見えているラジオ

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

第1話

 暑い日の出来事だった。

 日がない・風はある。時間はとっくに明日になっている。でも暑い。

 高校2年の夏休み。このクソ暑い中で俺は嫌がらせの塊みたいな夏休みの宿題を片付けてた。

 小学生ぶりに夏休みの宿題を最初の一週間で終わらせるというのをやりたくなった。

 出来たら、地元から離れたい。


 『遊ぶぜってぇーに遊ぶ!』


 高3の夏は遊べない。なら今年の夏思う存分遊ぶ!

 両親は仕事で居ない。家には俺一人だけ。

 静かで集中出来る。誘惑も不安もクソ多いけど。

 国語はもう潰した。

 英語は翻訳ソフトを駆使した。

 そして今、数学を片付けている。

 他と違ってこれは計算問題が大半。単純に作業ゲー。そして、作業ゲーならある程度音楽や人の声が鳴ってもOK。

 「という事でラージオ!」

 スマホアプリを起動してラジオを鳴らす。

 この時間ならいつもメールを送っている番組が始まる。


 「グッド内藤!夜からバカ騒ぎ!『ナイトバッカー』のパーソナリティーの内藤でーす!」

 「おやすみな斎藤ぉ……同じく斎藤です……。」

 相変わらず五月蠅いBGM。テンションの高い内藤とテンションの低い斎藤の二人の声がガンガン響く。

 深夜ラジオ『ナイトバッカー』。眠気が吹っ飛ぶ。

 計算問題に取り掛かる。

 「さてさてさて!今日のテーマは『怪談』!いやー、去年のも面白かったから待っていた!」

 「まーじかよ。オレ去年もビビってた。コワイハナシ、キライ。これ帰り道が凄い怖いんだけど……」

 XとかYって作った奴はマジで許さん。

 怖い話特集。去年回はメール読んで貰ってサイトーさんがビビッて泣き出したから、今年は本気出した。

 ここの(ハガキ)職人は猛者揃いだからキビーだろうが、読まれるかな?

 「ラジオネーム:ローリングソバットさん。有難う御座います。

 俺ローリングソバットってローリング糞バットって思ってたんだよね。

 サイトーさんそんなこと無い?」

 「いやないよ。どんな技だよ?ってかラジオだと分かんねぇよそのボケ………一頃までリア充ってリア『銃』だと思って痛ましい事件だと思っていました。」

 「フグッ!ククク、マジで?リア充に嫉妬してリア銃武装してリア充ヒットマンになったってか?クククク…」

 笑いそうになる。

 でも流石に窓全開でいきなり笑いだすのはヤバい。

 そうしてローリングソバットさんの怪談が始まって、部屋の温度が少しだけ冷えた。

 「……マジもう止めてくれ。おれ帰る。やだ怖い…電車使えない。」

 「やー、マジで。超面白かった。これ実話?え?実話?じゃあ今もその駅に、居るの?今度探しに行こう!」

 計算問題が終わった。次は…化学やるか。

 ガタン!

 何かが倒れる音がした。イヤフォンを外しながら後ろを振り返る。

 クローゼット横に立てかけてある最近引っ張り出したバットが倒れただけだった。

 「んだよ…驚かしやがって…」

 イヤフォンを付け直して化学に取り掛かる。

 「次、ラジオネーム:転生したら魔王幼女マジカマチダさん。」

 「マチダさんに何があったんだ?」

 「ゴリゴリな魔王の配下に囲まれたロリロリ魔王になってたんじゃない?マチダさん。

 勇者がロリコンなら勝つる!

 さーて、怖い話は…」

 「もう少しマチダさんについて議論させてくれ…」

 サイトーさんの命乞い虚しく怪談は続く。

 机の上のプリントを見て思う。何故高校化学でニトログリセリンが出てくるんだ?ニトロ作る時のあるあるとか注意点をプリントに印刷するってあの先生おかしいだろ?

 いや、授業はすげぇ面白いし、劇物とか危険物の知識とか毒を盛る時の注意点は役に立ったけどさ!おかしくね?

 「マジかマチダさん……」

 「転生幼女のなろう系だと思ったら地獄の少女だったじゃん!一遍死んでみるヤツじゃん!俺アレ怖くて見れないんだよ!」

 ノリノリナイトウさん。そしてもう虫の息のナイトーさん。

 放送時間的に良くてあと二人。今回は読まれないかな?

 「はーい、ナイトーさんに慈悲無き追撃を。ラジオネーム:ハムいちさん。」

 「ッ!去年もじゃん。忘れねぇよハム一さん。

 わざわざスタジオのライト消す演出とか書いてあったの俺忘れてねぇから!」

 やっべ、覚えられてたわ。

 さーて、化学の課題は化学の先生お得意の変態問題だけだ。

 これで正解すると何故か二学期の中間に加点が入るという割と重要問題。行くぞ!


