5.火神の試練
火神は荒々しいことが好みだ。
火神が納得するまで、試合は止めることができない。つまり死ぬまで勝負だ。
アリシアの言葉を合図に、エリヒオがすぐに間合いを取った。
彼の戦い方はよく知っている。
強力の炎が使う。そのせいか、力でねじ伏せるやり方がお気に入りだ。
「目障りだ、失せろ!」
エリヒオが拳でこっちを突っ込む。赤い炎を纏って。咄嗟に炎で壁を作って、その攻撃を防いだ。
高笑いしながら、何度もこっちの要所を攻める。
「弱い、弱い、弱い! セリノ、防御だけかよ!」
彼の炎は早いし、桁違いの威力だ。
当代一の炎の使い手と言われても理解できる。でも、俺は勝つ。勝つに決まっている!
「うるさい、勝つのは俺だ! エリヒオ!」
青い炎を纏って、俺の拳がまるで槍のように、まっすぐにエリヒオの頭へ向けて飛ぶ。
だのに防がれた。炎の壁に。
拳と壁の炎、両方同時に操るとは。力比べではエリヒオには敵わない。
残念ながら、俺は彼のように頭が空っぽじゃない。同じ戦い方じゃ無理だ。
「アリシア、俺が勝つ!」
「ほう、勝つのかしら」と、彼女の声がした。
「――よそ見している場合か、無能め!」
エリヒオは激昂し、何度も拳をこっちに攻めた。
壁でギリギリ衝撃を和らげる。
それでも結構痛む、何度も食らったらまずい。
「貴様が気に入らないんだ、ずっとな! 独り言ばかりの気持ち悪い男が」
「俺だって同じだ、クズが兄だなんて」
気に入らない人は殺す。使用人を殴り倒す。女は惨めに捨てる。クズだ。
なによりも、俺の婚約者を蔑ろにしたのだ。許さない。
青い炎が蛇のように攻撃するが、ことごとく彼の壁に防がれた。
「無駄だ!」
もっと、もっと強力な炎を操らないと、彼に勝てない。急に、あの賊たちの最期を思い出す。
いや、あの頃は戦っていたわけじゃない。
何も知らずに、がむしゃらに動くだけ。頭に血が上るだけだった。今は違う。
もっと冷静に見極めるのだ。彼の動きを。
攻撃を防ぐうちに、どんどん見えてきた。
どうやら彼は一定距離からでしか攻撃できない。二、三歩を下げると、彼は自ら前進してこっちに攻撃する。リーチが短い。
力業だ、消耗が激しいはず。
俺の炎は威力こそ凄まじいが、接近戦には向いていない。
しかし、距離を開くことができれば。
俺のほうが強い。
「こんな弱い炎で俺に勝つというのか、セリノ!」
エリヒオは一歩踏み込む。不意打ちだ。衝撃で壁まで吹き飛んだ。
重い一撃だった。内臓が千切れた感じだ。
咳がして、思わず血を吐く。
エリヒオの笑い声が遠くからでもよく聞こえる。勝ち誇ったように。
でも、それでいい。それでいいのだ。
「そうだ、俺は、弱いけど。勝つのは俺だ」
もう迷わない。今だ。
足もとがよろよろした。
地面から起き上がり、震える手で青い炎を操る。
距離は充分。
走れ、と俺が念じると、炎は猛獣のように駆ける。まっすぐに。一直線に。
はやく。はやく。
もっと素早く。もっと鋭く。
あいつを貫け――!
