第14話


 セイラは無理をしない程度に一人で社交の場に参加するようになった。

 ロベルトのことを信じると決めてからは、一人ではないと思えるようになり行動を起こす気になり始めていたのだ。


 ある茶会に参加した時のこと。


 茶席の話題でロベルトの話が出た。突然のことで動揺したが、二人の仲はまだ周りには知られていないため、何とか冷静を装った。


「クレイン公爵家のロベルト様は、なんでも騎士をおやめになるそうですわね」


「あら?でもあの方は爵位をお持ちではなかったはずよね?騎士をおやめになったら、今後の身の振り方はいかがなさるのかしら」


「どこかに婿入りでもなさるんじゃないかしらね?」


「まあ、あの方を狙っていたご令嬢方はさぞや残念がるでしょうねえ?」


「私も独身でしたら立候補するところですのに。おほほ」


 ロベルト様が騎士をおやめになる?しかも、どこかに婿入り?

 セイラは初めて聞く話に驚愕した。

 セイラのルドー侯爵家には年の離れた弟がおり、その弟が爵位を継ぐことになっている。なのでセイラの元に婿入りの話はない。


 彼自身、騎士としてなら生計を立てられるが、爵位を持たないことからセイラへの求婚を躊躇していたはず。

 何も聞かされていないことに焦りを覚えた。

 ここ最近忙しくしているのはその準備の為だったのだろうか?

『信じて待っていてほしい』と言った言葉が脳裏をよぎる。

 その言葉を信じ切れるほどに、二人の仲は確かなものなのだろうか?

 考えれば考えるほど、わからなくなる。


 それでも彼を信じたい。待っていてくれと言った言葉は嘘ではないと思いたい。


 セイラはロベルトに手紙を書くことができなかった。


 怖かったから、真実を知ることが。

 怖かったのだ、また裏切られることが。



 レインハルドから面会の願いがあると父から知らされる。

 今までは有無を言わさず断りを入れていたが、この前の夜会でのこともありセイラの意思を確認してくれたのだ。

 セイラは会うことを願った。アローラの件もあり、このままでは済まされないと思っていたから。


 ルドー家の応接室で会ったレインハルドは、あの夜会の時よりも大分疲れた感じになっていた。

 あの時は王家の夜会なだけに、虚勢を張っていたのかもしれない。


「セイラ嬢、会ってくれてありがとう。お礼を言うよ」


「いえ、私もお聞きしたいことがあったので。

 あの、なんだかとても疲れているみたいですが、大丈夫ですか?」


「ああ、そうだね。疲れているかな。でも、大丈夫だよ。こんな僕を心配してくれてありがとう」


 セイラが聞きたかったことは、アローラの様子だった。

 あの日、異常に興奮し伯爵令嬢としての矜持も何もかもを捨てての、あの振る舞い。以前の彼女からしたら、信じられないことだった。


「アローラはあれからどうですか?少しは落ち着きましたか?」


「ああ、あれからすぐに落ち着いたよ。彼女は今、僕が見えなくなると冷静さを失うんだ。あ! 別に惚気ているわけじゃない。わかっていると思うけど。

 何を言ってもダメなんだ。困ったことにね」


 ハハハと力なく苦笑いをするレインハルドに、セイラは同情の念を禁じ得なかった。


「アローラはどうしてしまったんでしょう?あんなに取り乱すような子ではなかったのに」


「・・・実は、社交界で先に噂の標的になったのはアローラの方なんだ」


 俯き悲痛な面持ちのレインハルドに、セイラは冷ややかに言葉を紡ぐ。


「それは、わかっていたことではないのですか?」


「・・・うん、そうだね。冷静に考えれば当たり前のことだと、今なら思える。

 でも、あの時の僕たちは周りを見ることができなくて、なんで自分たちがこんな言われ方をされなければいけないんだろう?と。どうして愛し合っている僕たちを祝福してくれないんだろう?と。自分達のことしか考えられなかったんだ。

 ロベルトにも言われたよ。それだけの事を僕達がしたんだって。

 だから何を言われても、されても、耐えなければならないって」


 ロベルトの言うことは正しい。どんなに二人が愛し合っていたとしても、婚約者のいる相手を奪った事には変わりがない。

 お互い好き合っている者同士は良いかもしれないが、婚約者を奪われたセイラの気持ちを全く考えていない。置き去りにしたままだ。


 家同士の政略での婚約も多いが、セイラはレインハルドをずっと想っていた。

 彼がセイラを愛していないことは知っていた。それでもレインハルドと一緒になり、家族として穏やかな人生を送れればと思っていたのに。

 それを全て奪われた。自分の親友に。

 そんな二人を社交界が何の咎もなく受け入れるはずがない。


「そうですね。そんな話は社交界では尽きることがありません。アローラも当然知っているはずです。ましてや、爵位は私やレインハルド様の方が侯爵家で上です。

 伯爵家のアローラが悪く言われるのは普通に考えても当然かと」


「そうだね。僕たちが本当に甘かったとしか言えない。

 ただただ、一緒にいたくて、幸せになることしか考えられなかったから。

 自分達が周りから非難されていると知ってからアローラは変わっていったんだ。

 人の目を気にするようになって、だんだんと人前に出ることを嫌がるようになった。それでも令嬢としての務めは果たさなければと、夜会などにも顔を出していたんだけど」

 

レインハルドは疲れ切った表情で、テーブルの上のカップを見つめていた。


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