 俺の力作が終わった。

 「ハムぅぅぅうううううううう!」

 めっちゃ怒ってる。

 「アッハ…ハハハハハハハハハハハ!ハムさんナイスぅ!」

 めっちゃ笑ってる。

 渾身の怪談を書いたかい・・があった。

 「さて、これで最後。最後は⁉」「……もうヤダ」

 「ラジオネーム:公一ラヴァーさん。」

 「誰だよ公一って…」

 「初恋の人かな?」

 イヤフォンから二人の声が多分聞こえている。

 寒い。手先が冷たい。冷たい汗が出る。問題に集中出来ない。

 『ナイトバッカーって面白い番組があるんすよ。』

 『へぇ、公一君がそこまで言うなら私も聞いてみようかな?』

 ラジオの事を言ってた。しかもこんなふざけたラジオネームじゃ知ってる人には俺だとバレる。

 ここまでストーカーすんのかよ!

 ラジオを流しながら窓の外を確認してカギをかける。

 家中のカギを閉めてエアコンを付ける。


 ナイトウさんがハガキを読み始める。

 「私は今、好きな人と付き合っています。彼との馴れ初めは熱中症になりかけてたところを介抱して貰った事。

 最初は介抱の御礼。そこで話をしている内に仲良くなって、何度も何度もデートをするようになって……」

 初夏の頃、土曜の昼。学校帰りに顔が真っ赤になったあの人を見た。

 真っ白な服に大きい帽子黒い髪と目が綺麗だった。

 心配だから声を掛けたけど反応が薄くて、正面から声を掛けたらこっちに気付いたけど、呂律が回ってなかった。熱中症だった。

 仕方ないから近くの公園に座らせて、先生の手伝いで貰ったペットボトルを渡した。

 顔から赤みがひいて、大丈夫そうだからとその時はそのまま別れた。

 月曜日の帰り道。同じ場所でまた出会った。

 今度は熱中症じゃなかったし、ちゃんと話していた。

 どうしてもお礼がしたいと言われて、飲み物を奢って貰った。

 その時には楽しく話して、また会いましょうってことになった。

 あの人とは確かにその後も偶然何度も会った。でも、デートじゃない!付き合ってもない!

 今になればおかしかったが、場所もタイミングもバラバラで、偶然会ったのだと思っていた。

 

 化学の先生が居なければ俺はヤバかったかもしれない。


 「あー、お前らなー。

 飲み会とか他人となんか食ったり飲んだりする時、コップの底は確認しとけ。

 ブラックコーヒー頼んだのに沈殿物とか溶け残りとか、なんか溶けた後のウネウネってした液体の部分があったりするなんて事があったらヤベぇからな。

 俺は一回ブチ切れた彼女にデスソース入れられた。気付いたけど、その時は飲んだよ。

 あれはマジでヤかった。」


 あの人とファストフード店で会った時、『何か買ってくるけど欲しいものはある?』と訊かれてブラックコーヒーを貰った。

 その後、トイレに行こうとして、途中で見た。

 小さなタブレットを潰してそれを俺のコーヒーに入れている彼女の姿を。

 俺はそれから、彼女と会わなくなった。なのに。



 ねぇ公一君、久々に会わない?

                    スイマセン、部活が忙しくて…

 確か小説読書会だったわよね?

 確か土日は休みじゃない?

                    家の方もゴタついてまして

 少しでいいの?貴方に会いたい。


 ねぇ?


 ねぇ?会いましょう?


 なんで返事してくれないの?


 あなたに会いたいの


 私あなたの事が大好きなの


 ねぇ?なんで応えてくれないの?

 私は貴方のことを愛しているのに!


 

 拒否した。

 怖くなって、下校ルートを変えた。

 自分よりもずっと冷静で、大人で、綺麗な人でもあんな風に壊れるって事を俺は知った。

 それからというもの、後ろに誰かがいる様な気がして、一人で居るのが不安になって、夏休みの間だけでも家から離れたくなって、昔使っていたバットを引っ張り出すようになった。


 「途中、仲違いすることもありましたけど、今、こっそり一緒の家に住んでいます。

 ほら、今も彼が頑張ってる。」

 寒い。

 震える。

 でも汗が止まらない。

 部屋の扉の向こうに誰かいる気がして怖い。

 クローゼットの中に隠れている気がして怖い。

 家の何処かに、もしかしたら居るかもしれないと思うと………



 「という事で、ラジオネーム:公一ラヴァーさん改め黒銘菓さんからのお便りでした。

 相変わらず黒さんのヤツヤベェ、これってあれじゃん!江戸川ルパンのやつじゃん!」

 「ルパンじゃなくて乱歩。

 オバケじゃないから俺は逆に平気だった。」

 ラジオがワイワイ話す。

 心臓がドキドキしているけど、ホッとした。

 黒銘菓。その名前は知ってる。というか同級生で同じ部活のヤツだ。

 「アッハッハ!この名前を世に知らしめて、『黒銘菓ってさー』みたいに他人が話してるのに聞耳立てるのが俺の夢だ!」

 とかなんとかほざいている友人アホだ。

 確かにアイツにこの話はした。フィクションとして。

 『無視して警察に駆け込めよ主人公。

 大好きとか愛とかいう言葉を軽々しく言って大義名分とか自分は正義みたいなツラして他人に自分の感情押し付けるアホに躊躇いや容赦はするな。こっちがやられるぞ?』

 友人アホだが冷静に言われた。パニックになりかけていた時のあの言葉は少しだけ救われた。

 「アイツ明日引っ叩く。」

 少しだけ笑顔になった気がする。




 「アイツって、あなたのお友達?ダメよ、引っ叩くなんてしちゃ。友達は大事にしないと。」

 後ろから声が聞こえた。

 

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