私の周りは特殊な人たちが多すぎる

水瀬真白

第1話

 「んぁ…、ゆめ……?」


 瞼をゆっくりと開き、あたりを見渡す。

 通い慣れた市立図書館。目の前には高校一年で学んだ一年分の総復習の春休みの課題。

 スマホで時間を見ると……十分くらい寝ていたらしい。

 次いで妹からのメッセージを見る。帰りに買い物をしてほしいらしい。なら、課題は終わったし、買い物していくか。

 鞄に課題のプリントにペンケースを入れて図書館の廊下を歩いていく。


 にしても面白い夢を見た。まさか私があんな夢を見るとは。

 夢の内容ははっきりと覚えている。

 私がライトノベルの主人公のように勇者になる夢だった。


 いきなり召喚されて、王様や神官、魔法使いたちから「この世界をお救いください」と言われ、帰りたくても魔王を倒した報酬に伝説の聖剣に願いを言うしかないと言われた時、聖剣を折ってやろうと思った。

 何はともあれ、勇者になった私は聖剣を使いこなせるように特訓を始めた。

 ここでまた面白いのが、夢の私は強く、普通は一ヵ月かかる特訓を僅か一週間で使いこなせてしまったのだった。


 そのため前倒しで私は仲間たちと一緒に魔王を倒す旅に出た。

 仲間は召喚国一の剣の使い手の騎士団長(二十八歳・男)、宮廷筆頭魔法使い(二十一歳・男)、光魔法のエキスパートの第三王女(十六歳)で、襲いかかってくる魔族を倒し(素手)、途中では伝説の聖獣を助けて仲間にして四人と一体で旅をした。


 正直、襲いかかってくる魔族なんかより恋愛の方が記憶に残っている。

 王女は騎士団長に想いを寄せていて、よく旅の道中恋バナをして、私なりにアドバイスをして進まない二人の関係にヤキモキした。

 やっと進んだと思ったら魔王の側近の四天王の一人(笑)が襲撃してきて、腹立ったから腹パンを食らわせてやった。


 また、魔法使いは魔法使いで拗らせていた。

 子爵家の三男として産まれた魔法使いは隣の領地の幼馴染の公爵令嬢と両想いだったが、身分差が邪魔して婚約出来ず、死に物狂いで努力して現在の地位を手に入れたらしい。

 なのに公爵は二人を認めず、資産が大量にある年老いた公爵の後妻になるように勝手に婚約したというのだ。

 今回、魔王を討伐したら功労者は王様が願いを一つ叶えると言ったため、これが最後のチャンスで志願したらしい。

 死んだら彼女も後を追うと言っているようだ。


 そんなこと聞いてしまったら協力するしかない。だから魔法使いには公爵令嬢に手紙を書くように言って自身を、彼女を鼓舞させた。

 そんな時に二人目の四天王(笑)が襲撃してきたので腹立ったため腹パン二発と往復ビンタして倒した。


 気づけば何やら仲間意識がすごい芽生えていて、私たちは魔王城へ乗り込んだ。

 残る四天王(笑)二人も瞬殺、一族経営の魔王とは激しい戦闘を繰り広げたものの、仲間たちの協力もあって見事魔王に勝利し、魔法による契約書で二度と悪さ出来ないようにして、無事に魔王職を失業させた。

