第25話 行け! 鼻毛ヒーロー!


 とにもかくにも、遠足は無事に終わった。


 おれたちは、みんなよりも少し早くバスの駐車場に着いた。つないでいた手は、登山口を出たところではなした。


 愛音は小さく「ありがとう。」と言ってくれた。


 なんか……それだけで全部が丸くおさまった気がする。


 登山口からにぎやかな声がして、見慣れた顔を見つけたときは、やっぱりほっとした。

「だいじょうぶだったか⁉」

「無事でよかったな!」

 大地と晴馬がまっさきにかけよってきた。

 愛音も林とか松田に「川に流された、って聞いたから心配してたんだよ!」と、言われていた。


 みんなと色々話したあと、気がついた。


 少しはなれたところに、全体的に乾きかけた感じの友樹がぼんやり立っていた。

 頭にはお母さんから買ってもらった大切な帽子をかぶっていた。ぬれて、つばのところが少しよれっとしているけれど、それも悪くない。


 助かった、ということは、親から聞いて知っていた。でもやっぱりすがたを見ると、なんだか胸が、じん、とした。


 おれと愛音はどちらともなく友樹に近づいて行った。


「なんか、ありがとな。」


 友樹が照れたみたいに言った。おれたちは言葉もなく、ただ、うなずきあった。


 もう、それだけで胸がいっぱいだった。




 家に帰ってから、親からひどくしかられた。

 でも先生からはおこられなかったからラッキー、と思っていたけれど、翌日、放課後に校長先生と辻先生に呼び出され、三人まとめて注意を受けた。



 その帰り道、三人いっしょに学校を出た。

「ごめんな。」

 友樹が本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

「まあ、自分でやったことだし。」

「そうそう。鼻毛に助けてもらったし。」

 愛音が言ったところで、友樹は、はた、と足を止めた。

「なに、愛音にもバラしたのか?」

「仕方ねえだろ? あの場合。」


 おれだって本当は言いたくなかったよ。


 思い切りため息をつくと、


「だいじょうぶだ。だれにも言わないから安心しろ。」

 友樹は胸を張って見せた。おれと愛音は顔を見合わせた。

「一番信用できねえよな。」

「それは、あたしも同感。」

「ひでえな。」

 友樹は本気でムッとしたみたいだった。突然、愛音が口を開いた。

「ほんと。これはもう、守君が樋口君といっしょにいて見張るしかないよね。」

「……え?」

 友樹がおどろいたみたいに足を止めた。

「マジ?」

「だってそれしかないでしょ?」

「えっ、えええええーっ!」

 思わず声を上げた。


 だってそれって、友樹とつるめ、って話だろ?


 おれにむかってにこっと笑う。


 なんだよ! いつもムッとしてるくせに、なんでこういう時だけ笑うんだっ!


 凍り付いているおれのとなりで、友樹が、

「えー、マジかー。俺ってそんなに信用ないのかあ。でも、氷室さんがそう言うなら仕方ないよな。友達になってやるよ。」

「へへへ」と、妙にうれしそうに笑った。

 おれはあきれてしまって、愛音を見た。


 余計なこと言うなよ、と。


 でも愛音は「してやったり」という顔で笑った。


 そんな風に笑ってくれるんなら……まあ、しかたないか。


 しぶしぶ聞いてみた。

「おまえ、サッカーできるか?」

「あんまり得意じゃねえな。」

「ゲームは?」

「持ってねえんだよ。」

 さすがにもう、ヒーローごっこはしねえしな。

「おまえ、ゲキ、つまんねーんだけど。」

「そういうこと言うなら、鼻毛のこと、ばらすぞ。」

 本気ともつかない顔で言うので、本気であせった。


 と、そのときだった。


「きゃあああっ!」

 女の人の叫び声がした。

「なんだ?」

「またドロボーか?」

「なんか最近、おれたちのまわり、事件、多くね⁉」

「守が引き寄せてんだ。」

「おれじゃねえだろ!」

「オレでもねえぞ。」

 おれと友樹と鼻毛の会話を無視し、愛音は叫んだ。

「あっちよ!」


 おれたちは走り出した。走りながら、鼻毛が鼻の中でもぞもぞするのがわかった。

「おれが合図するまで顔、だすなよ!」

「わかってるよ。」

 そこで、友樹が口を開いた。

「安心しろ、守。お前が鼻毛の持ち主だってバレないように、俺がかくしてやる。黒いロープを自由自在にあやつる天才少年! ってどうだ?」

「ロープじゃなくて鼻毛だけどな。」

「そうね。それならあたしも協力する。人助けはきらいじゃないの。」

 ふたりの言葉を聞き、鼻毛がいつもの甲高い声で笑った。

「心強いな。オレもこれで、思い切り暴れられるぞ。」


 なんだよ。これじゃ、鼻毛ヒーローとその仲間たち、みたいじゃねーか。


 それだけはやめていただきたい。


 心の中で強く思った。


                              おわり

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おれのバディは鼻毛くん 月森 乙@「弁当男子の白石くん」文芸社刊 @Tsukimorioto

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