第3話


ガタガタ、ガタン


「コンコン」馬車のドアを叩く音がする。

「頼む」耳あたりの良い声に促され馬車のドアが開かれる。

 ひやりと外の冷気が頬をさする。

 ロベルトがセイラに回した腕に力を込め、そのまま立ち上がろうとした時、


「ロベルト様、ここは?」


 セイラが目を覚まし問いかける。


「セイラ嬢、目が覚めましたか?

 たった今ルドー邸に着きました。このまま私がお連れいたします。どうかこのままで」


セイラはロベルトの胸に手を当てると


「ロベルト様、ありがとうございました。

 私はもう大丈夫ですので、どうか降ろしていただけますか?」


ふわりとほほ笑むその顔は、最初に顔を合わせた時の淑女の仮面をかぶった姿だった。

ロベルトは少し残念そうに眉を寄せ


「しかし、まだ足元がおぼつかないでしょう。このまま中までお連れした方が?」


「ふふ。このままでは邸の者が卒倒してしまいますわ。それはあまりに可哀そうすぎます」


「それもそうか、誰とも知れない私のような者がお連れしては驚かせてしまいますね。

 では、足元に気をつけて。せめてエスコートの役はお許しいただきたい」


 ロベルトはそっとセイラを隣の座席に降ろすと自らが先に馬車を降り、セイラに手を差し出した。

 セイラもさすがにその好意を受け入れ、ロベルトの手を取り馬車を降りた。


 馬車を降りると、セイラが産まれる前から仕えていた執事がすぐ傍まで来て待っていてくれた。

 そのままお礼を言ってすぐに帰ってもらおうとしたのに、仕事のできる執事にお茶を勧められ「ちょうど喉を潤したいと思っていたところだ、喜んでお誘いを受けることにしよう」何やらさわやかな笑顔でセイラの手を引き、邸の中まで進んでいく。


 応接室に通された二人は向かい合わせに腰を下ろし、お茶を飲み始めた。


 執事がお茶菓子と軽食をテーブルの上に並べながら


「お嬢様。本日、婚約者のミラー様とのお茶会はいかがでしたか?」


 執事が、チラリとロベルトに目をやりつつセイラに問う。


「・・・トーマス。今日、お父様のお帰りは?」


「はい。旦那様は貴族院の会合にご参加のため、もう間もなくお帰りになると思います」


「そう。お父様にお話ししなければならないことがあるの。戻られたら教えてちょうだい」


「かしこまりました」


 察しの良い執事は大体の見当をつけたのだろう。伏し目がちにセイラに目をやると、そのまま下がり傍で仕えるメイドを壁の際まで下がらせた。


 これで二人の話は誰にも聞かれることはない。






「ロベルト様、本日はありがとうございました。おかげで本当に助かりました。

 このお礼は後日改めてさせていただきたいと思うのですが・・・」


 早く帰れと言外に含みを持たせて言うも


「セイラ嬢は私に早く帰って欲しいようですね」


「いえ、そのようなことは決して。なにしろ私にとっては恩人のような方ですもの」


「それはよかった。これも何かの縁です。乗りかかった船とも言うかな。

 侯爵殿への説明は私も同席した方は良いのではないかと思いまして。いかがです?」


 ロベルトが穏やかな顔で聞いてくるが、何やら決定事項のような表情である。


「そんな、、、このような私的なことをロベルト様にお願いなどできませんわ。

 私はもう大丈夫です。それに自分のことは自分で対処しなければ。

 お気持ちだけ受け取らせてくださいまし」


 淑女の作り笑いでほほ笑む。


「先ほどよりは大分落ち着いているように見えますね。

 しかし、ことはそんな単純なことではないと思いますよ。私のような第三者目線で冷静にお伝えした方が侯爵も良い判断ができるのでは?

 大丈夫、決して悪いようにはしないことを約束しましょう」


 セイラは『何を言ってもダメなのか、この男は?』と、うんざりするような顔でロベルトを睨み、ため息を一つつく。


「ロベルト様はしつこいと言われたことはございませんか?」


と、自分よりも身分の高い公爵家令息にとんでも発言をする。

 

「ははは。先ほども思いましたが、あれがセイラ嬢の素の状態ということかな?

 いや、実におもしろい。私の方も気遣いなく話せて楽というもの。

 あなたもどうか素のままで話してほしい」


さわやかなスマイルでにこりとセイラにほほ笑むが、セイラは(公爵の息子相手にそんなことできるわけがないでしょう?なに考えてるのこの人?)と、もはや作り笑いをすることを放棄した。




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