18◆私の証明宣言

私は、あの時山貫さんに言われたことを後から父に聞いた。


「お父さん」

「何だ」

「わたしって、宮司になれないの…?」


その時、あの父が大きく表情を変えた。

目を見開いて、瞳をふるふると振るわせる。

その後、視線を逸らすように顔を下げ、目を隠すように頭を抱えると、「…誰に言われた」と問うた。


「えっと、やまぬきさん…」

「…そうか」


父は、暫く動かなかった。

私は、父がこのまま否定してくれないんじゃないかと心配だった。

今までの努力もあるし、何より私の人生の軸になっている大事な夢だ。ここで否定されたら、きっと大泣きしてしまう。嫌だ嫌だ、絶対なるんだと愚図ってしまう。

私は、父がはっきりと否定してくれるのを待った。


「…加々禰」

「…うん…」

「お前だって、宮司になれる」


父はそう言って、私を力強く抱き締めた。

それ以後は、何も言ってくれなかった。















《良く帰った。加々禰》


本殿の裏にある屋敷に帰ると、ナナが飛んで出迎えてくれた。

私は、中学3年生になった。勿論宮司になるために鍛練は欠かしておらず、寧ろ以前よりも将来を意識して懸命に取り組んでいた。


今までに何度か他の神社の人と話す機会があって、私が将来的に宮司になることを話すと、皆が決まって驚いた顔をした。私はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。

性別が違うだけでどうしてそんな反応をするの?皆どうかしてるのよ。逆に男性がやるものだと当たり前に思っているのがおかしいの。何かに縛られて可能性を捨てるのは、退化していく動物のすることだわ。


「ナナ、今日もお供物いっぱい貰ったのね」

《ああ。神使である我にこうも供えてくれようとは、氏子らには感謝をせねばならぬな》


流石に5年も経てばすっかり馴染むもので、常世長鳴鳥は天野家一同から“ナナ”とあだ名で呼ばれるようになった。堅かった口調も柔らかくなってきている。


《今日は分家の者が此方に来るようだ》

「え?天原アマハラ家が…?なんで急に…」


天原家は、本家である天野家から分かれて、東北にある天原神宮を運営している家系だ。

同じく天照大神を祀っていて、傍に大きな滝を備えているという立派な景観から、外国人観光客も多く訪れている。

元を辿れば同じ先祖ということで、昔から両家の間で関わりがあったらしいが、少なくとも私が生まれてからは一度も関わっていないはず。

それが、何故突然にやって来ることになったのか、当時の私には想像もつかなかった。











「加々禰」


夜になり、父が本殿から帰って来て早々、焦った様相で私を呼び掛けた。


「何?」

「今夜は部屋から出るな。夕餉は後で持っていく」

「え、どうして…」

「どうしてもだ。何があっても、絶対に部屋から出ては…」



「そちらが例の加々禰さんかしら?」


その時、父の後ろの方から甲高い女性の声がした。


「あらどうも。天原家の留流子るるこでございます」

「邪魔するよ、禰之助」


そこに居たのは、化粧の濃く嫌味ったらしい中年女性の天原 留流子と、その旦那であり天原神宮の宮司を務める神経質そうな男性・天原 寛凪かんなぎの2人だった。


「加々禰さんも交えて、改めてお話しましょうか?禰之助さん」

「…」


父は、私が今まで見た中で一番の険しい表情を見せた。









15畳の和室で、私と両親、天原家の夫婦の計5名が向かい合うようにして並んだ。


「本日、このような場を設けていただいたのは他でもありません」


留流子がビシッと私を指差すと、眉を吊り上げて私を睨んだ。


「女子である加々禰さんが、行く行く天野の宮司を担うお話…天原家は、断固として反対させていただきます!」


いつか、こんな日が来るだろう事は予想していた。

何処かで易々と宮司にならせてもらえないとわかってはいたけど、まさか分家の人間が口出ししてくるとは思わなかった。

ここまで直接ぶつけられたのは、いつ以来だろうか。ついに、この日が来たか。

両親は、動揺を見せずに毅然とした態度で天原家に向かい合っていた。


「先日、両家の間で今年の方針を決めている時にご報告を受けました…それはもう驚きましたよ。天野家の歴代の宮司たちは皆男性。私たちの方でもそうです」

「大体どこも宮司は男がやっているのに、日本を代表するあの天野大神宮が、まさか女を宮司にするなんて…とても見過ごせない」


留流子は天原家で女性として生まれたがために、宮司候補から除外され、弟にその場を奪われたという過去を持っていた。要は、自分がなれなかったのに私が、それも日本で一番有名な神社で易々と宮司になることが許せなかったそうだ。