 今頃、きちんとした職で慎ましやかに生活しているはずだ。

 こうして前回の勇者一行が三年かけた魔王討伐を、三ヵ月で終わらせることに成功した。


 その後、王女は騎士団長と、魔法使いは公爵令嬢と無事婚約した。

 二組の結婚を見届け、私は聖剣に元の世界に帰ることを願った。

 聖剣には(正確には聖剣に宿る精霊)「惜しい人材だからここにいてほしい」と言われたが、依頼はやり遂げた。帰ると言った。私にも元の世界で恋人がいるんだ。

 王女と魔法使いには「女の子が産まれたら貴女と同じチサキと名付ける」と言われ、嬉しくて王女に抱きついて別れたのだった。



 ……話が長くなった。とりあえず、十分の夢にしては濃厚な夢だった。

 そして図書館から出ると立ち止まってしまった。

 目の前には真っ白な大型犬――ではなく、狼がいた。


「……タロー?」


 そんなはずない。あれは夢なのだから。

 しかし、私が名前を呼ぶと「わんっ」鳴いた。犬か。伝説の聖獣だろう。

 そしてその狼は私の前にお座りをした。


「どうして…夢ではないの…?」

『夢ではない、主よ』


 声がする。タローの声だ。なんで。


「なんで…ここに…」

『主がいない世界はつまらない。よって、主についてきた』


 そう狼は言った。




 ***




「お母さん、行ってきます」

「行ってきますー!」

「気を付けるのよー。あっ! 未海みうな、お弁当忘れてる!」

「あっ! ごめんなさいー!!」


 靴を履いて一つ下の妹を門で待つ。

 すると私を見つけた大きな狼はドッグフードを食べるのを止め、私のもとへやって来て尻尾をふる。


「よしよし。タロー、良い子にするんだよ」

「あっ、タロー、おはよう!」


 妹が声をかけると「わんっ」と鳴く。


「良い子にしてるんだよー」

「未海、遅刻するよ」

「はーい! お姉ちゃん!」


 笹本千咲ささもとちさき、私立藤咲高校に通う二年生だ。


 どうやら、夢と思っていたものは夢ではなかったらしい。

 タローはとりあえず「困っているところを助けたらなつかれた」と言った。嘘ではない。

 どうしようかと言ったらマイエンジェルの未海が飼おうと言い、タローは野良犬にならずに済んだ。いや、野良犬になったら迷惑だから考えたけど。

 それにしてもうちの家族はなんとも思わないのか。いきなり大型犬を飼おうだなんて。

 初めての予防接種はタローにとって魔王との戦闘よりも苦痛だったようだ。


「おっはよー、千咲! 未海ちゃん」

裕太ゆうた君! おはよ!」

「未海ちゃんうちの制服かわいいね。似合ってるよ」

「えへへ、ありがとう」

「未海に近づかないで」


 ぎろり、と幼馴染を睨む。


「んだよー。相変わらずのシスコンだなぁ」

「シスコンで何が悪いの」

「はいはい。…で、千咲様~春休みの課題は…」

「それくらい自分でやれば? はぁっ…去年一年は大変だったわ。あんたと同じクラスになって、おばさんから勉強頼まれて。今年は違うクラスだろうし、よかったわ」


 まぁちゃんとお小遣いは貰っているが。

 しかし、今日はクラス替え。一学年八クラスのため、確率は低い。


「いや~ではまた同じクラスだぜ?」

「……はっ?」

「なんなら去年一緒にいた綾瀬たちと皆、な?」


 そんなことない…といえたらどれだけいいか。

 しかし、こいつが言うから不安だ。

 彼の名は朝比奈裕太あさひなゆうた。私たち笹本姉妹の幼馴染で、私と同じ年の彼は――超能力者だ。

 第六感が発達していて、彼の勘は結構当たる。

 また、物を浮かすことが出来る念能力者でもあり、昔はその力を制御出来ずに裕太の両親は困っていた。

 ばれたら息子は研究所に連れていかれて二度と会えなくなる――そう思っていた彼の両親は何度も彼に力を使ってはダメと教えていた。

 しかし、幼稚園児に言っても無駄で、裕太は少しのことで無意識に力を使おうとしていた。

 その見張り役が私だった。

 きっかけは裕太の力を知っていた私が、泣きわめいて力を使ってしまった裕太に「ばれたらおじさんおばさんに二度と会えなくなる! 研究所に行ったらチョコレート食べられなくなるし、に五色レンジャーになれなくなるよ!!」と言って力を止めたことで任命された。

 それから小・中・高まで一緒である。


「頼むよ~千咲様~! このとおり!」


 手を合わせてお願いする幼馴染。どうせサッカーバカだから春休みはサッカーに明け暮れていたんだろう。ちなみに今は能力はちゃんと操れているため、試合で能力など使っていない。


「…今度ドーナツ私と未海に買ってね」

「ありがとう!」

「お姉ちゃん…私は別に…」

「あら未海、貰えるものは貰わないと」


 そもそも自分でしない裕太が悪い。




 ***




「………」


 裕太の言う通りになった。私と裕太の友人、全員同じクラスとは。

 とりあえず、教室に向かう。


「おはよう千咲! 一緒のクラスだね!」

星奈せいな、おはよう」

「ソフィーと一緒なのは嫌だけど!」

「あらぁ、それはわたくしの台詞ですわ」

「げぇっ! ソフィー!」


 私に挨拶してきたのは綾瀬星奈あやせせいな。明るくて元気なムードーメーカーな女の子だか――彼女はあやかし退治を家業とする陰陽師だ。

 正確には見習い陰陽師で、実家は陰陽師の家系で、今はまだ修行の身らしい。


「おはよう、ソフィー」

「おはようございますわ、千咲」


 お嬢様言葉で返してきたのは川澄かわすみソフィー。名前の通り、ハーフで、金髪に赤い瞳を持つ美少女で川澄グループの令嬢で、読者モデルもしている。

 そして、彼女の正体は――ハーフヴァンパイアだ。

 川澄グループの当主であり、ヴァンパイアハンターの父とヴァンパイア貴族の母の間に産まれた一人娘がソフィーらしい。

 そのため、半分ヴァンパイアの血が入っているソフィーは太陽と、これは本人の問題だがスポーツが苦手だ。


 なぜ星奈とソフィーのことをそこまで知っているかと言うと、二人が私に打ち明けてきたのだ。いや、なんでさ。

 勿論、二人も互いの家系を知っているため、微妙に違っているものの、仲が悪い。


「千咲! 今年も一緒の委員しようね! 今年は二人で!!」

「退いてくださる? ねぇ、千咲。今年も一緒の委員しましょうね。勿論、二人で」

「はぁー? 千咲は私とするの!」

「わたくしとです!!」


 こういうときは入らないのが良いって去年一年で知った。


「ほらほら、やっぱり俺の勘通りになった!」

「裕太」


 裕太が後ろに友人二人つれてくる。


「笹本さん、今年もソフィーお嬢様をよろしくお願いします」

「あっー…三条君。同級生なんだからそんな堅苦しくなくていいよ」

「では、そうします」


 私にソフィーのことを頼んできたのは三条司さんじょうつかさ。彼の正体は狼男。満月の夜だけ狼になるらしく、ソフィーと対照的な銀髪で、クールで妖艶で女子の人気だ。本人はソフィー一筋だけど。