炎は風を越えて、青い光となり、鋭い矢となる。
防壁を作ってももう遅い。
壁は光を防ぐことができでも、光の矢の歩みを止めることができない。
「エリヒオ、おまえの負けだ――!」
彼の防壁を破り、矢は彼の胴体を穿つ。
「貴様――貴様――貴様――――!」
憎悪の目が俺を睨んだ。炎が延々とエリヒオの身を燃やし、瞬く間に青い炎に包まれた。
炎が狂ったように。踊るように。
炎に囲まれた彼は高笑いした。
「勝つのは俺だ、セリノ――!」
いきなり彼は自身を貫いた炎の矢を抜き出し、赤い炎を混じって、そのまま俺のほうへ投擲した。
いや、俺への攻撃じゃない。
「ざまあみろ! 証を死んでも譲らないぞ!」
――アリシア。
あの矢はアリシアへ向かって飛んだ。
何も考えずに、ただ後ろに振り向いて、彼女の元へと走った。
すると、炎の矢が急に彼女の目の前に止まった。無形の壁があるように。
「失格だ、エリヒオ」
アリシアは静かにその言葉を放った。
言葉とともに、炎の矢は宙に止まり、逆方向に戻す。矢は凄まじい速度で前を進み、一気にエリヒオの頭に命中した。
「お、おのれ」
エリヒオは目を見開くまま、矢に打たれる。
彼は血の奔流にのまれた。
血が混じった炎がさらに燃え上がる。青い炎に閉じ込めた彼は人の形を保てず、炎にしか見えなかった。
あっけない最期だった。
「よくやったわ、セリノ」
アリシアが手を振る。すると、エリヒオだった青い炎がどこかに消えた。
この場に、俺と彼女しか残らない。
「大丈夫か、アリシア」
「私は火神ベドジフよ」
「名前が多いな。俺はアリシアしか覚えていないよ」と、俺は苦笑した。
消耗が激しかったのか、数歩を歩いただけですでに息が苦しくなる。それでも、彼女を見るだけでも、口元が緩む。
彼女はアリシアでも、パシリアでも、ベドジフでも構わない。どっちでも、嬉しいのだ。
「火神なんだから、名前が多いのはあたりまえよ」
「それもそうだ」
一呼吸を置き、彼女は話し続けた。
「当主になるのはあなたよ、セリノ」
「当主なんてどうでもいいんだ、証も興味がない。ほしいのは、あなただけだ、アリシア」
俺の話を聞いて、彼女の頬が赤くなる。髪もこころなしか、赤が滲む。
「いや、私はパシリアだ」
「パシリアでもいい、ほしいのはあなただ」
「い、いや、私は、火神で」と何度も頭を振る。
「火神でもいい。当主も証も力も興味ない、あなたが好きだから、ずっとあの家に残ったんだ」
どうどう折れたのか、彼女は頭を垂れた。
「こんな寂れたところにひとりでいるな、アリシア。どこでもつれてってやる」
当主には興味ないが、俺が試練に勝った時点で、火神である彼女は祭壇にこもる必要がなくなる。
どこでもいけるのだ。
「本当に?」
彼女は目を輝かせながら俺を見た。
やはり、アリシアでも、パシリアでも、火神ベドジフでも、彼女は同じだ。懐かしさを感じる。
「この家にいる意味はもうないからな」
「やっぱり、セリノはかっこいいわ」
彼女は俺の手を握って微笑む。
ならば最初は港へいきましょう、と言った。
港に行って他の都へ渡ったあと、俺の家は没落したと聞く。
エリヒオが死んで、火神の力を失い、いままでの悪い態度は貴族から憎まれて、あっという間に失脚し、没落したという。
全員クズだからな、あたりまえの結末だ。
「セリノ、なにを考えているのかしら」
港町で、アリシアは海を見ながら尋ねた。
「そうだな、なぜ火神様が俺の婚約者や脳内友達を化けたのかなって」
「そ、それは、言わなくちゃダメ?」
アリシアは困ったように、何度も髪をいじる。
「セリノの家族全員が嫌いだもの。エリヒオに力を与えるなんて嫌よ。セリノを説得して試練に参加するか、家族を殺すか、どっちでもいいわ。試練が終わる前に、祭壇から出られないし」
「アリシアのせいで俺は独り言ばかりの変人になったのだな」
「今は誰も私の姿が見えるから、大丈夫よ」
今の彼女はアリシアの姿に戻った。やはりこっちのほうが落ち着く。時々もパシリアの姿が恋しいけど、贅沢は言わない。
「ならよし。次はどこに行きたい?」
「森の都かしら」
「おっ、それもいいな。おいしいものはたくさんありそうだ」
「でしょ」
「セリノ」と、彼女は正面向かって話した。
「どうした」
「実は理由はもうひとつがあって」
「――セリノのことが、好きだから」
と言って、彼女は急に俺の頬にキスした。
まるで炎が全身駆け巡るように、熱いキスだった。
火神は無能に恋する 五月ユキ @satsukiyuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます