第3話 ネバーギブアップ トゥルーキング

 多勢に無勢。


 いくら怪人が戦闘員よりも強く出来ているからといって、相手の量が多すぎれば負けてしまう。


「くっ——」


「ト、トゥルーキング……さん……」


 微かながら改造が呼ぶ声が聞こえる。


「フフフ、流石はマーシャル怪人——トゥルーキング。これ程の戦闘員を相手にしてまだ意識があるとはな」


 もはやこれでは、どちらが正義の味方でどちらが悪の組織か分からない。いや、姿を見れば一目瞭然なはずなのだが。


 ゴールドは決めポーズをとった。


「とどめは俺のお気に入りの必殺技で決めてやるぜ! トウッ!」


「ぐはッ!」


 ゴールドは一飛びで倒れるトゥルーキングの眼前に現れると彼の股間を蹴ってから遥か空中に投げ飛ばした。


 そして、投げ飛ばした彼を追いかけるように大きくジャンプし、逆さまの状態で地面に垂直落下するボロボロのトゥルーキングの頭を両足で挟んだ。


 例えるなら、その技はプロレスでいうところのパイルドライバーに似ていた。しかし、身長三メートルを超えるトゥルーキングに身長が成人男性ほどのゴールドのパイルドライバーが掛かる訳がない。


 次の瞬間だった。


 トゥルーキングの頭を挟んでいた両足を躊躇なく外した。


「あ、あの技は——ッ!」


 身体に残る最後の力で頭を上げ、その光景を眺めることしか出来なかった改造が声を漏らす。


「空中に投げた相手と自分のバランスを取るために一旦相手の頭に足を掛けてホールドする。


 そして、バランスが整り次第両足を外して、相手の両腕を自身の両足で、相手の両足を自身の両腕で包み込むようにホールドし、受け身を取らせずに相手の頭部を杭のように地面に突き刺す地獄の殺人技! その名も『杭打ステイクアウトちドライバー』ッ!」


「いいや、違う! こいつは更にパワーアップした新バージョンだぜ!」


 それを否定したのは空中で技をかけているゴールドだった。


「ハアアアアアァァァァァッッッ!!!」


 ゴールドが廻り始めた。


『杭打ちドライバー』の状態を保ちつつ、彼の回転はいつしか風を生み、その風は彼を中心に金色の竜巻を作り上げた。


 それはまるで巨大な黄金のドリルのようであった。


 どんな固い壁、どんな高い壁、どんな厚い壁だろうと決してこの螺旋を止めることは出来ない。


 周りのビルなどの建物を破壊しながら巨大化していくその姿は、破壊の権化ともいうべき他ない。


 禍々しく輝く黄金は時間が経つにつれ(地面に近付くにつれ)、更に回転を速くし威力を増していった。


「これが俺の新必殺技『黄金ゴールデン・螺旋スパイラル・暴風サイクロン』ッッッ!!!」


 ドゥイイイイインンンンン——ッッッ!!!


 地面に接触してもなお止まる気配がない『黄金螺旋の暴風』は強烈な衝撃波と地震を起こしながら巨大な穴を掘り進めていった。


 その穴の底は誰にも視認できず、ただただ黒い暗闇に一点の光輝く黄金が動いていた。





「よ、よ……ようやく帰って来られた……」


 数日ぶりに怪人寮の自分の部屋に戻れたトゥルーキングは、玄関に着くなりバタンキューと倒れ込んだ。


 数日前、ミラクル・グリーンと闘うつもりが、なりゆきでミラクル・ゴールドと闘ったトゥルーキングは、彼の必殺技『黄金螺旋の暴風』をくらい気が付けば宇宙にいた。


 ブラジルに到着したところまでは覚えているんだけどな……。


 これは推測だが『黄金螺旋の暴風』の威力が強すぎて地球の裏側のブラジルに出たのだろう。それでも勢いが止まらすに宇宙にまで出てしまったのかもしれない。


 宇宙で目覚めたトゥルーキングはそこからが大変だった。


 取り敢えず地球に戻れたのだが、そこは地球の七割を占める海で人喰い鮫から逃げたら次はシャチの群れに襲われたり、挙句の果てにはクラーケンに襲われたり……。


 そして、やっとの思いで陸に上がってもそこは外国で言葉が全然通じず、地元の怪人に喧嘩を売られたり、悪さをしていないのにたまたま通りかかった地元のヒーローの集団にボコボコにされたり……。


