目を閉じると、太鼓の音、鐘の音、――彼女の声音が、血流に残響しているのを感じる。まだ、叶わぬ恋を、叶えたいと望んでしまう。どうして、彼女を好きになってしまったのだろう。機械的目的論と文学的な比喩の化合物により再生産される、青春というもののなかで。


 青春とは、叶わぬ恋の量産を命ずる司令官であり、普遍的真理に基づく秩序を超越した観念の世界へと誘う預言者であり、必ず打ち斃される宿命にある悲劇的な実存でもある、――そう教えられてきた。


 幼い思想を、飛躍した思考回路から導きだす、バベルの塔の頂に旗を立てて、風を切り裂いて振る、――どうしてなのだろう、ぼくは、史的事実からの摘出ではなく、英雄譚からの引用に拠る革命を愛しすぎている。


 彼女の右手と、ぼくの左手が、初夏に、結びあうこと、――妖が渦を巻いた熱帯雨林が、突然、神妙な光明に包まれ、白砂糖の驟雨が、心地よい悲しみの種を撒き散らすということ。


 海岸の堤防で、彼女の横に座り、うすら冷たい潮風に愛撫されること、――ある対象aの辞書的な定義が、ペシミストによる捏造であるかどうかを巡る、淫靡なる教義の解釈の論争とは裏腹に、焼却炉に咲いた氷柱の香りが、濃い霧の町の静謐に凪ぎ、安らかに眠るということ。


 王の城の塔の上から眺める、城壁の向こうの平原が、夕陽に赤く照り輝き、長旅をしている風が、あの日の乳母の子守唄に涙を流す。死の栄光を明日に控える、――なのに、ああ、なんで、生きているという悦びは、妖艶な蝶が月夜で囁く古代の王宮の逸事奇談に耽溺するのとは違い、肌が灼けるほどの眩い砂浜で、ぼくに、燦爛とした恍惚を孵化するように強いるのだろうか。


《ドン、ドデン、ドコドン、ドコドコドコドコ、ドン、カン、ドコドコドコドコドン、カンカン、……》


 ぼくたちの叩く鐘の音に導かれながら、子供たちは、その歳に応じて振り分けられた太鼓の型を打つ。彼女は、ガレージの隅で、暇を持て余した子供たちと、笑いながら、なにかを話している。


 タイヤの上に置かれた、バチを入れる灰色の巾着袋の下に、来る祭りの当日の予定を書いた紙が重ねられている。そう、眠りこけている、と同時に、熟考している。理性は、夢のなかでは、妙なる踊り子、――夢からさめれば、爪のあいだで蠢動する、欲望。


 彼女の弟が、勢いよく夜へと呑まれていった。また明日、――そう言ったのは、ぼくではない、あのひと。ああ、きっと、眠りから覚めたいま、爪の下の皮膚が、赤く腫れているにちがいない。……

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