はとのはばたき

西川東

はとのはばたき

 Tさんが中学生のころの体験。


 


 その日、Tさんは夜中にこっそりと家を抜け出していた。


 真夏の熱帯夜のなか、息を切らせながら、自転車をこぐ。行先は、地元と隣の市の境にある橋であった。そこは人通りが多いところではなく、大人の目を盗んでなにかをするには持ってこいの場所だった。


 というのも、お盆時で人通りが極端に減る時期、ちょうどみんなが集まれるこの日に、部活の友達ら六人と一緒に花火をしようと前々から計画していたのだ。


 


 やっとの思いで橋のしたにつくと、友達ら全員はもう先に集まっていた。完全に後れを取ってしまった。


 Tさんを待ちきれなかったのか、彼らは線香花火を何重にも巻いた状態で火をつけて楽しんでいた。


「これでも我慢していたんだぞ」と、友達のひとりが他の派手な手持ち花火をみせながらいった。


 


(いやいや、線香花火はふつう〆にするもんだろうが!)


 Tさんはそんなことを思ったが、遅刻してきた手前、ぐっとその言葉を飲み込んでさH材の言葉を述べた。


 そんな彼をなじる友達らだったが、そこは中学生である。彼が持ってきた誰よりも大きな花火セットを目の当たりにすると、目の色を変えて飛びついた。思い出せば、そこから先は言葉を交わす暇もなく、見境なく花火に火をつけ続けて騒いでいたそうだ。


 


 


「・・・意外と時間が経つのは早いもので、持っている花火がそしたら急に変なことが起こったんですよ。いま思えば、あれが予兆だったのかな」


 


 唐突にみんなが持っていた花火の火が消えた。それも七人同時にである。


 持ち合わせのライターでなんとか火をつけてみようとするが、ライターの火もつかない。風があるわけではない。月明りをたよりに目を凝らすが、燃料がないわけでもない。


 ライターを何回もカチカチいわせると、ぽっと火が出るが、なぜか火力のないちっぽけな丸い火しか出ず、花火に火がつく前に消えてしまう。


 


「どれぐらいの間だったかは覚えていないです。ただ、ガキだったこともあって、みんな火をつけることに執着してたんですよ。他のライターでも買いに行けばよかったのに」


 


 そんな状況でなんとか火をつけたのはTさんだった。


 歓声とともに、皆が火を貰いに寄ってきた。だから誰もが花火に気を取られるなか、(変な風でも吹いていたのかな?)と、Tさんがなんとなく周りを見渡したときだった。


 


 


 火に群がる自分たちから一、二歩離れた先、ちょうど川辺になっていて、石と石の隙間から、わずかな水面がみえるその場所に流れ着いているものがあった。


 


 灰色じみた細長いものの束、それが両の手ほどの大きさに丸まって佇んでいる。


 


 それは町中の路地や、駅前、広場や公園のベンチなどでみる〝鳩〟だった。


 


「鳩が死んでるぞ!」


 


 Tさんがそちらに残りわずかになった花火をむけて声を出したものだから、誰もがソレをみた。


「マジじゃん!死んでる!」


「うわー!すげえ!」


「可哀そうやなあ」


 


 


 皆が声をあげるなか、七人の花火を向けられてより鮮明になった鳩は、そのまま動くことなく佇んでいた。


 そのとき、ちょっとした悪戯心から、Tさんは鳩に駆け寄り、消えかけた手持ち花火の火の粉を振りかけた。


 


 すると、鳩はばさばさと羽ばたいた。しかし、飛び立つことはなく、川の方にそのまま吸い込まれるように滑空して、「ちゃぽん・・・」と沈んでしまった。


 


「生きてたじゃん!」


「本当に死んじゃった!?」


「可哀そうやなあ」


 などと、驚いているTさんをよそに、友達らは呑気な言葉を口にしていた。


 しかし、一人だけ苦虫を潰したような顔でTさんをみる人物がいた。Uくんだった。


 


 UくんはTさんと目が合うと、ぼそりといった。


 


「あれ、どうみても組んでた人の手だったじゃん・・・」


 


 その場がすーっと凍り付いた。誰かが「怖いこというなよ」と茶々を入れたが、空気が変わることもなく、花火を続ける気力がなくなったTさんらは、そそくさと橋のしたを後にした。


 


 


 


 それから数日も経たないことだった。


 ある大雨の日。


 Uくんがいつのまにか家から飛び出した。


 親御さんの通報から後日捜索が始まったとき、あの花火をした橋のかかっている川、その上流近くでUくんの自転車が見つかった。


 


 それから、中州で遊んでいたUくんが鉄砲水に巻き込まれたのではないか・・・などと様々な噂が飛び交ったが、Tさんらは後ろめたさから、あの日の花火のことは誰にも話せなかった。


 


 


 


 いまでもTさんは、熱帯夜に一人自転車をこいでいると、あの隣の市へ続く橋をみると、お店で売られている花火セットをみると、あのときのことを思い出すそうだ。


 


 もし、花火をしようとしなければ。


 もし、自分が遅刻しなければ。


 


 もし、自分が気づかなければ。


 もし、Uくんがソレのことを口にしなければ。



 

 もし、ソレが鳩ではなかったと口にしていたら。 


「連れていかれたのは、僕だったんじゃないかってね・・・」


 



 Uくんはいまだに見つかっていない。

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はとのはばたき 西川東 @tosen_nishimoto

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