第20話
セイラとロベルトはその後、婚約を正式に結んだ。
醜聞まみれの侯爵令嬢ではあるが、新しく爵位を継いだガーラント辺境伯は全く気にしてはいなかった。
むしろ婚約者を領地に閉じ込め、愛で続けているともっぱらの噂である。
王都から遠く離れた辺境の地にあり、夜会や社交界とは縁遠くなってはいるが、むしろ邪魔が入らないことを良いことに、領地のあちらこちらで二人の仲睦まじい姿を目にすることができると言う。
挙式をあげたらすぐにでも世継ぎを見ることが出来るだろうと、領民たちは皆楽しみにしているのだった。
ガーラント領地にある見張り塔の上に二人の影が映る。
夕日に照らされたその土地は、黄金に輝き波打つ麦穂と、たわわに実る果樹が光輝いていた。
塔の上に並び立つ二つの影は、互いに寄り添うように支え合い沈む夕日を眺めていた。
「セイラ、我がガーラント家領地はこれから益々栄えていくことになる。
辺境地とは言え、今や和平で結ばれた隣国と戦になることはまずない。
むしろ、これからは互いに親交を深め人々の往来も盛んになるだろう。
そうすれば我が領地が、旅行く人達の休息の地となることになる。
そのためには農作物だけではなく、宿も必要になるし、土産物になる特産品の需要も出てくるだろう。
平和になったとは言え、国の危機を守るため軍事の要としての役割も果たさねばならない。忙しくなるが、その分やりがいもある。
君には苦労をかけるが、一緒にこの地を守って欲しい」
広大な土地を眺めつつ、ロベルトはセイラに言った。
「ロベルト様。私はこの地と民のために生きると決めて嫁いでまいりました。
これからはロベルト様をお支えし、この地を一緒に盛り立てていくつもりです」
「ありがとう。セイラの存在が私に勇気を与え、奮い立たせてくれる。
君がいなければ、今この場所に立つ勇気は持てなかったと思う」
「まあ、そのような弱腰でどうなさいます。
領主をお支えするのが妻になる私の役目。存分に頼ってくださいませ」
「王都とは違い、何から何まで発展途中だ。賑やかな街も綺麗な行楽地もない。
今までのような華やかな社交の場もない。若い君にはつまらない場所だろう」
「何をおっしゃいます。私、この地に来られてよかったと思っておりますのに。
噂やゴシップばかりの社交界ではなく、この地の人たちは皆、私を歓迎してくれます。誰も私を悪く言う人は一人もいません。
それに、この前は婦人の方たちと一緒にパンを焼きました。とても楽しかったんですよ。今度うまく焼きあがったら、一緒に食べてくださいね」
「ああ、それは楽しみだ。セイラが作る物なら何でも美味いに決まってる。
私は良い妻を娶ったのだな」
二人は見つめ合い、クスクスと笑い合う。
「ロベルト様、正確には私はまだ、あなたの妻ではありませんわ。
まあ、婚約者ではありますが・・・
最近、王都のような場所ではなく、この広い大地で優しい領民の皆さんに愛されて、私たちの子どもを育てられたらと考えるようになりました。
きっとのびのびと育ち、優しく広い心の人間になると思いませんか?」
セイラがロベルトを見上げ、強請るように問いかける。
「......セイラ?」
ロベルトは口元に手を置き、頬を赤く染め視線を外した。
「ロベルト様?どうなさいました?顔が赤いですが、夕日のせいではないですよね?」
「君が、その、、、子どもをと、いや、よからぬ妄想をした私がいけない。すまない」
その言葉に「はっ」と気がついたセイラもまた、頬を赤らめ俯いた。
「その、どうだろう、ここは辺境地だ。今更だが誰の目にも触れることはない。
妻としての教育期間などと言うが、この地で妻に求めることはそう多くはない。
いわゆる淑女教育も領地経営も君には必要ではないと思う。
むしろ、今の君のように領民とうまく渡りあってくれる社交術の方が必要だと思うし。そして何より、この地を支える人数はいくらあっても足りないほどだ。
だから、その、一日も早い、そう、跡取りを・・・何人いても良いと、思うのだが」
ロベルトは言いながら、どんどん顔を赤らめていく。
それを見るセイラも、どんどん顔を赤くし、夕日に照らされた二人の顔はそれ以上に赤く輝いていた。
その後間もなくして、二人は挙式をあげた。
ガーランド領地にある教会で挙式を行い、披露宴はガーランド邸で何日にも渡り宴が続いた。
貴族間での付き合いの他に、領民たちも自由に参加できるガーデンパーティーも行い、新しい領主と妻を惜しげもなく披露するのであった。
そこには綻びを修復した、かつての婚約者と親友も並んで姿を現した。
高い塔の上で並び寄り添い合う二つの影を、領民たちは見上げながら未来に夢を抱くのだった。
そして年々増えるその影にまた、幸せと希望を自分たちの未来に映しつつ、この地は発展を続けていくことになる。
親友に婚約者を奪われた侯爵令嬢は、辺境の地で愛を語る 蒼あかり @aoi-akari
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