「笹本さん、これからまた一年、よろしくね」

「山田君! うんうん! よろしくね!」


 ニコっと笑うのは山田洋太やまだようた。この周りが特殊な人だらけの中で唯一私と同じ平凡な一般ピープルだ。眼鏡をかけていて大人しくて、地味だけど優しくて良い子だ。


「おーい、お前ら席につけ」


 先生が入ってきたが、内心げっ、としてしまう。

 担任は去年もクラス担任だったデイビット・クロマージュ先生。教科は物理で、どうやら天才科学者で悪の組織から逃げているらしい。なんでそんなの知ってるのかって? 色々あったのだ。


 デイビット先生が簡単なホームルームを開き、委員会を決め、一学期の行事を話して終わった。なお、委員会は私と星奈、ソフィーの三人同じものになった。


「千咲、今日は先輩と?」

「そう。今日は一緒に帰れるみたい。ごめんね星奈」

「いいよいいよ。久しぶりなんでしょう? 会うの」

「うん。春休みは一回だけしか会えてないから」


 仕方ないと分かっている。先輩も受験生になるし、他にも忙しいし。


「じゃあまた明日、星奈、ソフィー」

「また明日」

「さようなら」


 二人にバイバイして廊下を歩いていると、スマホに通知音が鳴る。


「先輩から…?」


 内容を見るとはぁっ、と溜め息が出る。

 内容は急な予定で一緒に帰れないとのこと。


「どうするかな…」


 一人空を見ながら呟いた。




 ***




「はぁっ…はぁっ……いないかぁ…」


 少年は待ち合わせ場所に訪れたものの、少女がいないことに落胆する。


「当然だよな…急にドタキャンしたんだから」


 急な予定が入ったから彼女にはあらかじめ一緒に帰れないと伝えていた。でももしかしたら勉強して時間を潰して待っていてくれるかも、と淡い期待を寄せていた。

 だが実際はそこに彼女はおらず、そこのとに少年は落ち込みながら踵を返す。


「はぁっ……帰るか……」

「――先輩」

「――――」


 聞き覚えのある声に少年は振り替える。

 そこにいたのは、彼の大好きな彼女だった。




 ***




「先輩」

「……千咲、なんで……」

「待ってたらダメなんですか? 先輩なら予定が終われば待ち合わせ場所に来てくれるって信じてましたから」


 そう言ってニコっと笑う。すると先輩に抱き締められる。


「ごめん…! 急な用事で…! ホントにごめん…!」

「いいですよ。先輩、お人好しですからどうせまた誰かに助けを求められたんでしょう?」


 びくっ、と震える先輩にクスクス笑う。先輩、隠しきれていると思っているけど、私、知っているんですよ。


 先輩の名前は永山春人ながやまはると。この人は正義の味方だ。


 去年の夏、学校の帰り、私は変な怪人に襲われそうになった。

 私の他にも何人かが襲われそうになって、母親と迷子になっていた子どもを助けてその怪人から逃げていた。

 だけど子どもを抱えて逃げているため、逃げ遅れてここまでか、と私は子どもを抱き締めて強く目を瞑った。

 その時、私たちを助けてくれたのが、先輩――が変身した朝番組で見るような正義のヒーローだった。

 正直、決して強いとは言えない。怪我をたくさんするし、頼りないところもある。

 でも、何度自分が傷ついても立ち上がるところは尊敬する。


 その怪人を倒した後、私は追いかけて先輩を見つけた。

 怪我をしていて、治すことが出来ないけど、声をかけて持っている絆創膏を頬に貼った。


 その翌朝、私は先輩に校門で大声で告白されて、私はOKした。


「春人先輩、帰りましょう? 今日の分はまた今度払ってもらいますからね?」

「…ああ。必ず、時間を作るよ」

「はい、よろしくお願いします!」


 私は平凡な女子高生なのに、なぜか私の周りは特殊な人が多い。

 でも、何があっても私はこの人の隣に居続けたいと願うのだ。






 ――千咲は気付いていない。

 自身だって普通は三年かかる魔王討伐を僅か三ヵ月でこなしたことを。

 そして、彼女が勝手に親近感を持っている山田洋太は数少ない第一級ヒーローの一人だと知るのは、もう少し先のこと。


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