 それから様々な困難が彼の身に降りかかり、日本大使館に着いたトゥルーキングはどうにか日本に帰って来られた訳だ。


 ここ数日の出来事は今までの人生よりも濃密で、トゥルーキングを海嫌いと外国嫌いにするには十分過ぎるトラウマを植え付けた。


 絶対、今後一切日本から出ないと彼は心に決めた。


「取り敢えず……寝よ……」


 身も精神もボロボロで何も考えられない。


 靴を脱いで部屋に上がろうとした時、ピンポーンとチャイムが鳴った。


 トゥルーキングは力なく扉を開ける。


「おう、トゥルーキング戻ったらしいな」


「あっ……先輩、お疲れ様です」


 やって来たのは隣の部屋に住んでいる『イービル・ブラック』の先輩怪人だった。


 先輩怪人は持っていた一枚のDVDディスクをトゥルーキングに渡す。


「コレ、数日前に送られて来たんだけどお前がいなかったから俺が預かっていたんだわ。あっ、中身は見ていないからな。プライバシー的に」


 じゃっ、ゆっくり休めよ。と最後に言い先輩怪人は去って行った。


 礼を言ったトゥルーキングは、渡されたDVDディスクを訝し気に見つめる。


 事情が事情といえ、連絡もなしに長い間本部に何も報告していなかったからな……もしかしてクビか? でもDVDで? 普通は紙とかじゃね? 


 いくら考えようが無駄なので、DVDディスクをプレイヤーに入れる。


 本当は今すぐに寝たいけど、これが気になるからなあ……。


 ボウッとする頭でトゥルーキングは再生ボタンを押した。


『……おっし、これでいいかなと……』


 画面に映ったのはどこかの部屋だった。画面がガタガタ揺れていたり、映像から聞こえてくる声から察するにビデオカメラの位置を確認しているらしい。


 この声、改造か?


 トゥルーキングの考えた通り、画面に映った人物は彼の世話を焼いていた馴染み深い戦闘員の改造だった。


『ああ……コホンコホン……おいっ、トゥルーキング! 今までよくも俺を騙していたな、このフェイクキングが!』


「…………」


 思わず絶句した。この映像に映る男は、果たしてトゥルーキングの知る改造なのだろうか?


 映像の中の改造は、顔をしかめると怒号を鳴らす。


『手紙でもいいと思ったが、映像の方が俺の怒りが伝わると思ったからこっちにしたんだバカ野郎! いいか、耳の穴をかっぽじって聞きやがれ!』


 映像の中の改造は、一度深呼吸をすると鋭い眼光を向ける。


『俺が初めてお前を拳斗闘志様だと思ったのは、お前が『イービル・ブラック』に入った時だった。


 当時、表と裏の格闘技界で王者になった彼は世間から姿を消した。そして少ししてお前が、マーシャル怪人——真の王者が『イービル・ブラック』に入社した……そりゃお前が拳斗闘志様だと思うだろ~~~ッッッ!』


 …………え? どゆこと? 


 拳斗闘志、という男の名前はトゥルーキングも知っている。多かれ少なかれ格闘技を経験した者なら知らない者はいない伝説の男の名前だ。


 もしかして改造のヤツ、俺のことを拳斗闘志だと思い込んでいたから今までいろいろ世話をしてくれていたのか? 


