親友に婚約者を奪われた侯爵令嬢は、辺境の地で愛を語る
蒼あかり
第1話
「私、人が恋に落ちる瞬間を初めて見ましたわ」
セイラは今、目の前で恋に落ちた二人を見てそう呟いた。
今、目の前にいるふたり。
一人はセイラの婚約者であるレインハルド、そしてもう一人はセイラの親友であるアローラ。
レインハルドとの婚約が整った後、お互いの親友が会いたがっていると知り、今回の茶会が開かれた。
セイラの親友のアローラ・ロエル伯爵令嬢、そしてレインハルドの親友であるロベルト・クレイン公爵令息。
この日、レインハルドのミラー侯爵邸で開かれた茶会で四人は初めて顔を合わせた。
「セイラ嬢、それはいくらなんでも口にしていいものではないと思うが・・・」
ロベルトが苦笑いを浮かべながらつぶやく。
「ええ、本当にそうですわね。私としたことがうっかり心の声が漏れてしまいましたわ。大変失礼いたしました」
セイラもまた、作り笑顔を崩さずにわざと明るく口にした。
その間、恋に落ちたレインハルドとアローラは見つめ合い、動きを止め、まるで心で会話をしているのではないかと思うほどであった。
周りの状況すら見えず、見つめ合い続けている二人をこのままにするわけにもいかず。
「しかし、一体どうしたものか・・・」
「ふふ。こうすればいいのですわ」
セイラは見つめ合う二人の目の前で両手を合わせ、「パンッ!!」と大きな音を立てて見せた。
その音で「はっ!」と気が付いた二人は、顔を赤らめ一瞬視線を外すが、すぐに見つめ合うのだった。
「ダメですわね。すっかり二人の世界に入り込んでいるみたい。
これはもう、どうすることもできないかもしれませんわ。
しばらくほうっておいたらどうでしょう?私、少し休ませていただきますわね」
そう言ってセイラはソファーに腰を下ろすと、テーブルの上のカップに手を伸ばし紅茶を口にした。
ロベルトもそれを見て「では、私もお茶をいただくとしよう」と、セイラの向かいのソファーに腰を下ろした。
セイラは優雅な所作で紅茶を飲み、とても落ち着いて見える。
今、目の前で自身の婚約者が他の令嬢に、しかも自分の親友に恋をした瞬間を目撃したとは到底信じられないほどに。
「その、セイラ嬢。あなたはこの状況を見てなんとも思わないのだろうか?」
ロベルトが心配そうにセイラに声をかける。
「・・・まあ、そうですわね。さすがに何とも思わないわけではないですわ。
でも、仕方がありませんでしょう?人を想う気持ちを止めることは誰にもできませんもの。
ま、後はこの二人で後始末をして下さるでしょうから。私は高みの見物と洒落込むつもりでおりますの」
うふふ。と、楽しそうに微笑んだ。
「そうか、あなたが傷ついていないのなら良かった」
「あら?私の心配を?それとも、私が泣いてすがって暴れるとでも?」
「いや、あなたがそのような愚行をするとは思えないが。
それでも、あまりに淡々としすぎていて・・・」
ロベルトは未だ見つめ合う二人とセイラの間で視線を交互に動かし、眉間にしわを寄せ気まずそうに苦笑いを浮かべる。
「ロベルト様はお優しいのですね。でもご安心くださいませ。
婚約者とはいえ、私たちは家格での結びつきでの縁でございます。
しかも、婚約してからまだ日も浅く、傷つくほどに心を通わせてもおりませんでしたから、気を遣っていただく必要はありませんの。
でも、ご心配していただいて嬉しく思います」
セイラはソファーに座ったまま頭を下げた。
「いや、余計なお世話だとはわかっていたのだが。こちらこそすまなかった」
二人の間に穏やかな空気が流れる。
今しがた婚約者の友人として紹介されたばかりの二人。
夜会などでお互い存在を知ってはいたが、初めてきちんと向き合ったばかりの二人なのに、沈黙が苦痛にならない。そんな風が二人を包む。
セイラが紅茶を飲み干し、カップをテーブルの上に置くと「セイラ」と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
セイラのソファーの脇に佇む二つの影。
見上げると、レインハルドとアローラが手を取り合い、並んで立っていた。
「セイラ・・・僕は君に謝らなければならない。それでも、自分の気持ちに嘘はつけない」
「セイラ!ごめんなさい。謝ってすむことではないとわかっているの。
でも、、、本当にごめんなさい。こんなつもりじゃなかったのに・・・」
レインハルドは俯き、血がにじむほどに唇をかみしめ、
アローラは大粒の涙をこぼしながら、ただひたすらに許しを請うていた。
それでも二人の手は固く繋がれ、離れることはない。
「ええ、わかっているわ。二人の仲を割こうだなんて思っていなから、安心してちょうだい。
私は二人の幸せを心から願っているわ。どうか、幸せになって・・・」
「「セイラ」」
二人は安心したように声を合わせて名を呼ぶ。
「そうとなれば私は失礼させていただくわね。帰ってお父様に報告したり、やらなければいけないことが沢山あるもの。
お二人もこれから大変になるのではなくて?愛を語り合っている暇なんてないと思うわよ」
セイラは笑みをこぼすと、そのまま部屋を後にする。
「セイラ嬢、邸宅まで私が送って行こう」
ロベルトが慌ててセイラの後を追う
「ロベルト様。お気持ちは有難いですが、私も我が家の馬車で来ておりますの。お気持ちだけいただいておきますわね。それでは急ぎますので、失礼いたします」
セイラは応接室を出ると急ぎ足で玄関へと向かう。
『一体なにがおきたの?』
『どうしてこんな事になってしまったの?』
セイラの頭の中は今しがた起こった突然の悲劇でいっぱいで、とにかくレインハルドの元を去りたいと、そればかりだった。
セイラの後をロベルトもあわててついてくる。「ご令嬢を一人で帰すわけにはいかない」とか、「今は一人にならない方が」「このことをご家族に一緒に説明した方が」とか脇でいろいろと話しかけてくるが、セイラにとってはうっとうしくてたまらない。
そんな声を無視するセイラの腕をロベルトが掴み
「セイラ嬢!!」
突然腕を掴まれ驚いて振り返ると、とっさにその手を「パシン」と跳ね除け
「さっきからゴチャゴチャとうるさいっ!!一体なんなの?いい加減にして。
大丈夫だって言ってるじゃない。放っておいてよ!!」
セイラが大きな声でロベルトを叱責し、睨みつける。
「セイラ嬢! 泣いて・・・」
え?泣いて?・・・誰が?
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