しかし、それというのも天原家は昔から男尊女卑の気があり、生まれてすぐその思考を刷り込まれれば、誰もそれに異義を唱える者が居なかったのだと言う。


「お節介は止していただけますか?天野大神宮に務める者は、加々禰が宮司をやることに皆納得しています。それに、加々禰は宮司になるために血の滲む努力を重ねてきました」

「天原家に口を出される所以もない」

「あります!私たちは天野家から分かたれた同じ血族の者。天野大神宮と天原神宮が密接に関わっているというのは氏子の皆さんの常識です。勝手に無作法なことをされては、私たちにも良くないイメージが付いてしまいます」

「付く訳ないでしょう!?何故女性宮司がそこまで許せないんですか!」

「女子が宮司の業務を全う出来る訳がないからだよ。力仕事が多いし、新たに装束や扇を用意する手間も掛かる。そもそも神職というのは男性社会だ。渡り歩いていけると思えない」

「それに、女性では宮司という立場が軽く見られてしまいます。家系としてのブランド価値まで下げられてしまう。それに、男性宮司が与える信頼感や安定感にはやっぱり敵わないし届かないんです。…セクハラされることだって、往々にしてあるんですから」


確かに、仕事内容は懸念しなきゃいけない点がある。

でも、力仕事なんか私が鍛えればいいだけだし、他の神主さんたちに協力してもらうことだって出来る。

装束や扇は「こちらで用意するから気にするな」と父が言ってくれたし…

他のことは、すべて私の努力次第だ。セクハラなんて寧ろやり返してやるくらいの気概はこちらとしてもあるのだ。


「そうだ。加奈絵さんが今からでも男を産んだらいいんだよ」

「なんですって…!?」

「そうですよ!そしたら私達も納得して受け入れられます」

「加奈絵は、昨年子宮を病んでいる。もう子供は産めない」

「おいおい…嘘だろ?女として一番大事な機能を失うなんて…」

「女性をわざわざ宮司にしようなんてするから、天照大神に見放されたんじゃありません?」

「アハハハハ!だろうね!」


頭が急激に冷える感覚と同時に、お腹の底からふつふつと熱い血が登ってくる。

なんで…

私だけに留まらず、母までバカにした…なんでそんなことが言えるの…

それに女を、ただの子供を産むだけの生物としか捉えていない。留流子さんの方もそれに同調するとか、本当にあり得ない。


「だったら、私の息子を宮司にしてくださいよ!凪彦はもう19歳…あの神霊学園を、たったの2年で卒業してるんですよ。即戦力になると思います」

「ご心配なく。留流子は今も妊娠中だから、跡継ぎには困ってないんだ。これを機に、“日本天原大神宮”にすることも考えてくれるかい?」


その時、私は理性を消し去った。

私や母だけでなく、こいつらは今、私の大事な居場所までもを侮辱した。

こんな奴らが、神職に携わってるなんて許せるはずがない。


「…お前たち、愚弄するのもいい加減に」

「ふざけるな!!」


次の瞬間、私は立ち上がって寛凪の頬を強く平手打ちした。


「…痛ってぇな」

「寛凪さん!?なんてことをするの!!躾のなってない…!」

「躾がなってないのはあなたたちでしょ!?どんな考えを持ってようが勝手だけれど、私や母やうちの神社まで侮辱して良い理由は何処にも無い!!神に奉仕する前に、まずは自分達の脳みそどうにかしたらどうなの!?」

「なんだと!?」

「愚かな小娘が…!口を慎みなさい!!」


留流子の頬も叩こうとするが、母と父2人ともに身体を抑えられて止められる。それでも私は全力で抵抗して、手を伸ばし続けた。


「お母さんに謝れ…!!謝れ!!」

「加々禰、やめなさい!」

「あなたたちなんかに私は負けない!!絶対に、お父さんみたいな宮司になるんだ!!私こそが…お母さんも、この神社もずっとずっと守ってみせる!!」


お茶を置いたお膳を全力で蹴飛ばして、私は抵抗するのを止めた。両親はそれを見て身体を離す。


「…わかった…私が…あなたたちの崇敬する”男性“に匹敵すれば…」


暫く肺を絞るように大きく呼吸すると、私はゆらりと体勢を起こしながら言った。


「いいわよ…私はその神霊学園を、2年…いや、1年で卒業してみせる。女である私が、男であるあなたたちの息子を超えれば、文句は言えないはずよ」

「ハッ…!何をバカなことを」

「そんなこと出来る訳がないわ。私たちの息子でさえ2年掛かったのよ?」

「あなたたちの息子だからよ。私は神霊学園で、男性社会でも渡り歩いていける程の実力と威厳を身に付ける。女でも、信頼と安心を叶える宮司になれるって証明してみせるわ」


嫌い。こいつらなんか大嫌いだ。

でも、もう絶対に文句は言わせない。

私こそが、日本天野大神宮の宮司に相応しいって、言わせてやるんだ。


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ソシャゲが原因で悪魔と契約しちゃったけど、霊能力者だけが通える高校で青春もバトル無双も叶えたい! 国立神霊学園 @kamidamahs

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