領で、思春期の欲望を分解していけば、それを構成しているものが、著作権の切れた作者不明の物語の二次創作に過ぎないと知る、――ぼくは、そう教えられてきた。文学、及び、詩的なものに。なにより、その、或る日の夜の次の日の朝に。


   ――――――

 

 ガレージの、タイヤの塔によりかかる、傘、傘、傘、傘……、コンクリートは、黒ずんでいく。


《ザザッ、ザー、ドン、ドデン、ドコドン、ザァー、ザッ》


 宛先は、ぼく。差出人は、未来のぼく。手紙には一文だけ、……迷宮を俯瞰ふかんすれば、蟻の巣、そこは、帰るべき場所、……こうした警句は、ぼくが、優れたものも秀でたものも、ほんとうは、劣等感さえも持っていない、ということを言い当てている。


 ぼくはもう、彼女の一挙手一投足を、意識することが、つらい。


 どうか、ぼくを、文鎮ぶんちんのようなもので、中空へ吊してください。ぼくは、消しゴムで絵を描く青春を送ることができれば、それでよいのです。

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祭囃子 紫鳥コウ @Smilitary

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