空への助走
オマジナイの文字を賞状に重ねる。
この文字が消えてしまったら夏も完全に終わってしまいそうで、余白にあの時間ごと写したかった。
戸田つばさの賞状なんて欲しくない。向井祈凛の賞状も見たくない。わがままだってわかってはいる。紙切れひとつで夏を終わらせないでよ。
嬉しいはずのことだから。笑っていないと。涙を
「向井さん、おめでとうこざいます」
声が震える。視界が霞んでいく。
「全助走対決は私の勝ちだね」
「そうですね。38とか急にどうしたんですか……私31ですよ」
「悔しくても泣かないの!」
手に持っていたタオルで顔をグシャグシャにされた。
悔しくて泣いているわけじゃない。目頭から涙が零れると同時に我慢していた想いも溢れる。
「もっと向井さんと跳びたかった。もっと一緒に話したかった! 短助走対決でも全助走対決でも私が勝てるまで居て欲しい。ずっとずっと向井さんと跳び続けたかった!!」
勝負に負けた悔しさもあります。それよりもっと、あなたに会えないことが嫌なんです。
「毎日泥だらけになって向井さんと跳ぶ練習が何よりも楽しかったんです!!」
タオルを暖かな涙が濡らしていく。
「なんで、なんで、ツバサちゃんが私よりも先に泣くの! 私、家に帰るまで泣かないって決めてたのに……反則デショ!」
向井さんはゴシゴシと腕で目元を拭った。
「私だってまだ跳びたいよ! かがみ跳びだけじゃなくて反り跳びが出来るようになっても、自己ベスト出しても、優勝しても足りないの! 未練しか無い。夏休みの毎日の走り込みも、秋の土手の坂ダッシュも、真冬の筋トレだって……ツバサちゃん!! あなたが居なかったら続いてない!! ツバサちゃんと跳びたいから、ツバサちゃんに会いたくて部活してたの!!」
「むかいさんのばかぁ」
タオルで顔が見えないことを良い事に、軽く拳を握って小突く。涙と鼻水と汗と土。誰よりも泥だらけで酷い顔をしてるから。ねぇ、向井さんも同じなんでしょ。
「ツバサちゃんに会えて3年間とっても楽しかった」
背中に手が回る。ギュッと身体が抱きしめられた。
なんてずるい人だ。楽しかったのはあなただけじゃないのに。
「向井さん、私の先輩になってくれてありがとう」
「こちらこそ私の後輩になってくれてありがとう」
お返しと言わんばかりに小突き返される。涙がまた溢れて止まらない。私の肩も濡れていく。
「向井さんに憧れて走幅跳始めて良かったです。幅の楽しさを教えてくれてありがとうございましたッ!」
向井がそっと腕を解く。真っ赤な瞳が交わった。手の甲で涙を拭い、つばさの濡れた頬を両手で包み込む。
ああ、熱い。身体を溶かすようにフツフツと。
「全助走対決、もう一度しよう。再来年、私とツバサちゃんが高校生になったら」
「はい!!」
夏は終わったけど、また巡る。
青い季節はすぐにやってくる。
「ここでまた会おう」
「ここでまた」
走り出したら止まれない。踏切板の向こう側を私たちは知ってしまったから。
──助走を始めようか。
私は。
私たちは。
──あの青い空を目指して飛ぶのだから。
お互いの右手のひらを掲げ、音高く重ねる。
「「次は『空』で会いましょう!」」
青 佐藤令都 @soosoo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます