第32話 エピローグ
「すみのえの―」
タンッと畳を叩く乾いた音が部室に響き渡った。その瞬間、勝負は決まった。都築は読み札を置き、目の前の光景に微笑んだ。
鹿音の前に、古松が自陣の札を差し出す。それが最後の1枚だった。
「「ありがとうございました」」
相手に一礼、そして読手に一礼。面を上げた古松の表情は、この日の青空のように晴れやかだ。
「鹿音先輩卒業おめでとう&大学でも頑張ってね」会は、波乱万丈ありつつもカルタ部らしく楽しく穏やかに幕を閉じた。
♢
「まさか鹿音先輩と古松くんが付き合うことになるなんて」
窓辺にもたれ、並んで歩く初々しい2人を眺めながら、暁が感慨深げに呟いた。2人から少し離れて、一年生ズがヒソヒソしながら跡をつけている。
都築は部室の戸締まりをしながら、暁をちらりと見やった。
「一緒に行かなくて良かったのか?」
「うん。後でいく」
学生だけでカラオケに行くらしい。暁は都築の戸締まりを手伝うと言って、部室に残っていた。その割には、全く手伝う気配はなく、ずっと窓の外を眺めているだけだが。
都築は暁を手で払うようにした。
「もうそこの窓だけだ」
暁は聞こえていないのか、外に目を向けたまま、たそがれている。
「まさかオレとかぐやちゃんが付き合ってるなんて、誰も思ってないだろうなぁ」
「付き合ってないぞ」
「えぇっ?!」
ようやく暁が都築の方を振り向いた。その焦りようがおかしくて、都築は思わず吹き出した。暁が駆け寄ってくる。肩をがっしり掴まれた。
「好き同士なんだから付き合ってるでしょ」
「好きだとは言ったが、付き合うとは言っていない。さすがに生徒とは付き合えない」
暁が頬を膨らます。
「じゃあ、オレが卒業したら付き合ってくれるってことだよね」
「それまでおまえの気持ちが変わらなければな」
暁の胸に手を当て、ゆっくり突き離す。暁は一瞬きょとんとしたが、すぐに口元を緩ませた。
「「それまでかぐやちゃんの気持ちが変わらなければ」じゃないんだね」
「なっ!」
暁が都築の手を取り、手の甲に口付けた。その瞬間、都築は腰が砕けそうになった。これしきのことで情けない。都築のプライドはズタズタになった。恨みがましく暁を睨む。
「学校でベタベタするな!」
「オレ、大丈夫。今までずっと思い続けてたんだから。あと1年なんて、すぐだよ」
「そうか…」
「そうだよ」
そう言って、ニコッと笑いかけてくる暁の眩しさに目が眩みそうになる。そして、そんな暁が、これからも都築のことを思い続けてくれるらしい。
「ねぇ、かぐやちゃん」
「…何だ」
「両思いならキスくらいは…良いよね?」
「…普通は良くない」
「普通じゃないなら?」
暁の色素の薄い茶色の瞳に吸い込まれていく。感情を無くさせる天の羽衣。そんなものがあったのだから、理性を無くさせる宝だってあるのかもしれない。
口が勝手に動いてしまう。
「普通じゃないなら良い。キスしても良い」
見つめ合う暁の背が伸びたことに、いまさら気付く。初めて会ったときは、都築と同じくらいだったのに。きっと暁はすぐに大人になる。それが、とても待ち遠しい。
もう少しで2人の唇が重なる。その時だった。激しい音とともに部室の戸が勢いよく開いた。
「カグヤちゃん、キララ、スランプなの〜。えのモデルになって……あれ、キョウちゃん? フタリでなにしてる? キララもいっしょする〜!」
「キララぁ…」
暁ががくりと項垂れた。都築は思わず吹き出した。そのまま可笑しくなって声を出して笑い続けた。暁は恨めしそうにしていたが、結局釣られて笑い出した。金色のキララだけが不思議そうに、しかし、楽しそうに視線をキョロキョロさせていた。
都築はカルタの札を手に取った。
「坊主めくりでどうかな」
暁がふふっと笑う。
「おっ、いいねぇ」
「イイネ〜イイネ〜」
ここに来た当初の目的を忘れて、キララもすっかりその気になっている。
1年なんて、きっとあっという間だ。
今はただ、好きな人の隣にいられる日々に感謝して生きていきたい。
暁と目が合った。笑いかけてきた暁に、都築はニコッと笑い返す。
2人の物語は始まったばかりだ。
かぐや姫と月見荘 イツミキトテカ @itsumiki
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