 ということは、改造は拳斗闘志のファンだったのか。そう言えば、改造が拳斗闘志は世界で一番強いとかなんとか熱視線を俺に向けて語っている時が多かった気がする……。


 トゥルーキングが過去の断片的な記憶を思い出していると、


『だけどな、今ではお前が拳斗闘志様じゃねぇことが100%分かってんだよ。何故なら、俺の隣にその拳斗闘志様ご本人がいらっしゃるからだ! どうぞ!』


 改造が横にずれて映像の中から消える。そして、改造と替わるように現れたのは、


『『ミラクル・ファイブ』が一人、俺の金は悪の戦闘員ですら虜にする! 最強の格闘家——拳斗闘志が進化した姿、その名も最強進化形態ミラクル・ゴールド! シャキーンッ!』


 相変わらずの決めポーズのミラクル・ゴールドだった。


『と、いう訳で俺はこれから一生ミラクル・ゴールドさんについて行くから。テメェはとっとと死んじまえ、この悪の怪人風情が!』


『おっ、いいねいいね改造く~ん。正義の味方っぽくなってきたね~。あっ、そうだ。君って改造人間で悪の組織を裏切ったんだよね。この後、変身ベルトと専用バイクを買ってあげよう! これからこのミラクル・ゴールドと共に地球の平和を守ろうじゃないか!』


『こ、光栄です! 拳斗闘志様!』


『違う違う、今の俺は?』


『ミラクル・ゴールド様!』


『よし、じゃあ早速買いに行くか!』


『はい!』


 そこで映像は終了し、テレビの電源を消したトゥルーキングはすぐさま顔を下げた。


 暗くなったテレビの画面は今の彼の顔を映し出す鏡だ。だから彼は顔を下げた。


 今の自分の顔を見たくない。


 果たして今の自分の顔は、怒っているのか、呆れているのか、はたまた泣いているのか。


 それを確かめるのが怖かった。


 DVDを見終えたトゥルーキングは、怠い身体を力なく動かすとやっとの思いで自分専用の巨大ベッドにたどり着き、倒れるように転がって横になり、重たいまぶたを閉じた。


 まぶたの裏に映る光景は過去の改造との記憶。


 その瞬間、彼の目には何かとても熱いものが駆け巡った。


 そして、


「くそがあああああ~~~~~ッッッ!!!」


 叫んだ、というより爆発した。


「ああ、もうカッコつけるのはやめた! 


 なんなんだよ改造のヤツ、俺が何時何分地球が何回周った時に、俺は拳斗闘志だなんて言ったよ! 


 勝手に勘違いして勝手に裏切って勝手に俺のことを罵りやがって! マジふざけんじゃねぇぞこのクソが! 


 このターコターコ! お前なんかミジンコだよミジンコ! 死ねバカ死ねバカ、このうんこうんこうんこ! 


 さっさとハエにでもうじ虫にでもたかられやがれ! じゃなきゃ魚の餌にでもなりやがれ!」


 こんな時、男ならじっと感情を押し殺して我慢した方がカッコいいと思っていたが、今のトゥルーキングにはそれは不可能だった。


 なにせ状況が状況だ。宇宙に追放されてやっと思いで地球に帰って来られたかと思ったら海や外国のトラウマを植え付けられ、更には追い打ちをかけるように自分のことを慕っていた戦闘員が裏切って自分のことを罵ったのだ。


 精神的にも肉体的にもボロボロの今の彼が、これぞ真の男(漢)という態度を取れるはずがなかった。


「絶対にぶっ殺してやる! 悪の組織を裏切ったんだ、俺の怒りの鉄拳でギッタギタのメッタメタにしてやる~!」


 DVDの映像から、ゴールドはおそらく改造のことを気に入っている。トゥルーキングが改造を攻撃しようとすれば、ゴールドがトゥルーキングをボコボコにするだろう。


 しかし、だからと言ってトゥルーキングは諦めない。


 彼の怒りの業火は裏切り者の改造を倒すまでは決して消えることはない。


 頑張れ、トゥルーキング。

 負けるな、トゥルーキング。


 ギブアップをしなければ君は決して負けていない。


 ネバーギブアップだ、トゥルーキング!

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ネバーギブアップ ──トゥルーキング── 唐揚げ @Yuto3277

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